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 高橋さんとの練習、バンド練習、その後高橋さんとのサシの練習と……正直病み上がりにやらせるようなスケジュールじゃないのでは? と思わなくもないんだけど……うん、でもこれが一番楽しいからいいや。


 ただこうも毎日練習練習とはいかないようで。今日は高橋さん、なんか習い事? があるみたいでスタ練終わりにそくさくと帰ってしまった……。

 大丈夫かな、高橋さん。ただでさえ毎日ギター練習なのに他にも習い事抱え込んでて。しかも今日は練習に熱中しすぎてギリギリを超えたギリギリな時間になってしまってたから、これ休憩時間無いんじゃない? 高橋さん大丈夫なの?


 で私は私で今日はもう何もできない。店長さん、仕事をください……ってお願いしたら「まだ有休残ってるからね」って苦笑いされちゃった。畜生こんなことなら一気に使うんじゃなかったぜ!!


 そんな訳で今日は珍しく一人で帰り。りんさんとはくりちゃんはトラの仕事があるからお別れした。……その、いたかったんだけどね……トラの依頼を断るのが大変でね……。


 駅のホームでのんびり電車を待つ私。まだ空が青いのに家に帰るの久しぶりだなぁ、なんてぼーっと空を見上げていると……


「あーっ! 永井さんだぁ!!」

「うえっ!? 古川さん!?」


 後ろからドーン、となりながらもこちらには絶妙にかかってない力で衝突してきた古川さん。そのままハグの体勢に流れるように移行する。

 この人本当距離近いなあ……私がもっと重度の陰キャだったら拒絶反応起こしてたぞ!!


 というかなんでこんなところに古川さんが!?


「珍しいねえ永井さん。普段こんな時間に見かけないのに」

「あの、しばらく有休なので……」

「あーね、有休……だから休みだってのをこんな残念そうに語る人、始めて見たよ」


 だって暇だし……スタ練終わった後はバイトしてトラしてってのが当たり前だっただけに、この空いた時間を何すればいいのか分からないのよ。あといつも話し相手になってくれてた高橋さんもいないし。


 ぱっと私をハグから解放し、古川さんはパックのコーヒー牛乳にストローを刺して飲み始めた。

 な、なんでこの人ここにいるんだろう……? 別に私みたいに治安の悪いところでも実家の庭のようだぜー的な人間じゃない筈だし……。


「と、というか……なん、で古川さんがここに……?」

「んー……ライブハウスまでの道のりの下見ー。二回三回来ただけだったからねー、道はちゃんと覚えないと」

「な、なるほど……」


 確かに。ちゃんと記憶していたとしてもいざ当日になってから「あれ、ここどこだっけ?」ってなることはある。それを防ぐために何度も下見をするってのは理にかなってるような、かなってないような……どうなんだろ、どっちなんだろ?


「……あれ、そういや高橋さんは? 喧嘩しちゃったりしたの?」

「あっ、急遽習い事があったこと思い出したようでおくっ送ってもらえず……」

「あー、お嬢様だもんねー」


 そう、高橋さんはお嬢様なのだ。しっかり気品のある、私と違ってちゃんと教育されたお嬢様……今はバンド練習の方に力を注いでくれているものの、元々習い事を過労死寸前レベルまで詰め込まれている。まあ私を送る事が出来ない日の一つや二つあるってもんだよね。


 ……なのに、習い事がある日も私達とライブに向けて練習してくれてるの良く考えたらとんでもないな? 体力お化けがよぉ……。

 ……そういえば、高橋さんが言ってた言葉思い出した。


「あっ、そういえばなんですけど……」

「ん? なになに?」

「たっ、高橋さんが……負けない、と……」


 その言葉を聞いた瞬間、古川さんの目つきが変わった。

 いつもの天真爛漫な子供って感じの目つきから、好戦的な感じのというか……まるで終生のライバルを見るようなものに。


「……ふーん。それは楽しみだねぇ」


 高橋さんが頑張っているってことを伝えると、どう猛な肉食獣のような笑みを浮かべた古川さん。

 うぅん、楽しそう……高橋さんの事は好敵手と見ているみたいだね古川さん。これが恋愛に関するものなのか、古川さんは全く意識していないのか……まあ、どちらにせよって感じかな。


「わ、私も負けないようがん、頑張ります」

「永井さんはもうあまり努力してほしくはないかなー!? ウチのバンドでラスボス扱いされてっからね!?」


 私も頑張るって伝えたら笑み消えてぞっとするような感じの表情になったのどういう事なの古川さん!? ラスボスってどういう事よ古川さん!?


 というか、古川さんも多分私と同じくらい練習したらすぐ追いつくタイプだと思うんだけどなあ……。


「……一応言っておくけど、永井さんレベルに練習してる人ってプロでもまずいないからね?」

「えっ、そっそんな事は……」

「……平均練習時間は」

「じゅっ、十時間くらい……」

「ほらー! ミック・トムソンですら八時間だからね!? それを二時間もオーバーして毎日練習してるのおかしいんだからね!?」


 いやいやいや、でもだよ? そのくらい練習したら私くらいの腕には普通に到達するんだよ? まあ、あんまりお勧めしないけど。普通の人がやったら寝不足になるし。


 私? 私もまあ寝不足状態だけど、そもそもの話夜眠れてないからね……眠れてない時間を練習に費やしてるだけだからね……。

 まあこの秘密は古川さんには話すこと出来ないけど。流石にバンドメンバー外に話すのはちょっとね……。


 とかなんとかやってるうちに、そろそろ電車が来るようで……ピロロロロロロロって音と共に「まもなく、電車が到着します」とアナウンスが入った。

 当然こんな街にこんな時間、ホームに人はまばらので必然的に私と古川さんが最前列になる。


「にしても大丈夫だったの? 突き落とす犯人、まだ見つかってないんでしょ?」

「あっ、こっここ最近は高橋さんといっ、一緒だったので大丈夫ですし、多分犯人ももう諦め──」


 私が返答しようとした瞬間、どんっと後ろから強く突き飛ばされた。

 最前列。迫ってくる列車。スローモーションで時間が過ぎていく。足は既に宙に浮いてしまっている。このまま線路に放り出されるだけ。

 ああ、もう助からないんだな。ここで人生終わるんだな。不思議と諦めがついた。足立山さんに恩返し全然出来てなかったのも、高橋さんの頑張りがどう花開くかも、はくりちゃんとりんさんの夢を追いかけるのも、全部終わるんだ。


 そう、諦めていたのに。


「────んっ、のおおおお!!!!」


 古川さんが、空中に浮かぶ私に向かって飛んできた。

 そのまま空中で私を抱きしめ、私の頭を押さえ、線路を飛び越えて転がり、向かい側のホームに空いている四角い穴(避難スペース)へと入り込んだ。


 その直後、まるで蓋されるように列車がゆっくりと止まる……。次第にざわめく声が大きくなっていくのを、どこか遠くに聞きながら、震える手で抱きしめられながら私は思った。

 ……これ……下手したら私だけじゃなく、古川さんも……。


「だっ、大丈夫永井さん!? ったた、ちょっとすりむいちゃった」

「……んで、ですか……」

「えっ?」

「なんで……助けたんですか? 下手をしたら、古川さんも一緒に死んでたかもしれないのに、どうして……!!」


 なんで私の為に命をかけたのか。なんで、死にかけたのに……震えている辺り恐怖はあったんだろうに、なんで私を助けたのか。理解できない。


 人を助ける事なんて、自分が絶対安全な立場じゃないと普通はできないもの……それをなんで、死ぬことも恐れず迷わず飛び出したのか。私と違って人望もあって、みんなから愛されて……ちゃんと自分で居場所を作っている古川さんが。私なんかの為に……。


「なんでって……しょうがないでしょ、体が勝手に動いたんだから!! 私だって死にたい訳、じゃな……あっ、はは……そうだ、死にかけた、んだ私……」


 勝手に動いて、夢中になって、今更何が起こったか、何をしたのか追いついてきたのか、古川さんの表情が青ざめていき震え出した。

 その言葉に嘘は無い、んだろうなあ。頭で考える前に人を助けるのが当たり前になってる。


「……羨ましいなあ」


 じくじくと捻って痛んだ足の熱を感じながら、私は古川さんの善性を……多分、妬んだんだと思う。

 ……私は、ああはなれない。

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