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はくりちゃんの歌詞禁煙例から一週間が経過した。
いや歌詞禁煙例ってどういう意味だよ禁止する理由あるのかと思われるかもしれないが、りんさんが今まで書いた歌詞を見せてもらったら……四割くらいが、うん、煙草に関する歌詞だった。そりゃ膝から崩れ落ちるわ。そしてこんな歌詞を歌わせたら未成年喫煙を疑われてしまうわ。まあ疑いも何もうちのバンドメンバー普通に吸ってるんだけど。
そして今私は、りんさんの家の前にいる。今日は学校もバイトも休みだしギターの練習でもしようかな、と思っていたら……なんか、なぜか呼び出された。
インターホンを押さなきゃいけないんだけれど、無理矢理訪問販売に行かされた時の事が思い出されてしまい、指が震える。ボタンを押すまで動かない。
「落ち着け、大丈夫。私は大丈夫……知らない人に水素水を売りに行くとかじゃないんだから、友達の家に遊びに来ただけなんだから」
頭じゃ分かっている。この家に敵はいないって。娘の友達を敵視する親なんてそういないって。でも、それでも、どうしても、今朝見た夢が脳裏から離れない。
あぁ、もうあれから十数年経つのに。なんで私は忘れられないんだろう。なんで私は、こんな……
「あれ、君は……永井みちるさん、だっけ? なんで制服なのさ」
「ぴゃっ!?」
「ぴゃっって……そんな驚かなくてもいいじゃん」
イケメンの家の前で固まってたら見たことのない金髪のイケメンの人に声をかけられた!? えっ、でもイケメンさん私の名前を知っているってことは……私の知り合い? くろこさんとこのバンドの人かな。思い出せないけど。
だって、金髪の髪を一つ結びにしたちょっと悪そうな感じの、黒字のシャツにジーンズとかいうすんごいラフな格好なのに、すっごい決まってるイケメンに見えるような人との知り合いなんて……少なくとも未成年では思い浮かばないもん!! いやでもこの声、どこかで……。
「……あー、ボクのこと誰か分かってないなこれは」
そう言ってイケメンさんは自分の唇を人差し指でとんとんと叩いた。
なんだろう、と私が視線を集中させると、イケメンさんはべって舌を出して、口の中にしまってあった逆十字の舌ピアスを見せて来た。
あっ、あー……!! あの、キーボードの!!
「バンド仲間ってことは思い出してくれたようでよかった。名前は思い出せていないみたいだけど……」
「すっ、すすすすみません! ごめんなさい!!」
「そこまで謝罪しなくてもいいよ……ボクは岡山かおる、覚えるまで何度も教えてあげるから大丈夫大丈夫。……ところでみちるちゃん、りんの家の前でなにやってるの?」
優しく微笑んで言ってくれたけど、どうしよう……前世のトラウマでインターホンを押すのが怖くって、なんて言ったら変人扱いされ──今更か? いや今以上に変人扱いされるに決まってる!! いくら名前を思い出せなくても怒らなかった人とはいえ、人とはいえ!!
考えろ、考えろ永井みちるいい感じの言い訳を!! こう、電波でアルミホイル被ってそうなヤバい奴と思われない言い訳を作り出すんだ!! 思い出せ前職で鍛えた嘘八百力!! ちょっと気分悪くなってきた……。
「えっ、えっと……その、押すのに緊張しちゃって……あのっ、私友達いなくて、こういう家にお呼ばれしたの初めてで……えっと、はい」
「そ、そうなんだ……」
はいじゃないが。引かれてるが!? そうだよね、急に「私友達いません」なんてカミングアウトされても困るよね反応に。笑えばいいと思うよ、笑える人いないんだよ基本。
大丈夫かな、変な人と思われていないかな。
「(変な人だな~……)……えっと、ボクもりんに用事があるから来たんだけど、一緒に入る?」
「はっ、はい! 不束者ではございますが、よろしくお願いします!!」
「そこでその言葉使うのはなんか違うくない?」
ありがたい、渡りに船! 地獄の沙汰に降りた蜘蛛の糸!! いや別にりんさんの家が地獄とか言いたいわけじゃなくてね、インターホンが地獄なの。わかれ、わかってくれ……!!
若干私に訝し気な目を向けられながら、岡山さんがインターホンを押してくれた。
するとスピーカーから、かなりノイズがかったりんさんの声が。
『どちら様』
「ボクだよボク、かおる。永井さんも一緒にいるから入れてちょ」
『ちょっと待ってて』
りんさん、声が死んでる……ノイズまみれのスピーカー越しでもわかるくらい声が死んでる……。
一体何があったのかが気になって茫然としていると、鍵の音が鳴り、扉が開いた。
カチューシャで前髪は上げられているけれども、それ以外の髪はぼさぼさ、普段は隠れている目には隈、んでもって咥え煙草という成人済みであればバンドマンとして満点なりんさんの姿がそこにはあった。
いや何があったのりんさん!?
「ふぅん……」
「いらっしゃい……あれっ、みちる? なんで制服? 今日平日だったっけ。……まあいいや、入って」
「曜日間隔も分からなくなってる……りんさあ、根詰めすぎだよ。そんな考えすぎたら煮詰まる前に煮焦げちゃうから」
「おっ、お邪魔します」
まるで同居人のような顔で入る岡山さんの後ろをおっかなびっくりついていく私。中はゴミ一つ落ちてない清潔な廊下……岡山さんの靴を綺麗に並べてから、私も靴を脱いで上がる。
りんさんに手招きされて、りんさんの部屋に入る。
「適当に座って」
りんさんに促されて、岡山さんの隣に座る。
なんというか、凄い大人な感じの部屋だ……壁一面を占領する本棚には分厚い本がぎっしりと詰まっているし、その傍に立てかけられている数本のギターもよく手入れされているのか誇り一つない。あとヤニ焼けしないようカバーをかけられている。
全体的にクラシックというか、落ち着いた雰囲気の部屋。ただ壁や天井がヤニで少し黄ばんでいるし、シックな色合いのテーブルにはノートとボールペン、そして煙草がこんもりと山のように積もったガラス製の灰皿とウィスキーの瓶……。
なんというか、全体的に未成年の部屋じゃない!!
「あぅ、あのっ、ここはお父様の書斎とかじゃ……」
「いや、私の部屋だけど……?」
「ここへ来た時はみんなそういう反応するよね」
岡山さんの反応からするにマジでここりんさんの部屋なのかあ……凄い、凄い大人びてる。
それに比べて私の部屋は……私の、部屋……? 足立山さんが掃除してくれてるから綺麗、というかそもそも物を全然置いてないから……夜逃げ寸前とか、座敷牢とかぼろくそ言われたなあ。足立山さんに。
りんさんの部屋に比べたら、私の部屋なんて……私の部屋なんて
「私の部屋なんて独房だなあ……」
「えっなに永井さん刑務所で暮らしてるの?」
「大丈夫、みちるが前科者でも私は気にしない」
「あっいえその、忘れてください……」
口に出てた!? うわあ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるよ二人とも……やめてそんな目で私を見ないで。恥ずかしいから。恥ずかしくて死ぬから。
「ま、まあ永井さんの事は置いといて……今日は何でボクたちだけが呼ばれたのか、教えてくれる? はくりもいないってのがちょっと気になるし」
岡山さんに言われて気付いた。そういえば今日はくりちゃんがいない……いつもりんさんとセットでいるというイメージがあったから、ちょっとびっくり。
……うぅん。やっぱりあれ関連なのかなあ……りんさんの言葉を待っていると、覚悟を決めたようにりんさんはノートを開き、私たちが読めるように向けてくれた。
「か、歌詞についての相談、ですか……?」
「……それもあるけれど、二人にお願いしたいことがあって」
わっ、私にお願いしたいこと!? 岡山さんならともかく、私に!?




