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私、何でこんな暗い世界にいるんだろう……? 確か、名前は忘れたけど父親の会社にお姉さまと一緒に乗り込んで、父親と対面して、なんか縁談もう決まっててで……で……? そこから記憶が一切無い……私何やらかしたんだ? なんか妙にお腹も痛い気がするし。
にしても、本当ここはどこなんだろう。なんで見ているだけで頭がちりちりと痛むような感じがするんだろう。
……綺麗に掃除されてるけど、狭い。窓から見える景色から察するにアパートかどこか。まとめられてるカーテンは、青い布で括りつけられている。
棚には人形、そして誰かの写真……見るたびに頭が痛くなってくる。見たくない。だというのに視線が自然と動いてしまう。
棚、本棚にはぎっしりと白い背表紙に金文字で、まるで文字化けしたみたいなものが書かれている。その本棚の上には壺に、色鮮やかな石……。
白いふすまの向こうから、お経みたいなのを唱える声が聞こえてきた。
息が浅くなってきた。吐き気が襲ってきた。なんで? なんで私は、ここにいたくないと思ってしまうんだろう。
そうだ、ここは夢だ。夢の中なんだ。そうに決まっている。
だったら早く目覚めないと……!!
「やだ、やだ……なんで、なんで動かないの!?」
体が動かない。テーブルの上にあるハサミも、何にも手を伸ばせない。
これ以上は見たくない。いつも見る夢とは違う情景、でも中身は決まっている。お母さんが私のギターを壊して、私を蹴って、何もかもを奪っていく。家が出るたび、家族が出るたびに見る夢は決まってそれだから。
ふすまの奥から聞こえる声。人は声を真っ先に忘れるというけれどもそんなものは絶対嘘だ。私はこの声を忘れない。忘れたいのに、忘れる事が出来ない。
もうやだ、やめて。もう関係ないんだから、私の中から消えてよ!!
そう叫びたいのに悲鳴が出ない。お経は刻一刻と終わりに近づいて……やがて、声が途切れた。
ふすまが開く。そこには私が覚えていた、お母さんの顔があった。
どこにでもいるような、平凡な顔をしたお母さん。近所の人からは優しい、普通の主婦として見られているお母さん。……私のギターを壊し、私達が作ったアルバムを全て壊し、バンドメンバーに危害を加えてきたお母さん。
「……かおり」
その声に、その名前に……私の体が震えた。
今までの夢と違う。今まで見てきた夢だと、もっとノイズがかかったような感じだった。なのに鮮明に、クリアに、お母さんの声が再生された。
私の知ってる声だ。私が一番、聞きたくない声だ。
吐き気がした。今すぐ逃げ出したくなった。もう何も見たくないと目をつぶって、耳を塞ぎたい。
そんな私の背後から、私が聞き慣れた声が聞こえた。
「悪いけど、あんたと違ってそのカルトを信じるつもりありませんよ」
「なっ、あんた……神様があんたを見守ってくださってたから、そんな立派に成長できたんじゃないか!! それなのにあんた神様に向かってそんな口を」
「迷惑を掛けられた覚えならありますが、育てられた覚えはありませんよ」
私の声だ。私がまだ『朝山かおり』として生きていた頃の声だ。
でもこんな声じゃなかった筈だ。私の記憶だともっと怯えて、震えた声だった。少なくともこんな、凛とした、自信に満ち溢れた声では無かった。
誰かが私の体を使ってる? 使うにしても何故態々私の体を……? そんな疑問を浮かべる前に、お母さんが鬼のような形相で、テーブルに置いてあったペン立てを私に向かって投げつけてきた。
「やっ、ごめっごめんなさい! ごめんなさいお母さん!!」
私の哀願の言葉も、聞こえていない。私の事は見えていない、私の後ろにいる自分に向かって物を投げているのは理解している。それでも、震えが止まらない。恐怖が止まらない。
私の体にはぶつからず通り抜けているのに、当たった箇所が痛く感じられた。
「ごめんなさい! ごめんなさいお母さん!! もう二度とギターなんて弾きませんから!! ごめんなさい!!」
「ヒスってんじゃねえですよこのババア!!」
私の背後から私を通り抜けて、一人の女子高生がお母さんのお腹を思いっきり蹴りつけた。
お母さんの体が背後に飛んだ。そのまま観葉植物にぶつかって、鉢を割って、土に尻もちをつく。……えっ? 今何が起きたの? 全く頭がついていかないんだけど。
私が、私が蹴り飛ばしたの? お母さんを?
「テメーがそんなんだから父さんも他の女んとこにいくんですよ。時間もわきまえず騒音まき散らして勝手に金引き出して使って……だってのになに反省せずヒスってカルト信じてんですか。ええ? 反省なんざ犬でもできるんですよ? 犬以下ですかあんたは」
「やめてっ、やめてかおり……」
「やめてほしいのはこっちの方ですが? 働きもせず娘とパパに養われてるだけのニートが!! 家事もろくにせずカルトなんぞに入れ込むような馬鹿の癖に、命令しないでください」
容赦なくお母さんを蹴り続ける、私。私だよな……腰の所まで伸びた髪でしか判断できないけど。
えっ、これ本当に私? 私こんなことしたことないよ? というか父さん、浮気して出て行ったの!?
別人じゃない? 絶対別人じゃないこれ!? 私こんなこと出来なかったよ!?
やがて一通り蹴り終わって、せき込むお母さんを一瞥して、ため息を吐いて振り返ったら……耳や鼻にばっちばちにピアス付けてるし、切れ長なのは変わらないけどこんなギラギラ輝いた目じゃなかったよね!?
「……あれ、私……私ですかこれ? 随分と痩せこけてますけど」
「えっ、あっ……えっ? みっ見え、てるんですか……?」
「一応見えてますけど……えっと、初めましてでいいんでしょうか?」
少し気まずそうに話す私……じゃない、かおりさん。もう完全に私と別の存在だ……本当に私なのか? 私じゃないようにしか見えないけど。
部屋の隅でうずくまっていつものお経をあげるお母さん。私の前世であるかおりさんが女子高生くらい若い辺り、私が死んだ時より若い筈なんだけど……なんか老けて、小さく見えた。
「折角ですし、ちょっとお話しましょう? かおりさん」
私と全然違う、自信に満ち溢れた私の顔で……彼女は、席に座るよう促して来た。
今がどういう状況で何が起きているのかさっぱりわからないけど、とりあえず言うとおりに従う。
視界の横に映るお母さんをちらりと見る。あの人には見えてなかったのに、何故目の前のこの人、かおりさんには私が見えているのか。そもそもなぜ私はこの、私の前世、しかも過去の世界の、前世に住んでた家にいるのか。
分からないことが多い。何もかもが。
分からないことが多いけど、とりあえず……顔のパーツは私そっくりなのに装飾品が全然私じゃないので、脳みそが別人と認識してコミュ障スイッチが発動してるのどうしよう……。




