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「あっ、みちるーちょっといい?」
バイト先に着いた私はいつも通り灰皿スタンドの掃除しようかなーと思ってたんだけど、店長さんが呼び止めて来たので袋片手に向かう。
私に用事……? 休みすぎって怒られる? いや長期間休んでいたことに関しては咎められていないというか、むしろ休まなかったことに怒られたって感じだったし無いか。となると……クビ、は無いと思う。仕事の手順とか完璧に覚えてるし、掃除も真面目にやってるし、店長さんもPAさんも優しいし。
となると……即興で合わせるトラの依頼とかかな?
「ごめんねー喫煙所掃除しようって時に。ちょっとお願いしたいことがあって」
「おっ、お願いしたいこと、ですか……?」
「そうそう。今日のライブ新しい子達が来るんだけどさ、その子にうちのハコのルールとか、そういうの教えてくれない?」
「……はい?」
新しいバンドの人達が来るから、その人達にここのルールを教えて欲しい……新しいバンドの人達にルールを教えてほしい!? この私に!?
いや確かに、ここのハコのルールはある程度頭に入っているけども……えっ本気で? 私に? 正気で?
「あっ、あのっ、私がですか……? えっ私がですか!?」
「ごめんねー。今日はちょっと席を外さなきゃいけなくてさー……お願いっ! ちょっち色付けるから!!」
「いやでも、わっ私、私バイトですよ!? しっしかも、バイトリーダーとかじゃなくてがっがくせっ、学生バイトですよ!?」
「ほら、秋ちゃん──あー、PAの人は人付き合いが苦手というか大嫌いな人だからお願いしづらいし、照明さんは……あんまルール覚えてないし……」
店長さんの後ろでPAさんが申し訳なさそうに頭を下げた……店長さんから秋ちゃん、と呼ばれてるこの人……腕は確かだし私には優しくしてくれる人なんだけど大の人嫌いで、しかも嫌いの方向性がどちらかというと排除したい側の人だった……よく私の事。
そしてバンドマンという見ず知らずの人間、当然の事ながら高橋さんのような礼儀正しい人ばかりではなく、俺こそが世界の中心だぜーという傲慢自己中な人も混じっている訳で……正直、そうなった際にどうなるか……分からないけど、少なくともいいことにはならないのは確実。
そう考えたら確かに私にお願いするのが安牌ではある。あるけども……。
「どっ、どもりまくるんですけどだっ大丈夫なんですか……? わたっ私が説明役で……!?」
「その点なら大丈夫! みんな優しい子だよ~。それに何かあったらPAさんが突撃するし、後この子も傍に付けておくから」
「……?」
すぐ傍でジュースを飲んでいたりんさんの肩を掴み、そう笑う店長さん。りんさんは何がどうなってるのか状況判断ができず、すごく……その、戸惑っているご様子。不安そうな顔を私に向けてくるけどごめん助けられない、私も不安な人間だから。
確かにりんさんしっかりしてるけれども……荒事無理なタイプだから多分!! これならまだPAさんを傍に置いてもらった方が……いや駄目だ怖いわ。いざって時私じゃ止められんわ。
「ちょっとお小遣いあげるからさ、みちるのこと守ってやってよ」
「言われなくてもみちるの事は守るけど……貰えるのなら」
「そんなやっ安請け合いしちゃって大丈夫ですか!?」
わかってない状態でお仕事受けちゃ駄目だよりんさん! いざって時騙されるよ!?
でも当然のようにそう言ってくれるのはちょっとキュンと来た。りんさんどっちかというとイケメンって感じの顔だし。これで男に生まれてたらモッテモテだったんだろうなーりんさん。
「新しいバンドにこの店でライブする際のルールを説明してほしい、というかみちるの付き添いをしてほしいんだけどお願いできる? 基本はみちるが話すから傍で立ってるだけでいいんだけど」
「……みちるが説明? その、大丈夫……?」
私も同じこと言ったけど、私と同じように心配するのやめてよ!! 自分で思うのと他人に思われるのはこう、メンタルのダメージが違うから結構刺さるのよりんさん!?
あっPAさん、ちょっと居心地悪そうな顔してる……ゾディアック・クラスタの人もここでライブして久しいけど、まだ慣れきってないか……。
私と一緒に不安そうな顔をするりんさん、でもそんな二人の肩を組み店長さんが笑いながら言う。
「大丈夫だって! 今回は一組だけだし、みんな優しそうだったから!! それに正社員なるにはこういった経験も必要だぞーみちるー」
「すみません社員って言葉はやめてください吐き気が」
「あっごめん……」
社員って言葉でトラウマが蘇りそうになったけど、必死に今世で出来た良い思い出で無理矢理かき消す……畜生消しきれねえ! ちょっと残ってる!! でも私の気持ちを察したのか、私を落ち着かせるように抱きしめてくれたりんさんのお陰で多少は気が紛れた。
ありがとうございますりんさん……ううっ、私って本当迷惑かけてばっかだなあ……。
「……まあっ、とにかっく……なんでっ、なんでもも一度はばっ、経験ってことでやっ! ってみてよっ。もし無理なっ……ら次からは頼まないたっ! ねえ秋ちゃん背中殴るのやめてくれないかなぁ!?」
「……みちるを、いじめないで」
「あっあのっ秋さん! 大丈夫っ、私は大丈夫ですから!!」
明らか無茶な要求をしていると判断したのか、秋さんが抗議の拳を店長さんの背中に叩きこんでいた。
どういう訳か秋さん、私の事を同類の人間だと判断しているみたいで……なんでなんだろ? 別に秋さんみたいに人嫌いって訳じゃないんだけどなあ……。
店長さんの背中から顔を出して心配そうに見つめてくる秋さん。若干疑わしそうな眼だけど、ここで大丈夫って言っておかないと店長さんの腰、というか背中が持たないからね……心配してくれるのはありがたいけど、店長さんが仕事休みになったらちょっとね、営業休みになって私の賃金に影響が……。
「みちる、何かあったらすぐ呼んで。刺すから」
「流血沙汰はみちるの喉だけにしてくれないかな?」
「それも大概だと思うけど……」
まあ、自然発生というか私の生体上仕方のないものと、秋さんが能動的に他人を傷つけるのどっちがマシかといったら私の嘔吐の方なんですけど……まあ、どっちもどっちか。
というか怖い。秋さん刺すって何を? ねえ何を刺すの? ……そういえば、お酒に使う氷を丸く加工するのって秋さんの担当だったっけ……アイスピック? アイスピック刺すのかい? 捕まるよ秋さん!?
「みちる、本当に大丈夫? 私もある程度は覚えてるし、代わりに伝えてもいいけど」
「あっ、だっ大丈夫……です。正直不安はありますけれども、しょっ将来の事を考えたら、人に慣れないといけ、いけませんし……」
正直私に振るのはかなり無茶振りを超えた無茶振りではあるんだけどね……ただそれはそれとして、現状店のルールを全部覚えていて対人関係に(刃傷沙汰的な意味で)不安のない人間ってなると、私しかいない訳で……。
それに将来またプロになってインタビューを受けるって考えたら、避けては通れない道ではあるからね。そろそろリハビリしないと。
「……みちる、頑張って」
店長さんの後ろでぐっと拳を握る秋さんの言葉に、私は頷いた。上手くやらなきゃ……秋さんが突入しないように上手く……!!




