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道東開発の始まり

いよいよ、北海道全体の開発への第一歩、釧路周辺の開発が始まりました

とはいえ広い北海道、人も資材も足りません

徳内の報告を受け、道東・道北の開発が懸案となった

問題はまたしても人材不足だった


一之進の下で進められている、旧松前藩の傭人制度も機能し始めたばかりだった

一瞬、徳内の頭にアイヌの活用という言葉が浮かんだ

しかし、当時の幕府の身分制度では無理だと、その案を飲み込んだ


とりあえず、調査を繰り返す事となり、徳内のもとで要員を育成する事になった

基本方針を一言で表すなら、互恵だった

それは、アイヌ以外の民族にも適用する事となった


徳内村は、現在で言えば職業訓練所の要素が加わった事になる

それまでに、農事試験場の面を持っていた事を合わせ、蝦夷地の実学の拠点となった


この急激な改革は、当然反発を招かずにはいられなかった

特に浪人となった旧松前藩士には、許し難いものと思われた

徳内衆と、それに協力するアイヌが彼等の標的となった


そんな中、青島を中心とした石狩川周辺の開発が始まった

まずは江別の河岸港の拡大整備と、さらに上流への舟運の確立だった

停泊地の整備と、荒天時の避難小屋を順次整備して行った


海路に加え、陸路の整備も順次行う事となった

当面は峠越えのルートよりも、海岸沿いと河川沿いの道を優先する事となった

釧路を中心に、東西の街道を整備し、内陸地帯の調査が始められた

この事により、釧路にも代官所が設けられる事となった


釧路開発の建設資材を、出来る限り現地調達可能にする必要が起きた

釧路にも煉瓦工場を建設する事になった

蝦夷地奉行より、御用申し付けで豊治達5人組が釧路に行く事となった

煉瓦製造と、街道整備の指導の為である


先ずは窯作りをして、煉瓦に向きそうな粘土探しから始まった

春次は、洋書にあったコークスの製造を試す事にした

石炭は豊富にある環境で、試験材料には事欠かなかった

同時に、吹子を利用して窯の温度をあげ、耐熱煉瓦の試作も合わせて行う事にした


一連の試験の中で、不思議なことが起きた

赤茶色の粘土を焼成した際、奇妙に重いものができた

割ってみると、鉄と思われるものがあった


野鍛治にたたかせてみると、確かに銑鉄であった


豊治達は、その事も記録しておいた

鉄分を多く含む粘土を、高温で焼成した結果起こったとは、知る術はなかった

まして、それが製鉄技術開発に繋がると想像するのは、不可能だった


煉瓦製造そのものは、十分可能という結論を得て、釧路にも煉瓦窯が正式の作られる事となった


街道の両端に標識柱が立ち、避難小屋も順次整備された


とは言え、町同士が街道で繋がるのは、まだまだ先の事だった


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