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前世では、あの人に憧れて音楽の世界に飛び込んだけど、一人でひたすら曲を作り続けていた。
今の人生、この世界が「ラブソングをかき鳴らせ」の世界だと知った私は、原作ゲームのキャラクター達を集め、ひたすら練習と勉強に明け暮れた。自分の理想通り……ううん、理想以上のメンバーに仕上げられたと私は自負している。正直、同年代であれば私達よりうまい人なんて早々いないだろう。
……それが、いた。原作と全く違う姿で、最初はDLC裏ボスの永井みちるとは気付かなかったあの子。人生においてどれだけの時間を費やしたのか、考えすらしたくないあの子。
……最初は、本当にあれが私の好きな永井みちるだとは信じたくなかったし、正直今も信じられていないけれど……あの日、今にも自殺してしまいそうに見えたあの子が作ったバンド、ゾディアック・クラスタのライブを見た瞬間──私はあの子の、あの子達の演奏技術に、どうしようもなく魅了された。憧れた。ああなりたいと思った。
それが今、今日! 私は、ゾディアック・クラスタと、永井みちるとライブをする事になった!! ……筈、なんだけどなあ。
「永井さんはどこ……?」
開店前の準備時間、初めてのライブだしってことで順番とかライブ開始時の段取りを確認する為に早くに赴いた私達は、タイムテーブルやセットリストの確認にあいさつ回りにとひと段落ついたところで、永井さん達にも一言挨拶しておこうと思ったんだけど……
確か……谷野さん? 角田さん? はすぐに見つかったのに、永井さんだけさっぱり見つからない。……まさか遅刻? 高橋ひとみも一緒にいない辺り何かある? ……もしかしてそういうこと!?
「百合展開来てる!?」
「んな訳ねぇだろ馬鹿か」
「なんでもそういう方向に持っていくのはよくないと思うよー?」
「同意」
健司、伸一、淳の三人に思いっきり怒られちった。
おかしいなあ、あの二人の距離感的に割とある話だと思ったんだけど……高橋ひとみはともかく、永井さんが遅れてくるとは思えない。だってあの子は多分、世界一音楽に真摯な人だから。
なんて、永井さんの不在を疑問に思っていると、角田さんが頬を掻きながら、目線をトイレに向けた。
「……みちるんはそのー、ちょっと今吐いてるところというか……」
「寝て起きたら吐く、それがみちるのルーティンだから」
「……あー、なるほど」
永井さんの事をよく知る二人の返答に、永井さんが軽音部で吐いた時の事がフラッシュバックした。あの時も吐いてたけど永井さん、悲しい子……毎日が嘔吐ばかりって……。
今は演奏前だからハコ内も静かなので、よく耳を澄ましてみると、確かにトイレの方から誰かが嘔吐する声が聞こえた。
……耳済ませるんじゃなかった。
「病院に行かせた方がいいんじゃねえか?」
「保険証が無いらしいからねー……一応ひとみんの病院である程度見てもらえてはいるらしいけど、それも申し訳なく思ってるらしくて全然行ってないらしいし」
「永井さんライブやってる場合じゃなくない!?」
伸一が驚きの声で少し耳が痛くなった。でもそういう風に驚くのも納得というか……今すぐにでもしかるべき場所に保護を求めるべきって情報が次々と出てくる……。
原作だとそこまで厳しい家系って感じしなかったんだけどなあ……私と永井さんの魂が別世界から来た影響でねじ曲がったのか。どう考えてもねじ曲がってるね、うん。原作だと完璧超人で文武両道、乙女ゲーなのに永井みちるという女性キャラの夢女子がそれなりに見られたくらいだった。それがあれになるんだもん、そりゃあ厳しい目で見られ……いやでも殺しにかかる程かっていうと……。
「……もうライブ前にお昼寝させませんわ、絶対」
「すっ、すすすすみません……」
永井さんに振りかかった殺意について考えていたけど、トイレから永井さんと高橋ひとみが出てきたのを目にする。
凄い、原作で見たことのない表情してる……あんなに疲れてる様子の高橋ひとみ、見た事ないよ。永井さんは……うん、いつも通り顔色が悪いね。
「……あら、ごきげんよう古川さん。そして健司様!」
「おう、お疲れ」
「お疲れ様ー」
「まだライブも始まってませんわよ!?」
私と健司の労いの言葉に、高橋ひとみは鋭い良いツッコミをする。おおっ……ゲームだとどちらかというとボケ側だったキャラなのに。
でもお疲れって言いたくもなるよ。
右腕の袖にすんごい折り目というか皺が付いてるし、ちょっと袖の端っこ濡れてるし……何があったかは推測もすまい。でもただひたすらに大変だったんだろうなってのは分かるよ。
「……あっ、ふっ古川さんに……えっ、えっと……」
「健司だ。中谷健司……覚えてくれよそろそろ」
「申し訳ありません健司様、みちるさんはその……疲れていまして……悪気がある訳ではありませんわ」
高橋ひとみと永井さんが一緒に頭を下げる。まだライブ開始前、というか打ち合わせ段階だっていうのに既に満身創痍な状態だけど大丈夫なんだろうか……。
と心配になる様子だけど……私も含めたみんなはあの時のライブに、ゾディアック・クラスタに完全に魅了されてるんだよねぇ。これに。
……いや、これだから、だからこそ、かな……。
目が離せない、ふと気が付いたら死んでないか心配になる。そんな子達がプロ顔負けに魅了してくる。恐らく私が感じた不完全さゆえの惹き付ける力というのは、ここから来てるんだろうね。
面白い。私達は今日、それに挑戦するんだ。私達より、ずっとずっと、はるか高みにいるこの子達に。
「……永井さん。高橋ひとみさん」
「はっ、はい」
「なぜ私だけフルネームで……?」
「私達、絶対負けないから。ゾディアック・クラスタよりも、最っ高に良い演奏をしてみせるから」
挑戦宣言。ここで一番良い演奏をしてやると。
技量では負けてるかもしれない。練習時間でも負けてるかもしれない。でもだからって、気持ちくらいは勝つ気でいなきゃね。
私の言葉に疲れた様子の表情だった高橋ひとみも、永井さんも淑女らしからぬ、好戦的な笑みを浮かべた。
「私も……普段健司様をお慕いしておりますが、ことライブに関してだけは私が勝たせていただきますわ」
「当然だ。そうでなきゃ面白くねぇからな!!」
高橋ひとみの言葉に、健司も闘争心が刺激されてるのか……不良みたいに笑った。
その様子を見て確信した。私の知ってるゲームの内容と、この世界とは大きく異なってると。
原作通りのキャラなら、健司にこんな返しをしたりはしない。メロついてろくすっぽ返答できない筈。
それがこんな健全なライバルみたいな返答をするなんて……正直、主人公や取り巻きとのやり取りはともかく、健司の会話はよくあるテンプレ悪役みたいな感じだった。
……どうしよう。原作知識が追い付かないってことはこれ……永井さんが死ぬ運命を回避させること出来ない? いや殺されそうになってる時点でこれだからなあ。
「……そして、このライブが終わった後で……少し、私にお時間を頂けませんか?」
「……ああ」
恥ずかしそうに、でも決意を持った目で、高橋ひとみは健司にそう言った。
これもう口ぶり的にそう言う事じゃん! 早い、まだ早いよ!!
でも二人の恋路に口を挟める訳もないので、私はただその様子を見るしかなかった。




