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永井さんが風邪でダウンしてしまって一週間。やはりというかなんというか、あのような生活を送っていたら長引いてしまうもので……谷野さんや他バンドの方達に教えてもらうことによって私の技術も、永井さんの癖が強かった私の演奏技術から、永井さんの臭いが抜けていくような気がしますわ……これが私の味、というものなのでしょうか。
永井さんが風邪をひく前に残した曲を通しで演奏し終え、私は汗を拭うと、そこでハンカチがぐっしょりと濡れるくらいかいていた事に気付きましたわ。
「……やはり、永井さんのパートを私にやらせるのは役者不足なのでは?」
「確かにミスはそこそこあるけど、練習に支障はない。……なんでそんな弾けるの?」
「才能って奴だね~……実際、ひとみんはもう演奏上手いって言ってもいいレベルの腕は持ってるんだからさ、自信持ちなよ!」
「あ、ありがとうございます……」
お二人ともそう褒め称えてくれますが……やはり私の目標には遠い、そう感じずにはいられません。永井さんでしたら、このようなミスをすることはありませんでしたもの。
ですがここで否定したとしても、過ぎた謙遜と取られてしまいかねません。
……だからこそ、辛いのです。気軽にギターの練習について相談できる永井さんがいない、というのが。
「……早く治ってほしいものですわね、永井さん」
「うん。ストックはいくらでもあるけど……みちるは良い刺激をくれる、早く戻ってきてほしい」
谷野さんも少し寂しそうな表情をしながら……してますわよね? 基本無表情ですし、顔を髪の毛で隠しているから分かりづらいですが、多分していますわ。しながらPCを操作して次の曲を設定していますわ。
陰鬱なメロディ、流れるように一音ごとに強調された曲が上から下へ……うん? なん、なんですのこれ!?
「……これ永井さんの作った曲ですわね?」
「うん」
やはり……ドラムやベース、ピアノまで常識的な(それでもテンポがかなり速めですが)速度ですのに、恐らく永井さんが担当しているであろうギターの部分だけ異様な速度ですわ!! しかもテクニックも……なんかテンション上がってきましたわね? スウィープピッキングってこんな連続してやるものじゃありませんわよね!?
「やっぱみちるんの作る曲って、どっちかっていうとメタルの方面だよね」
「……作ってもらっていてあれだけど、みちるのギターが浮いちゃってるね。……相談して調整しないと」
谷野さんの言うように、確かに永井さんのギターメロディは浮いてるように聞こえますわね……谷野さんのPCに表示されている、永井さんが曲を作った時の日付……これ、確か足を捻挫した時に作った曲ですわね。
永井さん、冷静さというか……体調を崩されたらこのような曲を書きますのね。なんというか、意外ですわね……結構周りを見ていると言いますか、自分が浮かない様に努力をするタイプだと思ってましたもの。
……体調が悪い時というのは、普段隠したがっているものが表に出てきやすいものですわ。勿論、それが人間の本性だとは言いませんが……もしこれが、このギターの旋律が、永井さんが普段隠したがっているものだとしたら……。
「……誰かに見られたい、注目されたいという永井さんの叫び……なのかしら?」
「それなら普段作る曲からもにじみ出る筈。他の曲はこんなんじゃないから……SOSだったりして」
SOS、救難信号……誰かに助けてほしい、と表明するのにもギターを通さなきゃいけないというのに、永井さんの不器用さ……どういう訳かしら、このような形でしか自分の感情を出せないというのが、とてつもなく愛らしいもののように思えてきてなりませんわね。
永井さんの心情をギターのメロディで感じ取っていると、谷野さんの隣で静かに聞いていた角田さんが、私の顔を覗き込んで尋ねます。
「とりあえず……ひとみん、弾けそう?」
「あっ、その……」
あっ、そうでしたわ……今の私は、永井さんの代理。歌声が無くてもメロディに関しては問題ありませんが、メインギターが弾けないと曲の雰囲気すらブレてしまいます。何ならこの曲に関しては、存在意義が消滅してしまうといっても過言ではないでしょう。そのくらいギターの立ち位置が重要な曲ですわ。
「私では……かなり難しそうですわ」
……ですから、ギターが上手くなったといっても精々が高校生レベルの私では少々……というか、かなり難しい案件ですわね。
というか無理ですわ。ここまで存在感の強い、主張の激しいギターを、このメンバーで演奏しろと!? 不可能に決まってますわそんなの!! 少したりとも弾ける未来が見えませんわ!!
私の返答に少し肩を落としますが、「まあ、そりゃそうだよね」という雰囲気が漂います。やがて永井さんが作ったメロディが終わると同時に角田さんが手をパンと叩き、口を大きく開けましたわ。
「とりあえずこれの練習は無理! というか調整しないとみちるんが悪目立ちするから無かったことにして……次の曲はなんかある?」
「……というかさ」
仕切り直しとばかりに手を二回たたいた谷野さんに、沈黙を保っていた岡村さんが口を開きます。
その顔は呆れ、口からはため息。ドラムスティックを私達に向けながら、ジトっとした目を向けてきましたわ。
「次々新しい曲を作り出していくのはいいけど、まず既存の曲を練習した方がいいんじゃない? 既に八曲、結成して半年も経っていないインディーズバンドとしては十分すぎる曲数だし」
「えーっ……でも新曲作った方がウケ良くない?」
「確かに新しい風は必要だろうけど、それこそ永井さんが戻ってきてからでいいと思うな。ライブも差し迫ってるんだしさ」
ライブ……ライブ、ライブ!?
そういえば忘れていましたわ……古川くろこのバンドとの対バン、という感じで私が勝手に意識しているだけですが、このライブハウスでどちらがより優れているかを、中谷様の隣に相応しいのは誰かを知らしめてやりませんと!!
……でも永井さん関連のトラブルですっかり忘れていましたわ……えっと、いつでしたっけ?
「一応、三週間後で予定を入れてる。……バイトやチケット配りも考えたら、割と余裕はないね」
三週間、あとたったの三週間しかありませんのね。
いえ、最初のライブの時と比べて既に何度もステージで演奏している曲……ここ最近は新曲ばかり練習していましたが、これならなんとかなりそうですわ。
チケットに関しては……まあ、何とかなりますわね! 多分!!
「……んじゃとりあえず、みちるんが帰ってくるまで既存の曲を練習し続けよっか!!」
角田さんが「おーっ!」と拳を挙げたのに、私も谷野さんも同じように拳を突き上げます。
本番まで三週間! 永井さんがいなかった間に何も変化が無かったらサボってると思われかねませんもの! 上達して、あっと驚かせて見せますわ!!
「あっごめん、ボク次の仕事が控えてるからここで」
……この人、煽るだけ煽っといてそくさくと出ていきましたわ!?




