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第12話 一件落着

 

 小太りは焦った様子で後ずさってゆく。


「ま、ま、待って、待ってくれ……!」


「あなたも職人でしょう。なら手を砕けば廃業ですよね」


 そして――目にも留まらぬ速さで距離を詰めたラオフェンは、足踏みの要領で小太りの右掌を踏み潰した。


 店の床と、小太りの手が砕ける。


「ぐっ――!」


 小太りの絶叫を、ラオフェンは冷たい目で「シー」と指を立てて、黙らせる。

 顔を近付け、もう片方の手を見て微笑んだ。


「もしかしてこっちが利き手でしたか?」

「ち、ちがッ!」


 再び店内に鈍い音が轟いた。

 両手を床にめり込ませた小太りは、泡を吹いて沈んでいた。


(た、大変!)


 我に帰った薫が気絶する二人に駆け寄った。


「やりすぎですよ!」


 そう言って治療を始めようとする薫に、ラオフェンは珍しく意見した。


「恐怖はそのうち風化します。そしたらまた、この店と同じ被害が出るかもしれません。どうかその優しさは善人にだけ向けてください」


 黄金色に包まれた手がピタリと止まった。


 ラオフェンのやり方が全て正しいとは思えなかったが、自分のせいで、またログのような善良な人が虐げられるのはもっと嫌だった。

 薫は再び手をかざし、治療を始める。


「完全には治しません。傷口を塞ぐだけです」


 折れた骨はきっとそのままになるだろう。

 少なくとも冒険者はこれ以降、ろくなものが食べられないだろうし、まともな会話は望めない。

 小太りはパンさえちぎることはできないはずだ。


 治療が終わった後、ラオフェンは冒険者の頬を乱暴に叩いて起こす。


「ひぃっ!」


 気付いた冒険者が叫ぶよりも先――ラオフェンは恐ろしく冷めた表情で、


「それを片付けて消えろ」


 と言い、睨んだ。


 冒険者が気絶したままの小太りを抱えて逃げ去ってゆくと、薫は腰が抜けたようにストンとその場にヘタレ込んだ。


「怖かったぁ……」


 喧嘩とは無縁の日常にいた薫。

 魔物を殴り殺す光景よりも、人を殴り倒す光景のほうが身近な分、恐ろしく思えた。


「すみません、軽蔑しましたか?」


 寂しそうな笑みを浮かべるラオフェン。

 薫は力一杯首を振った。


「ありがとう、ラオフェン」


 感謝の言葉も忘れない。

「よかったです」と、ラオフェンは安堵する。


「驚いた……銀2級を一撃だなんて……」


 薫が振り返ると、ログも腰を抜かしていた。

 ラオフェンの戦闘力に驚いたようだった。


「復讐に来るでしょうか?」


 心配そうにそう呟くラオフェンに、ログは「流石にないでしょう」と答える。


「結局、強い冒険者や身分の高い貴族とのコネクションを持ってる奴が偉いんです。少なくとも奴は、貴方の影に怯えてここには近づかないと思います」


 それを聞いて薫とラオフェンは安堵した。

 ようやく立ち上がった店主は再び頭を下げる。


「二度も救われてしまいました。この恩は俺の人生を賭けてもきっと返しきれないでしょう……」


 頭を上げ、二人に真剣な表情を向ける。


「俺に何かできることはありませんか?」


 それを聞いたラオフェンは「ちょうどよかった」と言わんばかりに上を指した。


「ではしばらくの間泊めていただけませんか?」


 身寄りのない二人にとって、寝床がないのは死活問題である――特に、美しい少女を路地裏に寝かせるわけにはいかないと、ラオフェンは常々考えていたのだった。


 ちなみに宿屋も孤児や難民は毛嫌いする。

 だから最初から頼る気はなかったようだ。


「そんなことか」とログは笑った。


「いくらでも使ってください。ちょっと荷物を整理すれば、二つ空室が用意できます」


「よかったです。宿が見つかるまでの間ですが、お世話になります」


 ラオフェンが住まいを求めたのにはもう一つ理由があった――それは、報復を危惧したからである。


 少なくとも本人達からの報復は無いだろう。

 しかし、彼らが所属する組織は別だ。

 特に銀1級を使えないものにされたギルドから、何らかの報復が予想できた。

 ラオフェンが住み込めば(戦闘能力の情報が入っていれば)その心配も減るというものだ。


「なら私は――」


 と、今度は薫が口を開く。


「是非敬語をやめてください」

「はい?」


 意味がわからんといった様子のログ。


「最初のような口調がいいです。これから一緒に暮らすのなら余計に、対等にお話しできた方がきっと楽だと思いますから」


 ログは困ったように頭を掻いた。


「それを言うなら二人も畏まってるだろ?」


 すでに敬語を止める柔軟さに、薫は思わずほくそ笑んだ。


「私のは癖なので」


 続いて、ラオフェンはしばらく考えたのち、


「俺のも癖です」  


 と答えたのだった。

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