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即答だった。
自分でもびっくりするくらい即答だった。
その様子に婚約者の人も、何故かお姉さまも驚いてる……お姉さまそんな顔できたんだ、意外でびっくり。
とはいえ親にバンド活動を許されないのであれば、この話にはメリットが無いからねぇ。そりゃ断るよ。
私の婚約者として連れてきたらしい男が許してくれていたけれども、見た所力関係は父親の方が上。完全に禁止するって訳ではなさそうだけど、父が許さないということはつまり自由に活動ができなくなるということ。
なら断るしかねぇよなあ!?
「断る、というのなら、貴様に投資している学費を打ち切っても構わんのだが」
「構いませんよ?」
「……なに?」
あっようやく表情が動いた……ひえっ怖い!! あきらか怒りモードって感じだ!! お姉さまの後ろに隠れよう……。
というかなにじゃないよなにじゃ。
「わっ私にとって、一番重要なのはギターですから……そっ、それが侵害されるのであれば……話をうっ受けっ、うけっ……受ける訳ないじゃないですか……」
「みちる、もっと大声出さないと聞こえてないと思うわよー?」
「喉痛いので……」
喉というかこう……痛みが増してきている気がする。なんかこう、胸から上辺りの部位の中身が。
こんな静かな環境なんだから聞こえるでしょ多分。ヤバい気分が悪くなってきた。
「……そんな即答されるほど嫌われているのか、僕は」
「あっ、そのっ、きらっ嫌ってるという訳ではないです! あの、その……ギターが弾けなくなるのが、嫌なだけで……」
「……無理しなくてもいいよ。大丈夫、僕はちゃんとわかってるから」
「ですからその……違くて……」
ああー落ち込まないで、落ち込まないで黒髪のイケメンの人!! 別に嫌いじゃないよあんたのこと、好きでもないけど! 詳しくは知らないから好きでもないけど!! 私が誰かと結婚したくないってだけだから!!
「下らん」
とどうにかこうにか傷つけてしまった言い訳をしようとしていると、ものすっごい重圧のある、土器の孕んだ声で、あの男は私の言葉を切り捨てた。
「そのようなお遊びの為に、楢崎グループとの繋がりを消せと? 貴様のワガママ如きで? ……貴様のワガママ一つで、何十人もの人間が首を吊りかねん、それを理解しての発言か?」
「何万人首吊って飛び降りたってどうでもいいです。わたっ私にはかん、関係ないので……」
「うわあ、あんた……うわあ……」
「お姉さま!?」
あなた味方ですよね!? なんで私の味方してくれないんですか!? なんでドン引いてるんですか!? 別にいいじゃないですか私に関係のない人間がいくら死んだってどうだって!! 誰かが自殺したって誰かが死ぬだけなんですから!! 関わる事無いんですから!!
そもそも私の事助けてくれませんでしたもん、他人たちは。やれ宗教に関わりたくないだ、やれあの女に粘着されたくないだで……思い出したらムカついてきた。
と一人ムカついていると、私の足元でがしゃんと音がした。音に遅れて見てみると、そこには……割れたガラス製の灰皿が……。
「ふざけているのか! 恩知らずの人でなしが!! 貴様っ、私が育ててやった恩を忘れおって!! 貴様の価値は楢崎グループの男と子を作り、私の後継を育てる事ただ一つだろうが!! しずくに誑かされおって!!」
私を怒鳴りつける、名前も知らない父親。割れたガラス。前世の上司の姿が頭をよぎる。
……でも、それ以上に。普段なら気にしてない事が、前世よりは恵まれているからと誤魔化していた不満が──
「育て……育てられた……私が、お前に!?」
爆発した。
「私は……わたっ、私は、お前に育てられたことなんて無い……!!」
「育てられたことが無いだと? よくもそんな事がほざけたものだな、貴様は誰の金で生きてきたというのだ? ええ!?」
「私はっ……あんたは、あんたは一度だって、私を愛してくれなかった!!」
涙が出てくる。喉が痛い。喉で切れて出た血が、口の中を鉄臭くする。
でも、言い返さずにはいられない。
「愛してやってたではないか、貴様にいくらつぎ込んでやっていると思っているんだ。ええ?」
「私はっ、私は褒めてほしかった! 抱きしめてほしかった!! そんなもの、愛してるなんて言わない!! 私が、私が風邪をひいた時に、顔を見にすら来なかったのに!! 一日たりとも一緒に、一緒に過ごしてくれなかったじゃないか!! そればっかりか私の居場所を奪いに来る! いつもいつもいつもいつも!! それで、それで親の顔するな!! なんでまた、親はあい、愛してくれないんだよ……!!」
……こうして口に出して、昔の事を思い出して来た。この人生を得た時の事を。私がまだ、幼児の頃の夢を。
裕福な家庭、変な宗教に入っていない両親。私はこの人生で、今回の人生で親から愛されることを期待してたんだ。普通の子供みたいに、ただ愛されたかったんだ。
「誕生日だって、クリスマスだって……お前は一度も、一度も来なかったじゃないか……何も私に、何もわっ私に、してくれなかったじゃないか!!」
でも、私には何もしてくれなかった。
中身は気味の悪いし毎日ゲロを吐きまくる成人女性で、それを察して不気味がっていたのなら、それで納得がいった。愛されない理由がちゃんとあるのなら、私だって仕方ないと思えた。
でも、そうじゃなかった。興味が無かったんだこいつは。だって興味があったら、私のギターを聞きに来るか、辞めさせる為に壊しに来るかした筈だから。
それすらもなかった。……何も、無かったんだ。
「おかっ、お金なんていらない……ただ、ただ、あいさっ、愛されたかった、だけなのに……」
だから私は自分に言い聞かせたんだ。仕方ない、暴力を振るわれないだけ恵まれているって。
「みちる、血が……」
「お前なんか、お前なんか親じゃない! 学校なんてどうでもいい! 私の価値が子宮にしか無いなら──」
足元に散らばっているガラスの破片を、お腹に突き立てる。
もうどうでもいい、何もかもどうでもいい。台無しになったっていい。やり返さないと気が済まない。
「馬鹿な事を」
「君っ、やめなさい!! あんたもあんただ、なんで止めない!?」
熱い。痛い。でもそれ以上に、あの男の言う事が気に入らなかった。
そんなに言うなら私の価値を無価値にしてやる。
「みちる! 馬鹿やめなさい!! 死んじゃうわよ!?」
「こんなもの……こんなもの……!!」
元々私の体は骨と皮だけみたいなもの、切ったお腹に手を突っ込み、子宮を引きずり出す。すっごく苦しいし、熱した鉄を押し付けられてるみたいに痛い。
引きずり出した瞬間、立ってられなくなった。
口から血と胃液が混じった唾が床に落ちる。なにかが落ちる音が聞こえた。
「もういい、もういいのみちる……もういいから、お願い……やめて……」
「こんなものっ、お前にくれてやる!!」
渾身の力を込めて投げた私の子宮も、力足りずにあの男まで届かず、べちゃっていう音を立てて途中で落ちてしまう。
お腹から流れ出る血が床に広がっている。頭がぼーっとしてきた。
「お前なんか、死んじゃえ……!!」
誰かに抱きしめられる感覚を感じながら、私は意識を失った。




