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「お姉さま―、来ましたよ!」
「あら、加賀理さん。ごきげんよう。……犬鳴さんは?」
「犬鳴さんは……その、あちらに……」
私のクラスメイトである加賀理さんが気まずそうに指を向けた先には、永井さんに抱き着いている犬鳴さんの姿がありましたわ。
永井さんも身長は高い方ですのに、犬鳴さんはそれ以上。私服というのもあって、なんだか永井さんの彼氏のように見えますわね。
「しばらく永井さんと会えてませんでしたからね……なんで永井さんは、ああもされるがままなんでしょうか?」
「永井さんはどうも、自我というものが薄く感じられますのよね。ギターならあんなに主張できますのに」
だからこそ、ああもサポート……トラで活躍できるのでしょうけど。……でも、もう少し自我を持ってくださった方が良いと思いますのよね。永井さんはもう少しワガママを言うべきですわ。
ってあら、二人ともドリンクを買ってませんわね?
「加賀理さん、ドリンク買ってらっしゃい。そして、ライブ楽しんでください」
「あっ、忘れてました。……では、また後で。ライブ、楽しみにしてますね」
お辞儀して、永井さんに付きまとう犬鳴さんのところへと向かう加賀理さん。
私はそれを見送ったのち、ステージの方に目をやりますわ。
古川くろこ……私が愛する中谷健司様をバンドメンバーに引きずり込んで、私を覗いてバンド活動を始めた忌むべき相手。
あの場に立つのは、健司様の隣に立つのは本来であれば私の筈ですのに……ポッと出てきたあの女が、その立場を、私がいるべきはずだった空間を奪いましたわ。
……まあ、永井さんの命を守ってくださった事で、少し憎みにくくなってしまってはおりますが。
……ええ、そうです。本来であれば私が立つべき位置に、あの女は立っていますわ。
ですから、
「……無様な演奏をしたら、承知いたしませんわよ」
ステージ上で、演奏の準備をする四人の様子を見つめながら……この言葉が届く訳もないのに、思わず口に出してしまいましたわ。
ええ、私の健司様を奪ってしまった憎き相手ではありますが、かといって失敗してほしいという訳ではありませんもの。
全身全霊、全力を出し切ったと思えるような演奏を乗り越えてこそ……私は、そうでないと健司様に……違いますわね。私より下手だったら、その居場所を奪われた私の立場が無い。ただそれだけの話ですわ。ええ。
「喉の様子はどうだい、姉ちゃん」
「……その呼び方、何ですの岡村さん」
「ふふっ、君がステージに立つ時より緊張して見つめているように見えてね」
いつもの不謹慎な神父服ではなく、スーツ姿の男性……ではなく女性なんですわよね。金髪のショートカットに、木田さんのような可愛い系の男性とも取れる顔。何度見ても性別どっちだったか混乱しますわね……。
そんな彼女が、何が面白いのかニヤニヤと笑いながら私の顔を覗き込んできてましたわ。
「あのバンドに気になる相手でもいるのかなー、って」
「いますわよ」
「……いるんだ、意外だねぇ。まさかりんやはくりやみちるがいるバンドで、こんな真っ当なのを見られるとは」
心底驚き、といった様子で目を丸くして、そのまま流れるようにニヤニヤと笑い始める岡村さん。どうもつかみどころが無くて苦手ですわね……永井さんや谷野さんはともかく、角田さんはそういった話聞きそうな気がいたしますのに、意外ですわね。
そのまま私の手にドリンクを握らせて、角田さんも私の隣で見始めましたわ。
準備する様子を眺める私達……気まずいですわね。私、岡村さんのことよく知りませんもの。精々サポーターで入っていて、腕は確かな方という事しか知りえませんわ。あっ、お水……ミネラルウォーターですわね中身。
「……そういえば、今回演奏する曲にガッツリと恋愛ソングっぽいのが混ざってたけど、もしかして君が作詞した奴なのかな?」
「どうしてそう思いましたの?」
「あいつらからは絶対出ないような歌詞の曲だったからね。お陰で良いアクセントになってて、サポーターとしても楽しいよ」
岡村さんがストローから口を離して、不意にそんなことを聞いてきましたので頷いて答えましたわ。
健司様へのラブレター、そして私が逃げ場を断つ為に作った曲。……それだけに失敗は出来ない、自然と緊張してしまいますわね。
作った経緯を話したら谷野さんに「プレゼントが何も買えないからって曲を送る売れないバンドマンみたい」とか、角田さんに「そういうので告白するのは辞めた方がいいよー」とか言いたい放題に言われましたが……いいんですわ! 退路を断つためですもの!! それに誰に送るか分からないように書いたから大丈夫ですわ!!
……大丈夫、ですわよね?
「まっ、恥をかくのはあんただから良いんだけどさ……っと、始まるみたい」
「ちょっと不穏な事言わないでほしいですわよ!?」
恥をかくって……若干永井さんにも心配されましたけれども!! でも岡村さんの表情、何と申しますか……面白がってませんこと?
この表情絶対面白がってますわ。……良いんですわよ、自分を追い込む為ですもの!!
そう言い返したかったのですが、ついに古川さんのバンドが準備を終えたようで……古川くろこがマイクの前に立ちましたわ。
『皆さん初めまして! 私達は、Pitohuiです!! 普段は高校の軽音部で活動を──』
それに何か言いたそうな息が漏れたのが聞こえましたが……ついに演奏が始まるようで、古川さんがMCをされてましたわ。
古川さんのMCに従って、中谷様、木田さん、石田さんが軽く楽器を鳴らします。
他のメンバーは……健司様も、他の皆さまも、緊張なさっている様子。……私の子供の頃を思い出しますわね。初めてステージに上がった時の緊張感。バイオリンを持つ手が震えたのを今でも覚えていますわ。
「うん? ……普段見ない人も増えてきてるね」
「……そうですわね」
古川さんが呼んだのでしょう、顕花高校で見たことのある顔ぶれの方がチラホラと増えてきましたわ。
……気のせいか、私が初めてライブした時より人が多いような気がしますわね。
観客に見知った顔が増えたことで、少し緊張がほぐれたのか……健司様達の表情が少し解けたように見えました。
しすぎはよくありませんが、程よい緊張感は起爆剤になってくれますもの。
『それでは聞いてください……LIVE A REVIVE』
「……失敗したら承知いたしませんわよ、古川くろこ」
「あっ応援するんだ普通に」
私が、古川くろこのライブを見つめながら呟くと、失礼な事に私の隣にいた岡村さんが目を丸くして驚いてましたわ。
岡村さん、私の事なんだと思ってますの!?




