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ゆっくりと、瞼を開ける。清潔そうな天井が薄暗く見えた。
私が目を覚まして真っ先に感じたのは、誰かに握られている右手の感触だった。
右手側にゆっくりと顔を動かすと、病衣を着たはくりちゃんが私の手を握って眠っていた。
……はくりちゃんが私と添い寝!? えっどういう、えっ……!? どういう状況!?
「……はふ、ふぃ……」
声を出そうと思ったけど、妙にざらつくというか、かすれてる感じがして上手く出ない。
というか、なんか口の中に入っててうまく喋れない? 目だけを動かしてみるけど、私の口の中に何が入っているのかさっぱり分からない。
全く状況がさっぱり分からないけど……あっ不味い吐き気がする。いつもの朝嘔吐が……水、じゃないやまずはトイレに……あっ間に合わない──!!
と思ったけど、なんか機械のスイッチ? が入って、私の口の中のものを全部吸い込んでくれてるっぽい? 唾液も一緒に持ってかれるからすっごい喉が渇くけど、でもお陰で、隣ではくりちゃんが寝てるという状態でゲロをまき散らさずに済んだ。
……にしてもまだ薄暗いってことは早朝か、深夜かぁ。太陽や月の光は……入ってこないなあ。
この時間は嫌いだなあ、前世の職場の事を思い出して吐きそうになる……あっヤバい吐きそう。というかこの機械が喉に直接刺さってるせいでいつも以上に吐く事が我慢できなくなってる……おおー機械が稼働してくれてる。音うっさいなこれ。
ごめんねはくりちゃん、もしかしたらめっちゃうるさいかもしれない。
「ん……うるさいなあ、今何時だと……」
「はふぁふぃっ……」
寝ぼけ眼のはくりちゃんと、私との目が合った。
パチパチと瞬きするはくりちゃん。というかなんではくりちゃん、病衣着てるんだろう……?
あっ、ああ~……唾液が、唾液がベッドに……ゲロと違って口の周りから出るから抑えられない……。
「おはようございます……」
「……みちるん!?」
「ふぁい」
「……みちるん!!」
おごっ!? きゅっ級に抱き着いてきた。のはいいんだけど、はくりちゃん、胸が、胸が管に当たって……嘔吐反射が刺激されてゲロが出るっ。
おおーっ、機械が動いて吸い取ってるのが分かる……凄いなこれ、便利。寝てる時吐いても喉詰まらせて死なないじゃん。
「あっごめん、つい嬉しくて……ちょっと待ってて、今看護師さん呼ぶから。……私のせいで吐いちゃったみたいだし」
うぅん、はくりちゃんがこんなに嬉しがるってことは……私、寝てからかなり時間が経ってたんだろうか。
というか何が起きたんだろう……なんかお腹妙に痛いし、点滴には食塩水だっけか、あれのみならず血液パックもついてるし。お腹には包帯巻かれてるし。おまけに喉には管が刺さってる! 吸い込む為の管が!!
……マジで何が起きたの私?
状況把握のためにあちこち見渡したけど、隣にはくりちゃんがいる以外は普通の病室。何も情報が増えてない。
とりあえず私の容態がかなり重症だってことだけは分かった。……なんで!? 親に会いに行っただけなのに!?
私が馬鹿な頭を必死に働かせていると、病室のスライドドアが開いた。うんざりしたような、おおよそ白衣の天使とは程遠い……死んだ目をした看護師さん……。
「はあ……角田さん、また自傷でもしたんですか?」
「そんなので呼ばないよ! みちるん……えっと、みちるちゃんが目覚ましたの!!」
「はあ、永井さんが? ってまたベッドに忍び込んで……永井さんが!?」
あっはい永井です。上手く話す事が出来ないので手を上げて主張する私。口の中にゲロ吸い込む管ぶち込まれてるからね、そんな状態だとろくに喋れんよ私は。
驚いた様子を見せるナースさんが急いだ様子でどこかに消えた。ナースステーションにでも行ったのかな? ……また自傷したとか言ってたけど忘れよう、うん。何か別の話題で頭を動かさないと……。
……にしても、あんなに驚くってことは私、かなり眠ってたんだろうか。眠ってたんだろうなあ。……しばらくリハビリ生活かあ。はあ……。
「……ねえ、みちるん」
「ふぁい」
声をかけられたので、リハビリしんどいなあという絶望的観測を打ち消して目をはくりちゃんの方にやる。
私の身に何が起きたかはくりちゃんは知ってるんだろうか。それを教えてくれるのかな、なんて思ってたら……はくりちゃんは病衣の袖をめくり、包帯を解いた。
普段は長袖の服できっちりと隠されていたはくりちゃんの腕。包んでいた白い布はやがて赤く染まっていき……無数に刻まれた、横に切った傷痕と……最近切ったであろう真っ赤な線が、腕に生々しく刻まれていた。
痛そうだなー、と思って見ていると、はくりちゃんはどういう訳か私のお腹に、その腕をぴたりと付けた。
なっ、何が起きてるの……? 何が起きてるの!?
「私さ、何か将来の事が不安になって、死にたくなると……こうして手首を切って紛らわせる癖があるんだ」
「ほうふぇふか……」
なんとなーく、察してはいたけど……思った以上の傷だった。
別にリスカしてること自体は珍しいもんでもないんだけど、数がかなりある……おまけに縦に切ったのは最近のものっぽいのが。
というかはくりちゃん、そんな乙女の秘密を告白しちゃったみたいな感じで言う事じゃないと思うよそれ。いや良いんだけどさ、良いんだけどさ!!
「で、それを誤魔化す為にお酒飲んだり煙草吸ったりしてたんだけど……みちるんとひとみんがいると、そういった不安がかなり誤魔化されてたんだ。これなら私の夢を叶えられる、これなら不安を感じずに済むって」
えっ、そうだったの!? でもその割には結構お酒飲んでたような……あっ、あれか。嗜好品として楽しむのはまた別って事か。
……高校生がそれ楽しんでいいものなんだろうか。まあいいか、私には関係ないし。
「……でもこの前、みちるんがいなくなって、病院に運び込まれて、喉と、ここの手術をするって聞いた時にね……それまで抱えていた不安が一気に噴き出しちゃって……で、切っちゃった」
そっ、そうなんだ……はくりちゃんの中で私って、そんな大きな存在になってたんだ。
嬉しいんだけど、嬉しいんだけどさ……その、ちょっと……身に余る重さ……!! 私みたいなギター弾くことしか考えてないギターキチを心のよりどころにしちゃ駄目だからねはくりちゃん!?
「しかもお風呂に漬けてたからねー、りんが来なかったら多分死んでたねー私」
笑いながら言う事じゃないと思うよはくりちゃん……それリスカってレベルじゃなくて完全に死にに行ってるよはくりちゃん。
というかなんで私のお腹に腕くっ付けてるのはくりちゃん。その妖艶な目は何? 本当に何?
「……前、言ってたじゃん。私の夢」
夢……あー、そういえば言ってたかも。秘密って言われたのは覚えてる。
まあそれ以来は全く気にも留めてなかったけど。だってギター弾くのに特に影響しないし。
とりあえず、はくりちゃんの言葉を待とう。特にやれることもないし、はくりちゃんの夢気になって来たし。
「……私、世界規模で有名になってね……人気の絶頂ってところで死んで、私のファンいーっぱいに後追い自殺してほしいんだー」
私達だけの秘密、りんにも内緒だよっ。……って笑うはくりちゃんの言葉に、私は頷くしかなかった。
そっかぁ、大勢の人間をファンにして巻き込んで自殺が夢かー。これが夢かぁー……。
言える訳ないじゃん!!!! ってかえっ、これをずっと抱えとかないといけないの? えっ、マジで?
どうすればいいの私……って困惑していると、私のお腹にぴったりと付けていたはくりちゃんの腕が、手が、私の体をなぞって上がってくる。
えっ、何? なんで私のほっぺた触ってるのはくりちゃん? こっ、怖いんだけど?
「だからね、みちるん」
──一人で死なないでね。
……そう囁かれた私は、ただ頷く事しかできなかった……。
……これ、どう答えるのが正解だったの?




