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 病院の喫煙所。基本院内禁煙、未成年喫煙なんて持ってのほかなこの病院では、未成年の私や看護師や同僚先輩上司から喫煙を止められている医者等が、煙草を吸うにはここしか無い。

 非常階段に併設されているせいで、強い風が吹いている。上手い事煙草の火が付かない。

 ライターの音がカチカチと鳴り続ける。落ち着かない……いつもの事とはいえ、やはり友達が死にかけるのは慣れないね。


 すっと、横から手が伸びてきた。私の煙草とライターの間柄を、風から守ってくれる壁となってくれる。


「あっ、どうも」

「……っす」

「……あなたって、確か」


 いつものメイド服とは違う、くたびれた服の女性。……ぼさぼさの髪とか、ノーメイクの顔とか、みちるみたいに濃い隈とかで、随分とやつれてるように見えたので一瞬誰だかわかんなかったけど、確か、足立山さん……みちるのとこのメイドさんだったっけ。


 ライターの火を維持しておくと、彼女が咥えている煙草にも火が付いた。

 二人して紫煙を吐き出す。……けど、なんかその吐く音が、私より疲れているような気がする。


「……何かあったんですか?」


 あんまり人付き合いは得意じゃない、というかむしろ苦手な方なんだけど……ここで聞かない訳にもいかないよなあってことで、尋ねる。


 足立山さんは手すりに肘をついて、項垂れて答えた。


「……お嬢が、入院するハメになったんす」


 お嬢、みちるの事か。確かみちるのとこ専属のメイドなんだっけか。

 みちるが入院……正直、今更驚くことでもない。というかこいつ入院しなくて大丈夫なんだろうか、とあの子を介抱するたびに思ってたし。血混じってるもんね、みちるのゲロって。

 私も詳しくはないけど、あんま吐き過ぎたら食道かどっかが破れるって話無かったっけ。


「……喉関連ので?」

「まあ、それもあるっすけど」


 うんざりしたように、足立山さんが白いため息を吐いた。

 手術はあったけども、どうも……入院するきっかけは、喉関連のとは違うみたいだ。

 

「ちょっと、自傷しちゃってっすねぇ……」

「自傷? リスカとか?」


 そのくらいなら別に珍しくもない。バンドマンやバンギャだとたまに見かけるし、そもそも私が病院にいる原因も……だし。

 正直、病院だと煙草咎められがちだからあまり居たくないんだけどね……。


 と足立山さんの答えを待ってたんだけど


「いや腹切って子宮取り出しちゃったんすよ」

「……武士?」


 予想以上の自傷を言い渡された。いやもうそれ自傷っていうか自殺じゃん。

 精々手首を縦に切るとか損くらいだと思ってた……相変わらず想像の斜め上を行くなあみちるは、とは思うけど今回ばかりは褒められたもんじゃないね。


「……あんま驚いてないっすね」

「まあ、諸事情で慣れてますんで」

「どんな修羅場見てきてんすかいったい」


 一体だけだよ、とは言わないでおく。いつか使いたいなとずっと温めているネタなんだけど、流石にここで使うのは不謹慎すぎるからね。


 しばらくの間、二人して並んで煙草を吸う。

 風が吹きすさぶたびに燃え尽きた灰が空のかなたに飛んでいく。一応出している携帯灰皿には、吸い口ばかりが溜まっていくばかり。


「みちるが起きたら、どうします?」

「どう、って……?」

「ほら、叱ったりとかそういうの。私ももうやられなくなりましたけど」


 昔の事を思い出す。私も一時期、リスカしていた頃があった。宗教上の都合で治療できない火傷顔、それを抱え続けなければならないストレスからの逃避。煙草という逃げ道を取り上げられて、手首を切ったあの時……両親にビンタされたっけなあ。普段は老害共の言いなりの癖に、一端に親みたいなこと言うじゃんってあの時は思ったっけ。


「やっぱビンタとかするんです?」

「しないっすよー。というか、できないっすね」

「できない?」

「……うちは所詮、お嬢の愛人なんすよ」

「あいじっ──げほっげほっ!!」

「だ、大丈夫っすか!?」


 愛人……愛人!? 急にとんでもワードを口に出されたから驚いて変なとこに入った! 煙が変なとこに入った!!

 足立山さんがみちるの愛人……血の繋がりは全く感じないのになんで一緒にいるんだろ、って疑問ではあったけど……すごいしっくり来るのが酷い。

 というか愛人って、そういうこともやってるってこと……?


 涙が出てしっかりと足立山さんの顔が見れないけど……これだけは確認を取っておかなければ。


「げほっ、えっと、もしかして……やってます? みちると……女同士だからこっちか」

「そういう意味じゃないっす! ちょっ、その手の動きやめてほしいんすけど!?」


 指で作った輪っかに人差し指を抜き差し……するのは女同士だし違うか。指で作った輪っかをこすれ合わせながら訪ねると、足立山さんはすごい必死に否定した。

 なんだやってないのか。うちのメンバーはそっち系で闇抱えてるのいないからちょっと期待したのに。


「はあ……お嬢に嫌われたくないんすよ」

「理不尽な暴力と叱るのはまた別だと思いますけど」

「そう簡単な話じゃないんすよねぇ……お嬢に前世の記憶がある、ってのは知ってたっすよね?」


 足立山さんの言葉に、私は頷く。


 前世の記憶。眠る度に悪夢で見るトラウマの原因とか、あそこまでギターに執着する理由とかで私達は納得していたけど……足立山さんも受け入れてたんだ。

 ……毎朝吐く理由として前世での嫌な思い出、ってので納得はできるか。あのトラウマの具合はあきらか尋常じゃないもんね。


「……お嬢、一度叩いてきた相手には絶対心開かなくなるんすよね。どれだけ親しい間柄だったとしても」


 私の知らない、みちるが抱えてる闇。

 果たして聞いていいものなのだろうか、という疑問もあるけれども……今後円滑に一緒に行動する為には、聞いておかなければならない。


「一度でも?」


 心の中でみちるに謝罪しながら、足立山さんから続きを促す。


「っすね、一度でも。昔、お嬢がうちより懐いていたメイドがいたんすけどね……勉強が全く出来てない、っていうので躾けの一環としてビンタしたことがあったんすよ。そしたらもうその日から駄目、誰が見ても分かる張り付けた笑顔でなんでも『はいはい』としか言わなくなる、従順なだけの『良い子』になっちゃったんすよね。で、出来ないたびに怯えた目で懇願するんすよ、『殴らないで』って」

「……その人、どうなったんですか」


 私が差し出した携帯灰皿に、吸い終えた煙草の吸い口を捨てながら……足立山さんは、寂しそうに笑った。


「辞めたっす。あの目が、自分に恐怖の目が向けられるのが辛すぎるって」

「それは……」


 とても恐ろしかっただろう。悲しかっただろう。懐いていた子供から、急に恐怖の対象として見られるのは。張り付けたような笑顔しか見せなくなるのは。

 人付き合いが希薄な方の私ですら、想像しただけで涙が出るくらいに怖かった。


「だから愛人止まりなんすよ。嫌われたくないから……本当、馬鹿な女っすよね、うちは」


 と足立山さんは自虐的に笑いながら、足立山さんは新しい煙草を取り出した。

 私は、彼女の言葉に何も言う事が出来なかった。

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― 新着の感想 ―
えらいハードな展開になりましたね。今後の展開が楽しみです。それはともかく100話おめでとうございます。私が書いたからといって話が飛んでしまったわけではありませんのでご安心下さい。キンクリといえば、私は…
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