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「私にお願いしたいこと、ですか……?」

「うん。そうだ忘れてた、話す前に……よいしょ、はいこれ」


 本題に入る前にりんさんが、ベッドの下からなにか平べったい、プラスチック製のものを取り出した。

 なんだろう……と岡山さんと一緒に首をかしげると、りんさんは平べったいそれを押し広げて……なんということでしょう。バケツに早変わり。


 ……なんでここでバケツを出したんだろう? そう疑問に思った瞬間、今度はレジ袋を取り出し、ゴミ箱に袋を取り付けるかのごとくバケツにセット。

 そして完全態となったバケツを、りんさんに渡された。私はなにがなんだか分からず、とりあえずバケツを受け取る……。


 あの、りんさん、これは……?


「いつでも吐いていいように」

「そんないつも吐いているみたいな!! ……たっ、確かに毎朝寝起きに吐いてますけど」

「いつも吐いてるじゃん」


 そりゃちょっと、ちょーっとだけ嘔吐のしすぎで喉が延焼起こしてたり? 歯が胃酸にやられて歪になってますけれども……流石にこの場で吐いたりはしませんよ!! というかなんですかそのサムズアップは!?


 そう言い返したい気持ちはありましたが、とはいえ万が一吐いてしまったらりんさんの部屋を汚してしまうことになる。飛沫のみならず、臭いというものがこびりついたりする可能性がね。臭いって、あれ要するに嗅覚という器官にその成分が入り込んでいる訳だからね。


「きょっ、今日はこれ以上吐きませんかね!! とりっ、とりあえずいつでも使えるよう手元に置いておきますけれども」

「りんすっごい失礼なことしてるけれどもそれを受け入れる君も大概変だね。おもしれー女」

「うん。みちるのこういうところも好き」


 えへへ、褒められた……褒められたのか、これは? 褒められてはいないよな、これは……。

 まあいっか。今回来た本題には関係のないことだし。ぶっちゃけ私が汚物として見られようが、ギター弾ければまあそれでいいかなって……吐瀉物も吐血も汚物なことに変わりは無いし。


 膝の上にバケツを置きながら、りんさんのノートを手に取る。横から覗き込んできた岡山さんにも読み易いようちょっとだけ傾けっ……あっ岡山さん良い匂い、薔薇の香りっ。


「……普通に良い歌詞じゃない? 口元から落ちる夕日にかかった雲が~、とかちょっと渋すぎる言葉遣いな気がするけど」

「……あっ、こっ、これもしかして……煙草の暗喩……ですか?」


 私の言葉に岡山さんが目を丸くして、りんさんが頷いた。

 やっぱり……口元から落ちる夕日は火種、雲は多分煙の言い換え。かなり詩的に書かれてこそいるけれども、これただ単に「煙草が旨い」って言いたいだけの歌詞だ。


 他のページも見てみると、言葉の選び方こそ違えど大体同じ。酒煙草酒酒煙草酒煙草と……未成年じゃ駄目なやつのオンパレード。

 十中八九、はくりちゃんに没にされるやつばっか……。


「……作り溜めていた歌詞が全部駄目になった」

「ぜっ、全部この調子なんですかりんさん……」


 そりゃ膝から崩れ落ちるわ。

 そして私と岡山さんにこれを読ませたのも、恐らくだけど深くツッコんでこないからなんだろうなあ。禁止令を出したはくりちゃんは言わずもがな、高橋さんも……お嬢様学校の出だから、色々と説教される可能性が高い。


「大人になるまで取っておけばいいじゃん? そんなガックリすることないって。それに、りんは作曲に回ればいいじゃん。曲作れるんだし収益の配分に関しては心配することないんじゃない?」

「……今回二人を呼んだのは、その件についても話したいことがあるから。というか、今回はそれが本題。これはただちょっと愚痴りたかっただけ」


 そう言ってりんさんは私の手からノートを抜き取り、閉じた。

 歌詞の内容はともかく、どれも言葉遣いが巧みで中々面白いものばかりだったけど……あれが日の目を見るのはもう少し先かあ、ちょっと勿体ない気持ちがある。


 しかしこの歌詞に関してのが本題ではない、ということは……何の用だ? 私にできることなんて、これ以外だと高橋さんにギターを教えることくらいしかないよ……?


 ただ岡山さんは何か察しているようで、顎に指をかけてなるほどと笑っていた。私もとりあえず同じ表情をしておこう。何もわかってないけど。


「……みちるは、メロディを作ることってできる? DTM触れる?」

「えっ、メロディ……ですか?」


 うぅん、一応前世で少しやったことはあるけれども……それでももうかなり昔の経験。正直言って、やり方を覚えているとは言い難い。

 正直、初心者よりはマシかな程度でしかないとは思う。


「えっと、前に少し触ったことがあるくらいですが……多分、勉強し直せばやれるようになる、と思います」


 とはいえ出来ない、という訳でもない筈。解説本とか読んで勉強し直せば、多分一か月、いや半月くらいで出来る……と思う。前世と違って、この体は覚えようとしたものに関しての記憶・吸収能力はとんでもなく高いからね。


 まあこれが学生生活に活かされているかと聞かれたら……机に向かい合うとね、トラウマが再燃してしまってね……。

 追い出し部屋、パワハラ、意味のない書類作業……うっ、頭が。頑張ってやった仕事を即目の前でシュレッダーかけられた過去が。


「ん、それなら心配はいらない。……みちる、大丈夫?」

「うぇっ!? はっ、はい大丈夫です!」

「しんどいなら無理せず吐きなよ? 吐きやすい体質だってのはみんなから聞いてるから気にしないで」


 うぅ、りんさんと岡山さんに心配をかけてしまった……あっ、岡山さん背中さすってくれてる。優しい……。

 とはいえまだ、吐くまでは行ってないので……とりあえずいつでも吐けるよう、口元にバケツを持ってきた状態でスタンバイしておこう。


「……まあとにかく。私達ゾディアック・クラスタは全員が作詞を出来るって体制を作った訳だけど、それに対し作曲家が私一人だと追いつかない危険性がある。確実に間に合わない」

「あっそっか、作曲するのは現状りん一人だもんね」

「あー、それは確かに問題ですね」


 確かにこれでは、りんさんに大きく負担がのしかかってしまう。一度作り上げてしまえば印税が入るとはいえ、りんさん一人に対して作らなきゃいけない歌詞はどんぶり勘定四人分。りんさんも自分で作詞もするとなると五人分……うん、ちょっと無茶かな。


「そこで、二人にも作曲を手伝ってもらいたい」

「ふぅん、なるほどね……でもいいの? ボクはサポートで入ってるだけだよ? そんなのに作曲なんて大役任せて。いずれ抜けてライバルになるのに」

「別に勝ち負けとか特に気にしてないから……はくりとみちると楽しく演奏できれば、それで」


 ふへへ、私もその中に入ってるんだ。嬉しいなあ。

 りんさんにとってはくりちゃんは結構大きな存在だと第三者の目から見てもわかる。その枠組みの中に、はくりちゃんの次に私が入るってのは……多分だけれども、かなり大きな事柄、だと思う。


 これは、私も張り切ってやらなきゃなあ。


「りんがそれでいいなら引き受けるよ。取り分も美味しいしね、断る理由は無い」

「わっ私も! 誠心誠意、頑張らさせていただきましゅ!!」

「あの、みちるは……あんまり頑張りすぎないでね」


 なんでぇ!?

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