69
という訳で、店長さんのお願いを聞いて私がこのハコでライブする際のルールを説明する為、現状開いている練習用スタジオの前まで来た訳だけど……お腹が痛い……お腹痛いのにトイレ行っても何も出ないからね。なんだろねこれ。
「みちる、大丈夫?」
「きっ緊張でお腹が……おっ主に胃袋辺りが痛いです……」
変なものを食べた訳でもないのにストレスで胃が痛くなってきた……くっ、知らない人が、知らない人が怖い……!!
とはいえここで行かねばバンドマンが廃る!! いざ……と覚悟を決めて扉を開けるとそこには──!!
「あれっ、永井さん!?」
「あん? オメェ……ここでライブやってたよな? なんだ再講習でもさせられんのか?」
「健司じゃないんだからそれは無いでしょ。ねーイッシー?」
「……ふっ」
見知った顔の可愛い子とイケメンがいたので扉を閉めた。
「みちる……?」
「ヤバいヤバいヤバいヤバいなんでなんでなんでなんで!? こっここっこんな、こんなところで、こんなタイミングで顔見知りが……!? あっちょっと待って秋さん大丈夫です! 大丈夫ですのでアイスピック仕舞ってください!!」
「ん、大丈夫」
全く心の準備してなかった人がいたので思わず閉めて頭を抱えてしまったけど、こちらを見ていた秋さんが臨戦態勢に移ろうとしていたから慌てて大丈夫と伝える。
視線が私からりんさんの方にも行ったので、りんさんも私の言葉に頷いてくれた。それを見た秋さんが業務用ミキサーの置いてある立ち位置へと戻っていった。ふう危ない危ない……。
……よし。大丈夫。そうだ始めて顔を合わせる訳じゃないってのは考えてみたらメリットの方が大きいじゃないか。何を臆することがあるのだ永井みちる、多少のミスは許してくれる……いや許されないか。お金をもらっている異常私はプロ、プロだからちゃんとしっかり仕事をやり切らなきゃ……。
「よし……よしっ、行きます!!」
気合いを入れ、お腹に力を込めて、扉を開ける。大丈夫、大きなミスはしない筈……と言う訳で私は、りんさんを連れてスタジオの中に入った。
スタジオにはパイプ椅子に座った四人の男女……古川さんと、えーっと原作での攻略キャラ三人……。
「……もしかして、講師役なのか? あいつが?」
「お腹押さえてるけど永井さん、大丈夫かな……?」
「……」
「イッシー無言で袋用意するのやめなー?」
四者四葉、私の姿を見てそれぞれ反応する四人……だが誰もかれも顔面偏差値が高すぎて正直挫けそうです。
ええい気にするな、大丈夫! 私はこの人達全員と友達……いや顔見知りだから大丈夫!! もう緊張で吐くのはずっと前にやった!!
「そっ、それでは……あのっ、簡単ながら、ウチのスタジオのルールを説明させていただきましゅっ!!」
「みちる、落ち着いて。大丈夫だから」
私の背中を優しくさすってくれるりんさん、好き……いやトゥンクしてる場合じゃない、説明を続けなきゃ。
とりあえず同じ受講者ではなく講師側として来た、という事は伝わってくれたようで……気を引き締めて、話を聞く姿勢になってくれた。
よし、私も落ち着かなきゃ……深呼吸、深呼吸……落ち着け。これはプライベートじゃない仕事、仕事だ。切り替えろ私。ライブ、音楽系の仕事。よし。
「まず一つ目のルールですが、円滑に移動やライブの準備をする為に、ライブする前も後も、基本的には客席にいるようにして、楽屋には次にライブする時だけ入るようにしてください。また、ライブ準備の方は前のバンドが片付けを終えてからするようにしてください。また皆さん、ライブを終えた後は速やかに片づけを行い、客席へと移るようにしてくださると助かります。そうすることで、バンドマン全員が円滑に、スムーズに演奏から撤収までを行えますので」
まず一つ目のルール。これを心がけておけば、前にやる人も後にやる人も円滑に円満にライブを終えて始められてストレスを溜めずに済むようになる。
これを心がけておけば余計な揉め事を起こさずに済むからね……ライブ前にバンドマン同士で喧嘩が起きて指を怪我したとか、楽器を壊したとかで演奏できなくなるとか馬鹿みたいだからね。馬鹿みたいなのに多方面に迷惑かけるからマジで避けたいところなんだよね……。
みんなが頷いてくれたのを確認したので、とりあえず他のライブハウスとも共通しているルールを説明していく。私みたいな長年バンドマンやってる身からすると当然のものばかりではあるんだけど、それが初心者も知っているという訳ではないからね……清算のやり方やら、ステッカーやら、挨拶やらを伝えていく。
……前世ではバンドマン時代はこういった、後輩にルールを教えるなんてことしなかったから気付かなかったけど、会社員なってから気付いた。業界の常識を相手も知っているものだと思うな、と。何度初見のルールで怒られたことか……思い出したら吐き気がしてきたから急いで記憶に蓋をする。嘔吐するな私、嘔吐するのは説明が終わってからだ……!!
適宜質問を返したりしてで、とりあえずの基本的なルールは話し終えた。
後はうち独自のルール……。
「あと二つ、多分ウチ独自のルールがあるんですが……えっと、ウチのPAさんは人嫌いです。ですがライブに関しては真摯に向き合ってくれるので、セッティングとかに関することなら遠慮なく言ってくれて大丈夫です。プライベートなことや連絡先を聞こうとしたら刺されますが」
「刺されるの!?」
「アイスピックでグサッと」
「それ大丈夫なのかよ!?」
あー、やっぱみんな驚いてるね。うん、私も最初は驚いたもん。連絡先聞こうとした、女を犯す為だけにやってるバンドマンの腕にグサーっとアイスピックが……あれはマジで怖かった……男も女も関係なく刺すからね、あの人。
んで大丈夫かどうかっていうと……うーん、わかんない。わかんないけど多分大丈夫じゃないと思う。でもあの人、性格こそあれだし私と店長さん以外心は開かないけど、普通に接する分には普通の人嫌いなだけの人ってだけだから……。
「普通に接する分には大丈夫なので……そして最後にですが、お客さんからの差し入れは、絶対受け取らないようにしてください」
「えっ駄目なの? たまにそれで食べ繋いでいるバンドマンとか聞くけど……」
「善意で渡されたもんは断りづれぇんだが……
「僕も、プレゼント断るのはちょっと申し訳なく思うんだけど……」
「……そう?」
片メカクレの無口な人以外みんな断るのには抵抗があるっぽい……でもそうだよね、基本的に人の善意って断りにくいよね……。
でもバンドマンとしてやっていく以上、というかこういったライブハウスでやっていく以上は徹底してもらわないと困るんだよねぇ!!
「気持ちは分かりますが、駄目です。例えばですが電化製品をプレゼントされた場合、中にGPSを仕込まれる危険性があります。そうすると居場所を特定されてしまい、家族や近隣住人にも迷惑が掛かります」
「マジか、そんなことあるのかよ……」
「漫画だけじゃないんだーそういうの……」
これで住所特定されてファンが自宅に押し寄せる、なんては序の口。特定したとSNSで晒されたらもう凄いことなるよ。
とはいえこれはまだ序の口。迷惑がかかるのは受け取ったバンドマンとその周りだけだけだからね。
「後、食べ物……これは絶対受け取っちゃ駄目です。髪の毛や血液、排泄物を混ぜられている危険性がありますので」
「ねえ待って! 永井さんマジで言ってる!?」
「髪の毛入りとか想像したくねぇ……」
「僕、ライブやるの怖くなってきた……」
ああ……怖がらせちゃってる……そうだよね、普通そんな発想思い浮かばないよね。でもね、あるんだよねえ残念ながら……幽霊として活躍していた私にも、りんさんにも……。
「マジです。そっ、そうですよね、りんさん?」
「髪の毛入りのクッキーはマジであった。……血も、一滴二滴くらいなら混ざってても分からないから、もしかしたら……」
「受け取らないようにする! ぜーったい何も受け取らない!!」
「あと単純に衛生的被害が出たらライブハウスが営業停止しかねないので、くれぐれもお願いします……ここ、飲食店扱いなので……!!」
客の持ち込みとかでバンドマンが吐いたりしたら、店側に落ち度が一切無くても衛生管理局に立ち入られたり、最悪営業停止からの倒産。そうなったら私のバイト先も失ってしまうことになる……理不尽極まりないよねこれ!! 前世で何度かあったよそれで潰れたライブハウス!!
実体験のこもった説明私の説明と。りんさんの実体験を聞いた古川さん達は、表情を青くしながらこくこくと頷いた。
もはや、先ほどまであった「プレゼント断るのは申し訳ないよね……」って空気は完全に無くなった。これで一安心。
「いっ、以上で『TRITONE』におけるライブの説明を終了します!!」




