東回り航路から来た物
八戸鮫湊の三六屋も、蝦夷地の発展に伴い、新規の商売を拡大します
そして、それとは別にもたらしたのは?
八戸鮫湊の三六屋孝助は、あらためて野辺地の定期船の価値を感じていた
現代風に言えば、船の稼働日数が増えたのだ
船を動かす目的は、仕入れた商品を寄港地で売却するだけではない
帰り船に、寄港地で商品を仕入れて載せるのも重要である
北前船からの物資に加えて、限定開港により異国の品も手に入り易くなってきた
従来だと、異国の物は注文があってから仕入れしていた
今は、顧客が欲しがりそうな物があれば、箱館で仕入れて置くことも可能だ
「実際、思い切って仕入れた懐中時計も、思いの外直ぐに売れた。」
「お大尽を連れて、箱館まで行くのも面白いかもしれない。」
「しかし、そんな事をしょっちゅうする訳にはいかない。」
問題は、元々の主要航路だった、江戸への東回り廻船だった
北前船と東回り廻船を比べると、大きな違いがある
最終目的地である江戸との間に
大きな消費地としては、仙台ぐらいしかない
途中幾つもの港で、商売しながら大阪を目指す
北前船と同じ手法は取れなかった
従来は、蝦夷地への物資の販売は量、質とも少なく
結果的に、江戸からの帰り船は殆んど空だった
現在の感覚では、日本海側に大きな消費地があったというと
奇異に感じるだろう
しかし、江戸時代には敦賀、新潟、酒田など
日本海側の方が、むしろ栄えていたと言える
また、物流の多さは風待ち港と言われる中小の港も潤した
最大の商流である、江戸と大阪を結ぶ航路は、
菱垣廻船、樽廻船などが占めており
八戸鮫の三六屋には、とても手を出せるものでは無かった
黒潮も、東回り廻船にとっては難物だった
大消費地の江戸を向かうには、潮の流れが反対で苦労する
江戸から仕入れた物を、八戸に持ってくるには
潮に乗って来られるので都合が良い
しかし、今までは仕入れても捌く市場が無かった
蝦夷地の発展は八戸鮫の商人にとって、大きな消費地が現れた事を意味した
江戸からの帰り船に、従来の八戸周辺に加えて、蝦夷地向けの商品を仕入れる
中継港としての、価値が生まれたことになる
三六屋孝助としては、この機会をなんとか活かしたいと考えた
では、何を仕入れるべきか
「まずはいきなり、大きな仕入れをするわけには行かない。」
「今の蝦夷地にないものは?」
「今まで、蝦夷地には売れないと思っていたもので、売れそうなものは?」
孝助は、最初の試みとして鰹節と、紬を蝦夷地向けに仕入れてみることにした
「鰹節は、蝦夷地ではほとんど見ない。」
「昆布と合わせて、出汁をとったらどうだろう?」
「仮に売れ残っても、保存がきく。」
「紬は、京・大阪では裕福な家の娘がきている。」
「それが、古着として蝦夷地にまで回ってきている。」
「古着ではなく、サラの布を欲しがるかもしれない。」
「それに、正絹に比べて安いし、蝦夷地向きに暖かいからな。」
孝助はこの二品目を選んで、仕入れる事にした
「これだけじゃ、寂しいか……」
彼の目に、南部名物の刺子と裂織が目に入った
「これも、見本で持っていくか。」
「野辺地の伊勢屋さんに、親戚だという島本屋さんを紹介してもらおう。」
紬と、鰹節は三六屋の新たな利益の基となった
刺子と裂織は、彼の商売の種にはならなかったが、思わぬ影響を蝦夷地に与えることになる
誤字・脱字の報告
コメントおねがします




