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第5話:チュートリアルという名のチワワを守るデスゲーム

「おおおおお!! 魔法陣から光が! 視界が真っ白に……あ、目の前が開けました! 皆さん見てください! 地平線まで続くめちゃくちゃ綺麗な『始まりの平原』です! チュートリアル開始ですね!」


【コメント欄】

 ・きたああああああああ!!

 ・魔法陣のエフェクト鳥肌たった!

 ・ピカキンの白ブルーのジャケットが平原に映えるな!


「よし、転移完了だな! 俺も足元の魔法陣に吸い込まれて、気がついたらこの広い平原に立ってたわ。運営に怒られてジャケットの色を落ち着いた茶色にしといて正解だったな。これならバグも起きずにまともにプレイできそう――」


【コメント欄】

 ・センキンが普通にログインできてる奇跡ww

 ・ゲーミング発光やめて本当によかったなw

 ・誰かキョウの配信見て、とんでもないことになってるwww


 一方その頃、真っ白な隔離部屋(ぼっち空間)にいたキョウ。の足元にも、確かに魔法陣は出現していた。しかし、彼が全身を『漆黒』で塗り潰していたこと、そして直前のやかん絶叫で待機画面のシステムテキストを崩壊させていたことが原因で、プログラムがエラーを起こす。魔法陣のエネルギーが漆黒の衣装に吸い込まれるようにバグを誘発し、カウントダウンがゼロになった瞬間、魔法陣が起動するより早く、隔離部屋の真っ白な床がパリンとガラスのように完全に割れて抜けてしまった。


「うわあああああ!! 待て!! くろをまだジャケットのポケットにしまってねえええええええ!!」


 魔法陣で転移させられることなく、ただの物理的な落下事故として、チワワを小脇に抱えたまま、待機画面の裏側(システム空間の遥か上空)から真っ逆さまに自由落下を開始した。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


 目を開けた瞬間、キョウ。の鼓膜を、鼓膜破壊レベルの風切り音が襲う。眼下に広がるのは、遥か遠くに見えるミニチュアのような緑の平原だ。


【コメント欄】

 ・ 魔法陣を無視して床が抜けたwwwwww

 ・転移じゃなくて物理落下なの不条理すぎるww

 ・1人だけゲームのジャンルがスカイダイビングなんよww

 ・ 漆黒のジャケットがムササビスーツみたいに風煽ってて無理ww

 ・小脇に抱えられてるチワワの顔が無表情すぎてヤバいwww

 ・これ地面に激突したらゲームオーバー(復活なし)?ww


「なんで俺だけ床抜けて空中にいんだよォォォォォ!! 平原に飛ばされるんじゃねえのかよ!! 製作者出てこい!! パラシュートのボタンどれだよ!! あ、冷てっ! 待って、小脇に抱えてる『くろ』が、風圧で俺の脇腹をめちゃくちゃ甘噛みしてる!! 怒りの感情が伝わってくる!! 助けてくれーーー!!」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


「迫ってくる!! 地面がめちゃくちゃ爆速で迫ってきてるってぇぇぇ!!」


 小脇にブチ切れたくろを抱えたキョウ。は、迫りくる緑の平原を眼下に、絶叫し続けていた。漆黒のジャケットと長ズボンが風圧でバタバタと激しい音を立て、彼の落下速度はすでに終端速度(時速200キロ)に達している。


【コメント欄】

 ・地面がもう目と鼻の先で草

 ・これガチで死ぬんじゃないの?www

 ・チワワが死んだら街までソロ確定ルールだぞ!大丈夫か!

 ・ あ、公式のコメントが目の前に一瞬ポップアップした!


 ピンポーン、と風切り音の向こうで電子音が鳴り、キョウ。の視界の端に、音声なしの運営チームからのコメントが必死に打ち込まれた。


 《【公式】:キョウ。さん落ち着いてください! 忘れてました! 一応そこ、まだ初期の【チュートリアルエリア】なので、どれだけ高いところから落ちてもシステム的に落下ダメージは一切ありません! 死にません! 安心してください!》


「安心できるかボケェェェェ!!」


 キョウ。は目に涙を浮かべながらブチギレた。


「ダメージがないとかそういう問題じゃねえんだよ!! フルダイブで時速200キロの激突をノーダメージで耐えるって、脳がどんなバグり方すると思ってんだよ!! 衝撃波で俺の三半規管が消滅するわ!!」


 眼下の平原には、ピカキンやセンキンが優雅にチュートリアルを始めている姿が豆粒のように見えている。


 そしてついに、激突の瞬間が訪れた。


「くる、くる、くる!! うわあああ、くろ、お前だけは守る――ッ!!(ピーーーーーーッ!! ※やかんの沸騰音)」


 ドガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!


 地響きと共に、平原のど真ん中に漆黒の隕石が落ちたかのような大爆発の土煙が巻き上がった。地面の泥と草が四方八方に吹き飛ぶ。



 ◇始まりの平原◇

 ピカキン・センキン視点


 ピカキン「(スライムを剣で叩きながら)いやー、本当に素晴らしいグラフィック……って、うおっ!?」


 センキン「(メニュー画面を眺めながら)なんだぁ!? 今、平原の奥の方で凄まじい地鳴りがしたぞ!?」


 二人が音のした方を振り返ると、遥か彼方の丘の向こうから、モクモクと巨大なキノコ雲のような土煙が上がっているのが見えた。


 ◇激突地点◇


「……はっ、げほっ、ごほっ……!」


 もうもうと立ち込める土煙の中。キョウ。は、自分が地面に掘り進んでしまった直径3メートルのクレーターの底で、仰向けに倒れていた。体を確認するが、確かに運営の言う通りHPゲージは「1ミリも減っていない」。痛痛しい傷もゼロ。フルダイブの安全装置が完璧に作動した証拠だ。だが、衝撃のせいで頭の中はグワングワンと激しく揺れ、完全にラグが発生したアバターのように視界がカクついている。


【コメント欄】

 ・ほんとにノーダメージで草アアアアアア

 ・クレーターできてんじゃねえかwwww

 ・人間メテオwwチュートリアルの登場の仕方じゃないww

 ・ あ、チワワは!? チワワ無事なの!?

 ・チワワのHPゲージも満タンだ!生きてる!


「……う、動けた……。くろ、くろは無事か……?」


 キョウ。がフラフラする腕を伸ばし、自分の小脇を見た。すると、漆黒のジャケットの脇の下から、泥にまみれて完全に『虚無の表情』になったチワワが、スポッと引き抜かれた。


 HPは満タン。無傷。だが、チワワの目は完全に座っており、おそらくキレてる。


 くろ「(……ガルルルルル……)」


「ヒッ……! 怒ってる……! 待機画面で踏まれた上に、チュートリアル開始1分で時速200キロのスカイダイビング付き合わされて、ガチのトーンでブチ切れていらっしゃる……! ごめん、ごめんってくろ!! 悪気はなかったんだって!!」



 《――チュートリアルクエスト:【始まりの魔物を討伐せよ!】》



 ファンファーレと共に、システム音声がクレーターの底に響き渡った。地面の泥をかき分けてズリズリと現れたのは、ファンタジーの定番、ぷるぷるとした青い【スライム(レベル1)】だ。


「よ、よし! 敵が出たな! くろ、お前は絶対に下がってろ! 運営のメッセージだと、お前が死んだら街に着くまで復活しないんだからな! 撮れ高が死ぬ! 俺のこの、漆黒のジャケットの後ろに隠れて――」


 キョウ。が初期装備の短剣を構え、チワワの前に立ちはだかろうとした、その時。足元にいたチワワサイズの小さな影が、ダダダダッ!と短い足をフル回転させて飛び出していった。


「あ、おい!! 行くなッ!! 下がれってぇぇぇ!!」


 くろ「キャン! キャン!」


 チワワの「くろ」は、一生懸命に吠えながらレベル1のスライムに突撃。その小さな口で、スライムのプルプルした体を「ガブッ!」と小気味よく甘噛みした。ピキィン、と可愛い効果音と共に、スライムの頭上に『ダメージ:1』の小さな数字が浮かび上がる。


【コメント欄】

 ・普通に戦っててめちゃくちゃ可愛いwwwww

 ・ダメージ「1」wwwwおもちゃの兵隊かよww

 ・健気だけど、スライムに押し潰されそうなサイズ感でハラハラするw

 ・キョウさん過保護な親みたいになってて草


 くろ「キャン! キャン! (ポカポカポカッ!)」


 小さな前足でスライムをペシペシと叩くくろ。自律思考型ペットテスターの仕様通り、確かに自動で戦闘をサポートしてくれている。……が、いかんせん相手は流動体のスライムだ。くろがペシペシ叩くたびに、スライムの体がぐにゃりと変形し、チワワの小さな体がぷるぷるの粘液に今にも飲み込まれそうになる。


「うわあああ危ねえええ!! くろ! お前それ実質ホラー映画のクリーチャーに捕まってる状態だからな!? 待て、今俺が助け――」


 キョウ。が慌てて短剣を振り下ろそうとした瞬間、スライムがゆっくりと体をのけ反らせ、攻撃の予備動作に入った。レベル1の、ただの体当たり。だが、チワワにとっては致命傷になりかねない質量だ。


【コメント欄】

 ・ああああ!! スライムが攻撃してくるぞ!!!

 ・よけろチワワ!!! 死んだら街まで出禁だぞ!!!

 ・キョウさん早く斬れえええええええええ


「させるかァァァァァ!! 俺の撮れ高に手を出すなァァァァ!!」


 キョウ。は漆黒のジャケットをなびかせ、必死の形相で短剣を突き出した。ドスッ、と鈍い音がして、短剣がスライムの芯を捉える。


会心の一撃(クリティカル)! ダメージ:15』


 エフェクトと共に、スライムが「きゅぅ……」と小さく縮んで弾け飛び、光の粒子となって消滅した。


「……はぁ、はぁ、はぁ……! あぶねええええ……! マジで心臓止まるかと思ったわ……!」


 キョウ。は短剣を持ったまま、その場にへたり込んだ。チュートリアルの一戦目だというのに、まるでラスボスを倒したかのような疲労感だ。


 トコトコトコ……。


 目の前でスライムが消えたことで、戦闘モードが解けた黒いチワワが、何事もなかったかのようにキョウ。の元へ歩いて戻ってきた。そして、キョウ。の『漆黒』の長ズボンの裾に、泥をべっとりと擦り付けながら、ふん、と満足げに鼻を鳴らす。くろの残りHPは、スライムの粘液でちょっと汚れただけで、幸い「満タン」のままだった。


【コメント欄】

 ・チュートリアルでここまで手に汗握る配信ないわww

 ・チワワを守るデスゲーム

 ・くろちゃん、ドヤ顔でキョウさんのズボンで泥拭いてて草

 ・これ始まりの街に着くまでずっとこの介護プレイなの?過酷すぎるww


「おい、くろ。お前、自分がチワワだって自覚を持て。お前の攻撃力は『1』だ。いいな? 戦闘が始まったらお前はサポートじゃなくて、ただの『応援団』をやってろ。俺の後ろでキャンキャン鳴いてるだけでいいから!! 頼むから勝手に突撃しないでお願いだからァァァァ(ピーーーーーーッ!! ※平原に響き渡る本日何度目かのやかん音)」

 すると、キョウ。のやかん音(悲鳴)を聞いたチワワが、「あ、また次の敵?」と言わんばかりに、再び耳をピンと立てて、短い尻尾を振りながら周囲の平原を見回し始めた。


「違う違う!! くろ、今のはただのお願い!! 敵はいないから探さなくていいから!! 落ち着いて!!」

【おまけ】そのころの運営

佐藤:「キョウ。さんのヤカンの音対策プログラム組みました」

江口:「どんな感じなんだ?」

佐藤:「フルダイブの音響パケットを監視して、特定の高周波ノイズ(やかん音)を検出した瞬間、自動でその音だけをミュートにする機能です。これでサーバーの負荷も、周辺プレイヤーの鼓膜も保護されます」

加藤:「便利」


システムへパッチが適用されたのは、キョウ。が平原で2匹目のスライムを発見し、チワワの突撃に慌てて絶叫した、まさにその瞬間だった。


同刻:キョウ。・ライブ配信画面


「あーーー!! またくろが勝手に突撃してった!! 待て待て死ぬ死ぬ!! スライムお前くろを潰すんじゃねえええええ(――ッ)」


ピタッ。


キョウ。が口を限界まで開けて叫んだ瞬間、フルダイブ空間の音声が完全に消失した。突如訪れた、ガチの無音。しかし、本人の叫ぶモーション(アバターの口が激しく動く様子)だけはそのまま生中継されている。


【コメント欄】

・え???? 急に消音になったんだけどww

・放送事故クソワロタwwwwwwww

・キョウさん金魚みたいに口パクパクさせてて草

・ 音声がバグったのか?


「(叫び終わって息を整える)……はぁ、はぁ。……あれ? 今、俺の声聞こえてる? おーい、コメント欄は読めねえけど、マイクのインジケーターが急にミュートになってるんだけど……あ、動いた。……おいスライム! よくもくろを――(――ッ)」


ピタッ。(再びの完全消音、虚しく動くキョウ。の口)


【コメント欄】

・ あ、分かったwwwwww

・やかんの音(奇声)を出した瞬間だけミュートになってるwww

・運営のガチ対策プログラムきてて草アアアアア

・奇声禁止配信者wwwwwwww

・普通に喋る分には音が出るの最高に優秀なシステムだなw


「(口を閉じて困惑)……待って。俺、今『あーーー!』って叫んだら、世界から音が消えなかった? え、嘘だろ、運営、俺に大声を出すなって言いたいわけ!? 配信中に叫ぶなって、もはや縛りプレイの格闘ゲームじゃねえか!! 製作者出てこいォォォォォ(――ッ)」


【コメント欄】

・語尾の「製作者出てこい」の時点で音消されてて腹痛いwww

・優秀すぎる。誰か運営にボーナスあげて

・ チワワの介護だけでも過酷なのに、大声禁止令まで出た男ww

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