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「……健司様が、TRITONEでライブを……」
美術館巡り、という女子高生が友達と遊びに行くには少々渋いプチ旅行が終わった。
ということでいつも通り学校行って、授業受けて、リア充の光を浴びて、で私の第二のホームである『TRITONE』に戻って、いつも通りの日常を過ごすことになったんだけど……
「なんかプチ旅行から帰ってきてから、ひとみん様子おかしくない?」
「そう、ですね……えっと、中谷さん、でしたっけ……あの人に、こっここで初ライブするとか、宣言されてからというものあのっ、あの調子です」
「……誰だっけ中谷さん」
「えっと、高橋さんが片思いしてる……」
私がそう説明を口にすると、はくりちゃんは「あー」と納得したように頷いた。
確か高橋さんがうちのバンドに入った動機も恋を叶えるためとか、初恋の人と肩を並べる為とか、そういう理由だった……ってのは、恋愛感情に疎い私でもなんとなく察せられる。というか前なんか言ってた気がする。
その人、がいるバンドがここでライブをするかもしれない、ってのでかなり浮かれている様子。
「でもまだここでライブできるって決定した訳じゃないんだよね……?」
「あっ、はっはい。まだ新規登録の審査が来た、って話はあり、ありません」
ライブハウス『TRITONE』でステージに立つことができるのは、ある程度限られた人だけ。店長さんに二曲ほど入ったデモテープ(CDでもMP3でも可)を渡して聞いてもらう一次審査、店長さんの前で一曲程度演奏してもらう二次審査を経て、ライブが可能に……ここまでやってチケットは自分で売らなきゃいけないノルマ制度導入してるんだよね、ここ。
よくここでライブしたいって人が後を絶たないな、って我がバイト先ながら改めて思う。ここまでやってチケット自分で売らなきゃいけないって……。
「店長さんのお眼鏡にかなうって確信してる感じだよねー」
私の肩に頭を乗せながら、はくりちゃんが心底関心したように、どこか呆れたように言った。
「まっ、まあ……そこまでむず、難しいものじゃありませんから」
別にそこまで厳しい審査じゃないから……いや、決して私達の標準機準がおかしくなっているから、って訳ではなくて……正直、素人でもそれなりに上手い素人であれば受かるレベルには緩いんだよね。ここの審査。
まあ最近は楽器を使った演奏も珍しくなってきてしまっているのが現状だし、ちょっとでも集めたいって魂胆だろうけど……。
「……中谷さんのところのバンドなら、問題なく通ると思います」
「おっ断言したねぇみちるん、珍しっ」
「……ってことは、あの子がホの字な子の腕はかなりのもん、ってことかい?」
私の肩に体重を乗せたはくりちゃんと話していると、背後から店長さんも声を掛けてきた。高橋さんを見るその表情は楽しそうというか、眩しそうというか……ああいう風に恋に一直線なのは、正直バンド界隈だと珍しいからね。青春真っ盛りなのを見ると眩しい気持ちになるってのもわからなくもない。
……まあ、私には恋愛感情は理解できないけど。
とりあえず、店長さんの問いに答えようかな。って言っても、私も一度聞いたくらいなんだけど。
「あっ、はい……その、中谷さんの腕前は……今の高橋さんより上だと思います」
「おおー、それは期待できるねぇ」
「……それって高いの?」
「……あのねぇ角田ちゃん、高橋ちゃんのギターの腕前はうちでライブしてるバンドの平均値くらいはあるのよ。まだ始めて数か月くらいだってのに。これとんでもないことだからね?」
「あっ、そっか確かに」
すっかり耳が肥えてしまったはくりちゃんに、店長さんがため息をついて高橋さんの凄さを説明した。
実際、高橋さんの成長は著しいものだ。正直あの上達具合は常軌を逸している。二年三年と続けてきた人と数か月で肩を並べるとか、その人の立場を考えたらやってられるかって代物だもん。
……とはいえ、それを加味した上で断言できるんだけど、確実に今の高橋さんより、中谷さんのがギターの腕前は上だ。練習をそのまま重ねていくと、月の桁が二つになる頃には高橋さんのが上達しているかもしれないけれども…。
よくよく考えたら、古川さんも私と同じ転生者で、色々と有利になるよう動いている訳だから……もしかしたらゲームの時以上に才能を開花させている可能性もある……? ぶっちゃけギターって、基本的に練習しまくらないと上達しないものだけど、独学で練習するより誰かに指導してもらった方が、当然のことながら上達は早いし……。
……あれっ、もしかしてとんでもない強敵じゃない?
「すっ、すみませんはくりちゃん。ちょっと……練習量、増やしたく思うんですが」
「えっ、それはむしろ願ったりだけど……どうしたのみちるん……?」
私の突然の申し出に、驚きに目をパチクリするはくりちゃん。私も正直、自分の口から出た言葉に戸惑っている。
正直、あのメンバーに負けてしまうのは……仕方ないとは思う。原作主人公とそのメンバーだし私も高橋さんも、乗り越えるべき壁の一つでしかないし。
みんな努力しているから、負けても悔しくはない。納得できる……筈なんだけどなあ。でもなんか、やっぱり……ライブでだけは負けたくないなあ、ってワガママな私がいた。
努力してる。才能がある。私達の大きな壁になる……そうだ、それがわかっているのに何も動かないのは……違うんじゃないかな……。
「あー……今日は無理だから明日から増やそっか。りんにもかおるにも連絡入れないといけないし」
「あっ、おねっ、お願いします!!」
「さっきまでハキハキ喋れてたのになあ……まあ、それがみちるんらしいけど」
はくりちゃんが苦笑しながら、スマホのアプリで私のお願いを共有してくれた。
そうだ。私達も頑張らないといけない。もっと上手くならないと……下を見たら追いかけてくる人がいるんだ。追いつかれないように、上へ上へと行かないと……。
みんなで揃った練習は今は無理。なら今できる最善をやっておかないと。
既に、高橋さんの今日の分の練習は終えているけど……ちょっと、付き合ってもらおう。
「健司様と肩を並べてギターをかき鳴らす私……健司様のギターに乗せて歌う私……ふふっ、うふふふふふっ」
「……たっ、高橋さん!!」
「あっ、あらっ!? ……永井さん、今の聞いてまして?」
「あっ、えっと、その」
独り言をつぶやいていた自覚が無かったのか、私が声をかけた瞬間に顔が真っ赤に……ってところで、私は正気に戻った。
というより、いつも通りの私に戻った。
「その、忘れてください! 忘れてくださいましー!!」
「あっ、待ってたっ高橋さんっ……ゆっ、ゆらっ、ゆらさっ、揺らさないで……!!」
肩を掴まれぐいんぐいん前後に揺らされながら、私はなんで、ついさっきまであんなに練習しようと思っていたのか……五分も前の自分がわからなくなっていた。
というより、思考が……揺れるたびになんか、抜けていってる気がする……!!




