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みちるが新しい『TRITONE』のバンドチームに説明を無事に終えたみちるは、疲れた様子で机に突っ伏していた。
体力を消費したみちるの額にジュースを当てながら、客側にいる、今日ライブを行う訳ではない四人の姿を見やる。
「あの人がみちるに、この世界がゲームだって吹き込んだ人か……」
あの子……古川さん、だっけか。みちるに変な事を吹き込んだ人。見た感じスピリチュアルにかぶれたって感じもしない、普通の子にしか見えないけど……。
友達、男三人に女一人とかいうあきらか揉めるだろって感じのメンバーだけど……男同士も普通に仲がいい様子だし、ふむ……。
「同性愛者か」
「んな訳ありませんわよ」
呟いたところで背後からチョップが。
振り返ってみると、夕焼けのように赤い髪をなびかせたガチのマジのお嬢様、高橋ひとみが呆れた顔で立っていた。
「でも男三人で女一人は揉めるよ。今までそういうの見て来たから分かる」
「あれが全員古川くろこさんを意識して、古川くろこさんも全員に粉かけていたらそうなりますわね……ただ、噂ですが古川さんもかなりのライブ狂いとの話ですので、まずはバンド優先ということで意見が一致しているようですわ」
「……みちるより?」
「流石にみちるさん程ではないですわよ」
もしかしたら第二のみちるかもと思ったけど、流石にそれは無かったか……まあ、みちるみたいな腕のアマチュアがそうポンポンいられても困るけども。
古川さんの言う通り、みちるが前世の記憶を持っていて、前世の頃からギターを弾いていたとしても……あの腕にまで成長するのは並大抵の事じゃない。人間として異常、あきらかにおかしい練習量でないと説明が付かない。
……でも少しだけ残念だった。相手に回ったみちるの腕がどんなものか、って気になってたから。
「……なんで残念そうなんですの?」
「みちるが二人いたら世界が変わると思わない?」
「……その、先生が憤死すると思いますわ。永井さん、成績がその……」
「……えうあっ。えっ、なっ何ですか?」
「何でもないよ、休んでていいから」
突然指名されて、ジュースを額に当ててやっていたみちるが起き上がった。
何でもないよと頭を撫でてジュースを額に当ててやると、また先ほどの体勢に戻る……これで誤魔化される辺り、かなり疲れたみたい。まあ普段しないようなことさせられたからそりゃそうだけど。
にしても、そっか……みちる、成績悪いんだ。いやある程度は予想してたけど。ここまでギターに時間をつぎ込んだ人間が、予習復習までやっているかといったら絶対やってないから。
「ところでなんであの四人組がここにいますの?」
「ここでライブするんだって。んでさっきまであの人たちにここのルール教えてたのがみちる」
「……なるほど。お疲れ様ですわ。永井さん」
にっこり微笑んでみちるの頭を撫でるひとみ。みちるは机に突っ伏しながらも、もっと撫でろとでも言うかのように頭を押し付けていた。
みちるも変わったなあ。最初は何事にも警戒ばかりしていたというか、誰にも心を開かない人間って感じだったのに……前まではこう手を出したら、すっごい怯えていたのに。今ではそういった様子も無くなってきたし。
「しかし、ここでライブしますのね……健司様からチケット買った方が良いのかしら。いやそれじゃ使えませんわね」
「確かにそういうやり方でバンドマン内でチケットを回し合ってチケットノルマを達成するバンドマンいるけど、あんまお勧めしないよ。売り込む力を失っちゃうから」
「……最初の一回だけにしておきますわ」
それで悪い売り方を覚えなきゃいいけど……まあ私達のファーストライブに来てくれた人たちだし、そのくらいはいいか。
しかし、他人に恋をしている様子ってこうも分かりやすいもんなんだ……ひとみ、元々全く隠してはいないってのもあるかもしれないけれども。
「……バンドマンに貢ぐ女にならないようにね」
「善処いたしますわ」
この口ぶり絶対善処するつもりないだろ、という言葉を飲み込んだ。
ぶっちゃけひとみからしたら、バンドマンが貢いでほしいって言うような金額はお小遣いにもならないものだから……いや、あの人たちもひとみと同じ学校に通っているから大丈夫か。無いか。
ふと、視線が男達ではなく古川くろこさんに向いた。
みちると同じ、この世界がゲームだった記憶を持つ女……前世の記憶を持つ女……。
「……前世の記憶があるのって、どんな感じなんだろうね」
「永井さんに聞いてみたらどうなんですの?」
「みちるのは例外すぎて参考にならない」
ひとみに頭を撫でられて溶けているみちるを見つめながら、ひとみの提案には首を横に振る。
みちるが持っている記憶、本人は絶対に語りたがらないだろうし……語られなくても分かる、ろくでもないものだと。
そうでなければ嘔吐なんてしたりしないし、ここまで人間不信な目にならない。……だからこそ私達はみちるを気に入ってるんだけど。
「ひとみの前世は割と幸せそうだよね」
「あら? 前世では苦労したから今世ではってパターンかもしれませんわよ」
「世の中そう上手く巡らないもんだよ。苦労する人間はいつまでも苦労するものだし」
「随分悲観的ですわね……まあ、それはゾディアック・クラスタのメンバー全員に言える事かもしれませんが」
悲観的で絶望的で前を見ることが苦痛な歌詞ばかりを描く、前向きでポジティブなのはひとみが書くものくらい。
でもそれがウチの特色になっているような気もするし、ひとみの口からそれが歌われるってのも面白いから……まあ、お陰で希死念慮にまみれたものは出せなくなってしまってるけど。
にしても前世、前世かあ……私やはくりにも前世ってものがあるんだろうか。あるんだとしたら知りたいという気持ちもありつつ、でも今までの生活を考えたら……まともな前世持ってるのはひとみくらいで、それ以外は全員ろくでもなさそうだ。笑えてくる。
……うん?
「……閃いた」
「閃いたって……どうしましたの? 急にスマホなんか取り出したりして」
「歌詞、ちょっと待ってて」
前世。ろくでもない。今世。ろくでもない。絶望……過去から逃れられない。断片的なワードが浮かび上がり、消えていく。消えないうちに拾い上げて、書き上げて、繋げていく。
天啓、というのはいつ降ってくるかわかったものではないとはいうけれども、こんな突然舞い降りてくるとは……スマホのメモ帳アプリに打ち込んでいく指が止まらない。清書するのは後で十分、今はひたすらにフレーズを詰め込んでいく。
「……今度は希望に満ち溢れた歌詞であることを祈りますわ」
ごめんね、それは無理だよひとみ。
スマホから目も指も離さずに心の中で、この歌詞を歌わせることになるひとみに謝罪した。




