挿話 小型馬車の開発
蝦夷地の内陸開発に欠かせない、輸送手段として小型の四輪馬車が開発されました
河岸港の整備と相まって、蝦夷地の成長はスピードを上げていきます
内陸への開発が進むにつれ、街道も徐々に整備されてきた
ある程度の距離だと、冬場は馬橇が便利だ
それとて、御者が座って馬を操るのではなく、手綱をとって進むものだった
それでも、荷駄を直接積むよりは多くの物を運べた
問題は、雪解けから秋までの運送だった
街道を馬も人も、重い荷を背負って歩くしかなかった
大八車はあったが、人が押し引きするもので
馬に引かせるには適していなかった
春次は、洋書の挿絵で馬車を見て思った
(こんな立派な馬は日本にはいない)
(小型の物ならば、日本の馬でも引けるのでは?)
先ずは箱館の祭りに使う、お囃子衆を乗せる屋台を引っ張らせてみた
重すぎて、馬がすぐに音を上げた
(もっと、軽くしないといけないな)
(車輪はそのまま使えそうだ)
春次は島本屋を通じて、本土の車職人に対になる車輪を8組注文した
図面を引いて、豊治と弁蔵の手を借りて、先に車体の試作を作った
西洋の馬車のように、車室(荷台)の前後に車軸を通した物だった
車室の制作には、豊治の船造りの経験が役に立った
軽くて頑丈な荷台が完成した
車室の代わりに、幌の代わりに簡単に苫を掛けられる工夫を加えた
前輪の向きを変える仕組みには手こずった。
曲がるようにすれば前輪がぶれ、真っすぐ走らせようとすれば今度は曲がらない。
動きやすくすれば壊れやすく
壊れづらくすると、動きが渋くなった
いつもの通り、弁蔵がなんとかした
大型馬が欧州から導入されるまで、国産馬が引く小型荷馬車は蝦夷地の各地で利用された
河岸港から小型荷馬車を引いて、内陸に向かう行商人の姿が蝦夷地の至る所で見られるようになった
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