第93話
前々回の後日談。
アルテミシア王国の北西に位置する小規模都市に来ていたエミリア達は、街での買い物の最中、大雨に見舞われ、列車も運転を見合わせ。
朝まで止む事が無い様子だった為、仕方なく街の宿で一泊する事にした。
「まさか急にこんな雨が降る事になるだなんて」
「エミリアとスバルが直ぐ気づいて魔力の傘を出してくれたお陰で濡れずに済んだよ」
「この時期になると雨が多くなるのは仕方のない事だわ。ここは諦めて、この街で夜を迎える事にしましょう。城と寮にも連絡を入れておかないと」
「じゃあ早速チェックインしておこう。そろそろ休んでおきたいし」
「それでしたら、既に私の方で済ませておきましたのでご安心下さい」
と、茶髪セミロングのミニスカメイドが鍵を持って駆けつける。
「態々ありがとうリオン。お陰で手間が省けたわ」
「いえいえ、これくらいお安い御用です!それじゃあ、カイトさんは1人部屋、ハルトマリーさんとスバルさんで2人部屋、エミリア様とユーフィリア様と私で3人部屋です!」
と、リオンも手にした鍵を配っておく。
「それでは皆さん、お身体も冷えて来た筈ですし、大浴場で温まっておきましょう」
「そうだね。それじゃあ、一旦部屋に行って、貸出の衣類一式を取ってくるか」
「そうね。それじゃあ、また後でね」
と言って、それぞれ鍵に割り振られた番号の部屋へと向かって行く。
エミリア達が自分達の部屋に入ると、急にリオンが鼻息を荒くし始めた。
「…ふへへ。エミリア様ったら、本当にお綺麗になられちゃって…!」
「そうだった…!貴方は私とユフィの事を性的な目で見てる変態百合メイドだった…!」
「そんなゴミを見る様な目で見ないで下さいよ~!私ってば、本当にお嬢様やお姫様に仕えるメイドのあらゆる百合シチュエーションに憧れて、メイドの勉強をいっぱい頑張って、お城の採用試験も合格して、無事にこうして、お姫様に仕える美少女メイドになったんですから~!」
「その努力は認めるけど、貴方の普段の行いのせいで全部台無しになってるのよ!私とユフィの部屋に入って、ベッドに顔を埋めて匂いを嗅ぐわ、服や下着を物色するわ、私達の使った食器を舐めようとするわ、浴室で過度なボディタッチだけでなく、湯船のお湯を飲もうとするわ、他にも盗撮、盗聴、抜け毛の回収等々、思い出したらキリがないわ!」
「仕方ないじゃないですか~、お2人共本当に可愛いんですから~!」
そしてリオンはじりじりとエミリアに近づき、そこから大怪盗の3世の様にジャンプして下着姿になり、エミリアへ飛び込み。
「それじゃあ、その絶世の美少女お姫様ボディ、いっただきまー…!」
と、エミリアもカウンターでリオンの頭へ回し蹴り、ベッドに沈めるのだった。
「…いい加減にしなさい、この変態メイドが…!」
それからも、エミリアはリオンを抑えながら、皆で大浴場でさっぱりしておくのだった。
そして入浴を済ませた一同が食堂で夕食を取っている最中、声を掛ける者がいた。
「おや、貴方はエミリア様ではありませんか?ご機嫌麗しゅう」
「あぁ、貴方はマーティン伯爵!こんな所で会うなんて奇遇ですね!」
「えぇ、私は娘と共に遠方へ顔出しをした帰りでして。そちらについては?」
「私達も、此処の領主と報告会をして、買い物をしていたのですけど、運悪く雨に見舞われてしまって」
「おや、そちらも雨で足止めを喰らっていたのですか?お互い運が悪かったですな」
「えぇ、本当に」
「お姉様、そちらの方は?」
「あぁ、ごめんごめん。皆は初めて会うんだったわね」
と、エミリアも話しかけてきた、焦げ茶色の七三分けの紳士的な男性の紹介をする。
「こちらは、マーティン・ウィスブール伯爵。ここ10年くらいで今の地位に上り詰めた若手の貴族よ」
「初めまして、私はマーティン・ウィスブール。男爵から堅実に務めを果たして、今の地位になった者です」
「次に、こちらが私の妹の…」
「ユーフィリア・フォン・アルテミシアです」
「メイドのリオン・レミナです」
「そしてこちらが私のパーティーメンバーの…」
「カイト・ワーグナーです」
「ハルトマリー・メティーアです」
「スバル・フェニアです」
「成程、そうでしたか。こちらこそ、よろしくお願いします」
「それで伯爵、メノウの方は?」
「えぇ、長旅で疲れてしまった様で、付き人と共に部屋で休ませている次第でして。それで私の方でも、部屋に持って行く事が出来る食事を貰いに来た所なんです」
「そうなんですか。では、メノウにもお大事にと伝えておいて下さい」
「はい、心得ます」
「でしたら、私はシスターなので、具合が悪い様でしたら、こちらで診察でも…」
「お心遣い感謝します。でも、本当に大丈夫ですので、ご安心を。何より、皆様との楽しいお食事を邪魔させる訳にはいきませんので」
「そうですか?でも、必要になったらお申し付け下さいね」
「承知しました。では、私はこれで」
と、マーティンも食事を貰って食堂を後にするのだった。
エミリア達の部屋
エミリア達は現在、マーティンに関する話をしていた。
「マーティンさん、いい人そうな人だったね」
「そうだね。凄く紳士的だった」
「それはそうよ。あの人、元々は男爵の地位だったウィスブール家を、その手腕と審美眼と人格で貴族や平民達からの信頼を勝ち取って、伯爵の地位を授けられる事になって、いずれは公爵にだってなれるんじゃないかって噂されるくらいなんだから」
「そうなんだ~。あっ、所でさっき言ってた娘さんだけど、何か知ってるの?」
「あ~、娘のメノウ?私も社交界で会った事あるけど、清楚で可憐で物静かで、とても親しみやすい、奥ゆかしいお嬢様だったわよ」
「へ~、娘さんの方も会ってみたいね~」
「いや、今はやめとこう。ちゃんと休ませてあげないと」
「そうだね。私も何かあった時の為に直ぐ駆けつけられる様に…」
と、その時、エントランスの方から何やら騒ぐ声が聞こえたので、エミリア達も慌てて駆けつける。
そしたら、複数人が受付と揉めている様子だった。
「だから此処にいるんだろう、メノウ様が!直ぐに会わせてくれよ!」
「こ、困ります!そう言うのは!」
「どうしましたか?」
「あっ、お客様!申し訳ございません!実はこの方達が…!」
「私に御用でしたら、私が直接伺います」
と、エミリア達の後ろから、焦げ茶色の縦ロールヘアーの少女がやって来る。
「メノウ!?貴方部屋で休んでいるって話じゃあ…!?」
「こんな騒ぎじゃあ、私だって休めません。それに、騒ぎの原因が私だと言うのなら、自ら治めに行くのも貴族の務めでしてよ。さぁ貴方達、私は此処です!用があるなら、私に直接来なさい!」
「そりゃあ良い!じゃあ、早速…!」
と、この瞬間、その者達はメノウに土下座し始めた。
「俺達をそのおみ足で踏んづけて下さい!」
『…は?』
「俺達、貴方様みたいなお嬢様にぶたれたり、踏まれたり、罵倒されたりするのが堪らなく好きで、一目見た時から、貴方様の豚に成り下がりたいと思った次第でして…!」
「どうかお願いです!僕達を貴方の犬にして下さい!」
「我々もどんな事でもします!」
「椅子でも机でも何でもお申し付け下さい!」
このドM達の光景に、エミリアも顔を引くつかせながらリオンに命令を下す。
「…リオン、彼らを黙らせなさい」
「はっ!」
と、その瞬間、リオンが一瞬の内に全てのドMを倒していった。
「強い…!」
「彼女、バトルメイドでもあったの?」
「そう、これが彼女がクビにならないで済んでいる理由。一般のメイドとしても優秀で、バトルメイドとしてもピカイチの戦闘能力を誇る。だから城の皆も彼女を手放しに出来ないのよ」
「エミリア様、貴方の方も城の人材に困ってない様ですわね」
「っ!?まさかエミリア王女殿下!?」
「そちらのお嬢さんはユーフィリア王女殿下か!?」
「お願いです!貴方方も俺達を踏んづけて…!」
その瞬間、ドM達はエミリアの空気弾で気絶させられ、外へ投げ捨てられる事となった。
翌朝、雨が上がり、皆も帰り支度を済ませ、ホテルをチェックアウトする。
そして馬車に乗ろうとしているウィスブール親子に、エミリア達も挨拶しているのだった。
「エミリア様、昨夜はあの様な騒ぎに立ち会わせて、誠に申し訳ありませんでした」
「いえいえ、気にしないで。私の方でもちゃんと憲兵に突き出しておいたし」
「それでは、また社交界でお会いしましょう。エミリア様、ユーフィリア様、ごきげんよう」
「えぇ、マーティン伯爵、メノウ、ごきげんよう」
そしてお互い王族貴族の姿勢での挨拶を済ませ、ウィスブール親子は馬車に乗って出発。
エミリア達も、見合わせが終わったであろう駅へ向かうのであった。
それから馬車が街を出た後、カーテンで中が見えなくなってる車体での会話も発生していた。
「フフフ、エミリア様もユーフィリア様も実に立派になられてらっしゃる」
「あぁ、そうだな。だが、俺達の正体と本性に気づかない辺り、あのお姫様達もまだまだだな」
と、メノウは貴族令嬢らしからぬガサツな言葉遣いで大股開きになり、ソファーの上でふんぞり返る。
「メノウ様、人の目がなくなった途端にその態度になるのはお止め下さい」
「うるせぇぞ、マーティン。こっちだってお嬢様らしく振る舞うのは疲れるんだよ。それにお前だって、厚着じゃねぇと人前に出れねぇ癖して」
と、メノウは足でマーティンの服をはだけさせ、その下のグラマラスな肢体を露わにさせる。
「仕方ないでしょう。私もこの男の顔は確保出来ましたが、首から下は元の私のままなんですから」
「そうだな。適合率ばかりはしょうがねぇ。まぁ、俺も自由に動ける様にと娘の方を選んでみたが、適合率が高くて運が良かった。お陰で他の令嬢にも怪しまれずに済んでる」
「そうですね。我々の方も、周りに怪しまれない様、それぞれの役割を演じなければならないのですから」
「双性者諜報員、教会担当のラフィニア、芸能界担当のラーナだって気づかれてねぇんだ。この貴族社会・アルテミシア王国担当のメノウ・ウィスブールとその部下達だって気付かれずに済んでる。うちの屋敷は俺達親子3人だけでなく、メイドも執事も料理人も庭師も全員双性者諜報員だ」
「えぇ、仰る通りで」
「所で、ダブリスに代わる新しい保管場所の方は?」
「はい、既に手配は完了しています」
「それは結構。上にも報告しておけ」
「はっ」
"天の笛"の影は、この様な場所にも存在している。
エミリア達が気づかない限り、彼らもまた裏で自由に動けると言う事だ。
"天の笛"の影は、あらゆる場所に存在する。




