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 クラブハウス『TRITONE』……今日はバイトが休みで久しぶりに家族サービス(というよりは家政婦サービス)の為永井さんはお休み。そして角田さんは通院でお休みということもあって……今日は谷野さんと二人きり。


 ということもあって……少々習い事の時間をズラさせていただいて、放課後に永井さんと話したことを谷野さんに報告しに来ましたわ。


「……なるほど」


 歴史の修正力とか、このままでは確実に永井さんが死ぬとか、とりあえず聞いた限りの事を谷野さんに伝えましたが……その反応は乏しくない、というかかなり考え込んでいるご様子。

 頭を冷静にするために、谷野さんが煙草を取り出して咥えました。普段は私の前では吸わないようにしていますのに……まあ、喫煙している様子を見るたびに私が咎めていたからですが。


 ですが今日ばかりは、彼女に煙草を辞めさせよう、とも思えませんわね……。


「古川くろこ、って人と対バンやって、負けなければみちるがどう死ぬか分からない……かあ……」


 煙草を指に挟んだ状態で頭を掻きむしる谷野さん。どう判断すればいいか分からないご様子。

 とはいえそれは私も同じですわ……正直、どのように動けばいいのか、どうするのが正解なのか分かったものじゃありませんもの。


 睡眠の足りていない、隈の浮かんだ目で私を見つめ、谷野さんが口を開きます。


「で、みちるの返答は?」

「死ぬくらいが理由なら負けるつもりはない……と」

「みちるらしいね」


 私と一緒に、谷野さんが苦笑いたしました。

 谷野さんの中にある永井さんも、きっと同じことを言ったのでしょうね。ギターに人生を捧げ、それ以外を全て捨て去ったような、誰にも真似できない人生を歩んでいる……恐らくですが、彼女の前世もそういった道を歩んでいたのでしょう。


 谷野さんは煙草をフィルターのところまで一気に吸い、一服吐き出してから、口を開きました。


「……なら、負ける訳にはいかないかな」

「……本気ですの? 永井さんが死ぬかもしれないんですわよ?」


 まるで永井さんが死んでも構わない、とでも言うかのような発言……!! 信じられませんわ!! 谷野さんは私よりも永井さんとの付き合いは長いというのに……そんな薄情な事を!!


 激高する私と対照的に、谷野さんは冷ややかに……どこか諦めたように言いました。


「そうだね。でも……あのみちると一緒にライブするとなって、手を抜くことなんてできる?」

「ッ、それは……」


 その言葉に、私は何も返せませんでしたわ。


 永井さんが日々、どれだけギターを弾いているか。どれだけ愛しているか……対面して、一緒にライブをして、それが分からない筈がありません。彼女にとってギターが全てなのでしょう。ライブが全てなのでしょう。……その為なら、命を賭しても構わない、という覚悟を持っているのでしょう。


 そんな彼女と肩を並べて、わざと手を抜くなんてことができる訳がありません。

 彼女に、永井さんに顔向けできません……。


「私はできないかな。みちるの信頼を裏切ることになるから」

「……私も、同じですわ」

「うん、だろうね」


 くっ、谷野さん……なんですのその微笑みは!! 私がそう答えると分かってた、とでも言いたげな笑みは!?

 ……でも、仕方ありませんの。あの真摯にギターと向き合っている横顔を見続けていたら、誰だってそうなってしまいますもの!!


 心の中で言い訳する私を苦笑するんじゃありませんわ谷野さん!!


「……いや別に永井さんのこと死なせたいという訳ではありませんの。ですがあの顔を見ていたらどうしても、どうしても……!!」

「……ひとみって、病院関係者なのに割と倫理観ガバいよね」

「誰のせいでそうなったと思ってますの、誰のせいで……!!」

「まあまあ落ち着いて」


 自分の事を棚に上げて倫理観ガバガバとか言われたくありませんわ!!


「……まあ、その子の言っていることが本当とも限らない……彼女の言う事が正しければ、もう原型は残っていないくらい物語が外れまくっているんでしょ?」

「急に調子を戻さないでくださいます?」


 急に元の軌道に修正されたので少し調子が狂ってしまいましたが……確かに、永井さんがそのようなことを言ってらしたような気がしますわ。


 既に、元々の物語からは修正不可能な程道を外れているという話があったような気がしますわね。永井さんにはそもそもが元の物語がどのようなものだったか覚えていない、というので失念しておりましたが。


 ですが、今ここで谷野さんがそれを持ち出して来たということは……?


「その子の予想が外れて、勝っても負けても何も変わらない可能性だってある。そもそもが運命なんて、未来なんてどうなるか分かったものじゃない……ならやることは変わらなくていい、変えなくていい。そう思わない?」

「……言われてみればそうでしたわね」


 元々が、この世界をゲームとして知っている古川さんの予想が付かないようになってしまっているのが今の状態ですもの。古川さんが打ち出したものも、あくまで彼女個人の予想に過ぎない。元の歴史に近付けたところでそう動くとも限りませんし、外れたからといって……ですものね。


 ……落ち着いて考えてみればごくごく簡単な話でしたわ。永井さんの命がかかっているかもしれない、ということで冷静さを失っておりましたが……ええ、やることは変わりませんし、未来がどうなっているかなんてそもそもがわかったものじゃありません。


 何もかもが元に戻った。ただそれだけの話ですわ。


「ふふっ、やはり……谷野さんに話してよかったですわね」

「ようやく落ち着けたようで何より。……それで、時間は大丈夫なの?」

「……時間?」


 谷野さんに指摘されたので時計を見てみると、時刻は夕方の六時……普段習い事を開始しているのは五時……あっ。

 確かに遅れると連絡はいたしましたが、それでも常識の範囲内……ここから移動すると考えたら……あっ、ああっ!!


「……きょっ、今日はここらでお暇させていただきますわ!!」

「気を付けてね」


 不味い不味い不味い、不味いですわ!! ここ『TRITONE』から家まで、電車に乗ってタクシーに乗ってで大体……ギリギリ六時半くらい、ですわね……!! 少し遅れる、というには少々オーバーしてしまっている気がいたしますわ!!

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