97
ひとしきりゲロやら血やらを吐き終えた私は、お姉さまと合流してエレベーターが到着するのを待っていた。
私達の父親は最上階にいるらしい。最上階……五十階で仕事してるとかマジで馬鹿なんじゃないだろうか。災害起きた時逃げられないよ!? 怖すぎて仕事にならないよ!? ……いや仕事するときは窓の外なんで眺めないか。
にしても……さっき吐いてからというもの、なんかお腹が痛い。いや喉か? なんかもう胸から上が全体的に痛い。
老いたら体のあちこちに不具合が出るとは言うけれども、私のこの体はまだ十代なんだけどなあ……確かに中身ボロッボロのボロになっちゃってるけど。
「みちる、大丈夫?」
「あっ、だっ大丈夫です……ちょっ、ちょっときん、きんちょ、緊張しちゃって……」
「……緊張するのはわかるわ、ほぼほぼ会ってない父と対面するんだもの。私も、正直緊張してる」
そう安心させるように微笑んでくれたけどごめんお姉さま全然安心できない。あっフラッシュバックする。お母さんにお腹蹴られた記憶がフラッシュバックする!! そんくらいお腹痛い!!
ただこの雰囲気……お腹押さえてるのは緊張からじゃないですお姉さま、とは言えない……そりゃ思わないよね、普通に体の内側ズタズタになってんじゃないかってくらい痛めてるなんて。
……ただ、ここで素直に体の内側が痛いなんて言えないんだよなあ。しずくお姉さまも足立山さんも、今日の為に色々頑張って準備してきたんだし。
しずくお姉さまと短い時間ながらも接して分かった事があるんだけど、私の体に異常が起きてるってなったらこの計画を中止してでも病院に連れて行くタイプだと思ってる。だってあの足立山さんが慕ってるくらいだし、しきりに私の体調を心配していたし。
ただ、この機会を逃す訳にはいかない。というかこれ以上ギター弾けない日を作りたくないし、そろそろ気軽に一人で登下校したい。高橋さんに送り迎えしてもらうのは流石に申し訳なさがデカいのよ!!
それに折角潜り込んでるらしい足立山さんに報いる為にも、多少は我慢して無理しないとね! それにどうせ病院には行けないし。
「そっ、そう、そういえば……私、たちの父親って……どん、どんな人だったんですか……?」
喉とお腹の痛みを紛らわすためにお姉さまに話を振る。長い、着くまでが長いのよこのエレベーター!! 何もない空間で黙って待つとか、痛みで死ぬ……!!
だから少しでも雑談で気を紛らわせて、こう……こう、良い感じにできないかなーって。痛み紛らわせることできないかなーって……。
それに実際どんな人か気になってたしね。古川さんにYARNで、私の父親がどんな人か聞いてみたけど「ゲーム本編に登場してないからわかんない」って返答だったらから全然どんな人かうかがい知ることできなかったし。
お姉さまは私の顔を見上げて、ふむと口を開いた。
「厳格ってよりは冷酷って感じの人ね。家族どころか、自分すらも永井財閥を動かす歯車としか思ってない。その為なら自分は命を捨てられるから家族も同じように捨てて当然、って考えるような外道よ」
「うわあ……」
「ある意味じゃあんたに似てるかもしれないわね、好きなもの以外どうでもいいと思ってる辺り。まあバンドマンなんてリスクしかないから切り捨てたがるような性格だけど」
笑いながら言う事じゃないよお姉さま? バンドマンなんてリスクしかないなんてそんな……そん……あまり否定できないけども!! とくにこういったお堅い感じのところからしたら!!
にしても私を殺したい程バンドマンが嫌いなのかぁ……絶縁してても私がやらかしたら親の方にマスコミが突撃してくるのは、まあなんとなく予想できるけれども……。
「で、でも……殺しにかかる程、のものですか?」
「高校時代に彼女でも寝取られたんじゃない?」
あー……そういう嫌な記憶を思い出してしまうから、身内の分だけでも駆除しておきたいと。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってか! そりゃ私にもどうしようもないわ!! ……というかお姉さま、私に似てるってどういうことお姉さま。私そこまで外道じゃないよ!?
……まだかかる。長いなあエレベーター……社長室直行だから全然他の社員乗り込んでこない訳だし、もう少し早くてもいいと思うんだけど。
ぢっと階層表示を見ながら、私は思う。まだもうちょいかかりそう。
……辛いなあ、沈黙。
何か、何か話題は……あれっ、そういえば。
「……そっ、そう、そういえば……作戦って、どう、どうすればいいんでしょうか……? わたっ私、どう動けば……」
「抱えてた不満をぶちまければいいわよ。後は私達が勝手にやるから」
「わ、私が抱えてた……不満……」
うぅん、難しい事お願いされたぞ。
いや不満が無い訳じゃない。前世の時と比べたら環境は(たまーに誰かが私を殺しに来るのは除いて)天国みたいなものだけれども、それでもやっぱり色々と不満はある。
ただ……不満、これ言うの私が一番苦手とする分野なんだよなあ。
泣いたり怒ったりしたら親や上司に殴られたり蹴られたりされて黙らされてきたし、不満を言ったところで聞いてくれない、何も解決したりしないって分かってるからねえ。普段はあんま考えないようにしてる。……それがまさか、この場で全部ぶちまけてほしいなんて言われるなんて。
こういうのって子供の頃からやるか、台本用意してもらうかしないと私には出来ないんだけど……でもそれを言ったところでどうしようもないか。私が前世の記憶を持ってるって、お姉さまが知る筈もないしね。
「が、頑張ります……」
「なんで自信なさげなのよ……」
いやだって上手く言えるか不安で不安で……でもお姉さまを不安がらせたら駄目だから、言いたい言葉を我慢してぢっと表示されている階層を見つめる。
数分、短い沈黙。そろそろ最上階に到達する頃合い……気張っていくぞ私、頑張れ私!!
私が痛む体に気合いを入れたのと同時に、エレベーターの扉が開いた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、なんか高そうな木製のテーブル。ガラスの皿に林檎が大量に盛られていた。その奥には中年の男性が座っていた。その隣には側近の人? いや、違うか……学生服着てる、ってことは学生かな?
「ほら、行くわよ」
「はっ、はい」
エレベーターから出ようと足を踏み出そうとした瞬間、足元を見てぎょっとした。
短い板を歯車のように髪合わせて敷き詰めた複合床ではない、一枚の板が横並びに敷き詰められた、わびさびを感じさせながらも分かる人にはその価値がどれだけのものか理解できてしまう部屋。
そんな私をよそに、お姉さまはそくさくと車いすを押して進んでいった。
ご、豪胆……!!




