第112話
今年の夏休みの最後の一幕。
夏休みも時間が過ぎて残り日数が少なくなった夜、アルテミシア城のバルコニーで、エミリア達は空に上がる花火を眺めながら、テラス席での夕食を取っていた。
「こう言うのも、風情があっていいね」
「今年は色んな所に行ったから、逆に家で花火を見ながら食事ってもの中々」
「今年の夏はバカンスのつもりが、まさか神様と戦う事になったからな」
「本当に、今年は頭から激闘を繰り広げる羽目になっちゃったわね。だから残りの日数は、今度こそ静かに平穏な日々で終わらせたいわね」
「まぁまぁ、流石にこれ以上は事件が起きる事はないだろう。今度こそ平和に…」
「アルベルト様!」
と、1人の兵士が慌ただしい様子でやって来る。
「先程、庭園に不審な人影を目撃したとの報告が!」
「相手の人数や目的は?」
「数は1人、目的は不明。現在、身を隠しながら、城内を移動しているとの事」
「分かった。引き続き、警備と捜索を」
「はっ!」
兵士が去った後にアルベルトがため息をつく。
「言った矢先にこれか…」
「まぁまぁ、この前と比べたら大した事はありませんし、この程度…」
「おい、もしかしてあれじゃないのか?」
と、アラタが指差した場所を見ると、挙動不審な人影が茂みやら柱やらに隠れて移動していた。
「あっさり見つかった…」
「あの動き、明らかに素人のそれだ…」
「見つかったなら好都合」
そう言ったエミリアはバルコニーから飛び降りて、風魔法の応用で着地。
一気に距離を詰めて剣を突きつける。
「止まりなさい!無駄な抵抗は止めて…って、え?」
エミリアがその人物をよく見ると、黒髪ショートヘアーで中性的な顔立ちの、ボロ布で身体を隠しているアンデッドの女性が、その場でへたり込んで涙目で怯えている様子でエミリアに目を向けていた。
「アンデッド…?何でこんな所に?まぁ兎に角、他の人達に害を成す前に…!」
「わぁー!待って下さい待って下さい!僕、何も悪い事する気はないんです!助けて欲しいだけなんです!お願いです!どうか僕を助けて下さい!お願いします、この通り!」
「えぇ…?」
と、その場で土下座して命乞いをするアンデッドに、エミリアも呆れるのであった。
客室
何とかアンデッドの女性、リュールを落ち着かせて、エミリア達は話を聞く事に。
「それでリュール、貴方アンデッドなのよね?」
「はい…。つい最近、死んだと思ったんですが、気が付いたら、何故かアンデッドとして蘇ったみたいで…。それから殺されない様に隠れ続けてたんです…。もう死んでますけど…」
「うーん…。やっぱりどっかの死霊術師の手で蘇ったみたいだけど…」
「そうとは限らないよ。墓地とか言った場所でも、瘴気が溜まってたりすると、幽霊が集まるだけじゃなく、その場の死体が変異してアンデッドになる事例だってあるし」
「しかも、こうしてはっきりした自我を持って会話出来るって事は、高位のアンデッドだぞ」
「それでリュール、この城に来た理由は?」
「それなんですけど、逃げ回っている時、この城から何かの気配を感じて、此処なら何とかして貰えるかなと思って、助けを求めに来たんです」
「何かの気配…?」
「…あっ」
ある事を思い出したスバルは、地下への案内を提案する。
そして紹介を受けたファルナとマーシャも、何とも言えない顔をしていた。
「成程。アンデッドだから、幽霊のファルナと死霊術師のマーシャの気配を感じたのか」
「そう言う訳で2人共、リュールの相談に乗って貰えないかしら?」
「まぁ確かに、このままじゃあ、討伐対象として扱われかねませんからね」
「お願いします~!僕を助けて下さい~!」
と、リュールも泣きながら2人に抱きついてくる。
「うわっ、ちょっ、やめなさいよ、みっともない!」
<なぁなぁ、お嬢ちゃん!俺と夜間デートでも…!>
「お父さんは黙って」
「どう、何とかしてあげられない?」
「そうは言っても、彼女も魂が完全に変異しちゃってますし、肉体も生命力0になってますし」
「もう普通の人間として生きる事が不可能な身体になっちゃってるわよ」
「そんなぁ…!ただでさえ慣れない身体な上に、アンデッドってだけで怖い思いをしちゃってるのに…!」
「まぁ身体にガタが来てるのは仕方な…」
「違うんです!これ、僕の本当の体じゃないんです!」
「…は?」
「それが僕の元の体、かなり損傷が激しかったみたいで、それでまだ使える死体のパーツを繋ぎ合わせたと言う話で、僕、本当は10歳の男の子なんですよ!それなのに視線は高いし、胸は重いし、あそこもスースーして落ち着かなくて…」
リュールの言葉に既視感を覚えるスバルも何とも言えない表情を見せていた。
「…ん?ちょっと待て。もしかしてお前、何処かの死霊術師の手でアンデッドになったって事か?」
「はい。白い髪で白い肌の女の人で、何か実験とか戦力とか言ってたから、妙な感じがして、それで怖くなって、その人から逃げて来たんです」
話を聞いたエミリアも「…まさかね」と呟いた。
「どうしよう…」
「リュールだって、一応被害者なのには変わりはないし、身の安全の保障だけでも与えてやらないと」
「でも今後の生活とかだってあるし…」
「仕方ない。先生にも相談しておこう」
翌日、シェーラの家
リュールの身体を診察したシェーラは、その結果を報告する。
「かなりの精度ね。腐敗対策とかがきちんと施されているし、魂も独立したものになっている。術を施した死霊術師もかなりの腕前みたいね。本物の人間と寸分変わりないわ」
「と言うと?」
「普通の社会生活を送る事も出来るって事よ」
「なら、俺の方でも冒険者ギルドに掛け合って討伐の対象外にしておく」
「でも生活はどうするの?今のリュール、身分が無い筈でしょう?」
「あっ、そうか。死亡者扱いになってる筈だから」
「引き取ってくれそうな人、かなり限られてるでしょう?」
「口が堅くてアンデッドも受け入れてくれて、アフターケアも欠かさずにやってくれそうな場所…」
「此処か王宮くらいしかないか…」
「うちなら家政婦として住み込みで雇って上げても良いわよ」
「あの、僕、家事は親の手伝いぐらいしかやった事なくて…」
「…仕方ない。王宮でメイドの指導を受けてみない?それなら安心でしょう?」
アルテミシア城、客室
リュールは早速、リオンからメイドの指導を受けていた。
先ずは掃除の指導。
「いいですか?掃除はその空間を使う人達が快く使える様にするものです。ですので、塵1つ残す事がない様、徹底的に!」
「は、はい!」
続いて、洗濯場での洗濯の指導。
「服の汚れはその人の品位を落としかねないので、シミ1つ見逃さず、適切な方法で丁寧に落としていく様に!」
「はい!」
キッチンでの料理の指導。
「召し上がって頂く方々が美味しく食べて貰える様にするのも大事!最低でも数式の如く行われる調理ぐらいは出来る様に!」
「はい!」
こうして、一通りの指導を終えたリュールとリオンは、エミリアに報告に来ていた。
「…と言う訳で、リュールの指導が完了しました」
「もう終わったの?1週間は経ってない筈だけど?」
「この子、思ってたより飲み込みが早くて、かなりのペースで進んだんですよ」
「家の手伝いくらいしかやった事ないって話だったのに、凄いわね」
「えへへ。実は家であちこち動いていたから」
「でもこれで、安心してシェーラの下へ行けるわね」
「私も指導した甲斐があったってものですよ!では、早速堪能しましょうか」
と、リオンが素早い手付きでリュールの身体を撫でまわす。
「ひゃん…!」
「うわぁ…、これは何とも良い感触…!死体とは思えない…!」
「あの、ちょっ、変な気持ちになる…!」
「こらこら、10歳の子供相手にやめなさい!」
と、エミリアもリオンを引き剝がす。
それからリュールは、シェーラの家の住み込みのメイドとなった。
"天の笛"本部、セネリアの部屋
ベッドの上で不貞腐れているセネリアにジルティナが声を掛ける。
「どうしたのですか、そんなに不貞腐れて?」
「アンデッドに逃げられた時の事を思い出していた…」
「貴方、私達の知らない所でアンデッドを作っていたのですか?」
「うん、私の身の回りの面倒を見てくれるお世話係が欲しくて。そうすれば実験に付き合う時や戦力確保に駆り出される時でも楽出来るし」
「貴方ねぇ…。少しは自分で動きなさいよ」
「えぇ~めんどい~!」
「全く、もう…」
まさかそのアンデッドが、エミリア達に拾われたとは思っていない様である。
こうして、今年の夏休みは終わりを迎える事となった。
最後は静かに…。




