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何も予定がない放課後、というのも珍しいもの……というのも、職場であるTRITONEの店長からは「有休溜まりまくってんだし休んだら?」と全く消化できてない有休を取らされ、りんさんもはくりちゃんも今日は予定……通院? があるらしいからと練習は出来ないという、私にしては珍しくマジのガチで何も予定の無い日であった。
こんな日は家でのんびりとギターでも弾こうかな、なんて思ってたら高橋さんから声をかけられた。二週間後のライブに向けて、悔いが無いよう練習をしておきたいとか。
私としてもそれを断る理由はない、ということで今日は、高橋さんが個人的に借りたというスタジオで練習しているんだけど……。
「あのっ、ちょっ、ちょっと休みませんか……?」
「いえ、もう少し……あぁもう、どうして……!!」
いつもなら合間合間に軽い雑談とかそういうのが挟まるんだけど、今日の高橋さんはおかしい。
真面目に練習する人だし、何事にも真剣に取り組む人……ではあるんだけど、それでも和を大切にするというか、コミュニケーションを大切にするというか。もう少し雑談とかそういう話をする人だった筈。
なのに今日はもうひたすらに練習練習、まるで私を見ているみたいで……そこまでギターにのめり込んでくれたんだという嬉しさと心配が同時に来ている。
「すっ、少しおち、落ち着いた方が良いと思います……あのっ、駄目な時って無理にれっ練習しても、駄目になってしまいますので……きゅっ休憩しましょう! だっ、大丈夫ですあの、私も同じように、同じところをしっしっぱ、失敗することありましたから!!」
「……永井さんがそう仰るのなら」
何とか説得に成功。実際焦る気持ちはわかるからね。私だって前世じゃ「このフレーズ全然弾けない!!」ってので病んでた時期があったからねえ……結局三日三晩徹夜して練習しまくってなんとかものにしたけど。
……あれ? じゃあこの休憩した方が良いってアドバイス、逆効果なんじゃない? ってちょっと思っちゃったけど、まあそれはそれこれはこれ。あの時の私は既にプロになっていたから無理やりにでも弾けるようになる必要があったけど、高橋さんはまあ、アマチュアだから……無理にこの曲だけ弾けるようになって、それ以外で変な癖が染み付いちゃって微妙になる方が痛いってもんよ。多分。
……にしても、なんかすっごく焦ってるような。ライブはもう何度もやってるから、慣れてきてるよね高橋さんも。
いや、もしかして……対バン相手? そういや、そういえば忘れてた。高橋さんって、古川さんとこのバンドの名前なんだっけ、あの人にホの字なんだっけか。
うぅん、となると私がアドバイスできる事なんて全く無いぞ。こと恋愛事に関しては全くの無知、弾くのに邪魔になる存在って認識しかないもんだから何も言えん。
「……ねえ、永井さん」
「うぇっ!? あっ、はい」
「永井さんは、恋したことってありまして?」
「あ、ありませんけど……」
やっぱり、やっぱりこれが理由だったかぁー!! どうしろってんだ私によぉ! こちとら前世も今世も含めてこと恋だ愛だに関してはゴミみたいな人生しか送ってないってのによぉー!! しろってか、アドバイスしろってか!? 無理だよ!! 何も言えねぇよ、高橋さんの方がその道は先輩だよ!!
「私、今回のライブは……今回のライブだけは、絶対に失敗したくありませんの。完璧に、弾き切りたいんですわ」
「は、はあ……」
「あっ、勿論普段のライブも決して手を抜いている訳ではありませんわよ!?」
「いえ、わっ分かってますよそのくらいは」
言葉選びをミスったと慌てて弁明する高橋さん。心配しなくても、普段練習を見ている私がそう感じる訳無いのに……。
完璧に弾き切りたい、みんなの足を引っ張りたくないという気持ちは普段からこれ以上ないというくらい伝わってきている。実際、まだ一年も経っていないというのにプロには及ばないけど、というレベルまで技術を磨き上げてきたのは、ひとえに彼女が真面目で、ひたむきな努力家だったからだ。
それに関しては問題ない。普段は手を抜いてるんかよー! とか思ったりしない。
ただ……えっと……それが恋とどう繋がるのでして?
「その……今回のライブが終わったら、私……中谷様に、告白しようと思っていまして」
「へぇー……告白……告白!?」
顔を真っ赤にして、絞り出すように……それでも決意を揺るがせぬように、そうはっきりと高橋さんは言った。
ちょっ、ちょっちょちょちょちょちょっと待って!! 告白って、あの、告白!?
いやいいんだけどさ、なんかこう、間に無かった!? 何がどうしてライブ終わった後に告白するかの、中の文章が消し飛んでない!?
ってちょっと待てよ、告白するってことは成功したら付き合うって事、付き合うって事となったら──
「……向こうの方に行っちゃう?」
「あっ、移籍はいたしませんわよ! 中谷様と付き合う事が出来たとしても私はゾディアック・クラスタのギターボーカルを続けますから!!」
「あっ……そっ、そう、なんですか。よかったぁ」
私が何をどう言えばいいのか迷っていると、高橋さんは慌ててそう弁明した。
私はその言葉に胸をなでおろした。よかったぁ……高橋さんみたいな華のあるギターボーカルなんて粗相見つからないもん。抜けられたら大打撃を受けてたよ、本当に。
「……永井さん。私が何故、バンドを始めたのか……覚えていまして?」
「えっと……中谷健司さんに、近づくため? あれっ、でもそれならなんでウチのバンドに入ったんだっけ……?」
「……覚えていませんのね。まあそんな事だろうと思いましたわ、永井さんですもの」
その呆れた目を向けるのやめて高橋さん! 覚えてたから、ぼんやりとだけど覚えてたんだから!!
呆れとなんか慈愛というか、そんな目を向けながら私の頭を撫で始めた。もう完全に子ども扱いされてるけど、もう慣れた。損は無いしねこういう扱いされて。
「演奏初心者である私が上手くなって中谷様を振り向かせるには……ただのファンで終わらず、古川くろこのように。いいえ、それ以上に私を、私だけを見てもらいたい。その一心で、ゾディアック・クラスタに加入いたしましたの」
「はえー……」
「はえーって……前に一度話しましたわよ? まさか全く覚えてませんでしたの!?」
私はその言葉にそっと目を逸らした。
いやだって、どういった経緯で何が理由でバンド始めたとか。練習始めたとかどうでもいいもん。最終的に弾けるようになるかどうかが重要なのであって……あー、でもこの思考、前世のバンドメンバーに注意されたっけ。人の心が無いって。
三度目の呆れのため息を吐いて、高橋さんがまた語り始めた。
「……最初はそんな気持ちばかりでしたわ」
「最初は……いっ、今は違うんですか?」
「ええ。今は……振り向かせたい、という気持ちもありますが……中谷様に見せつけたいのですわ。私のバンドは、こんなに凄いんだって。あなた達についていくために、私もここまで上達したんだぞって。……まるで子供みたいな動機で恥ずかしいですわね」
そう語る高橋さんの表情は、まるで宝物を自慢する幼い子供のような笑顔だった。
高橋さんの言う「あなた達」がどのバンドの事を指しているのか、私にはわからなかったけど……語り終えてスッキリしたのであろう、高橋さんがまたギターを構えたのを見て、そんなことはどうでもいいな、と私は頭を振った。




