第11話 装備
装備屋はすぐに見つかった。
商店街から一本外れた道に、様々な種類の装備品を売る店が立ち並んでいる。
剣や盾、鎧から指輪、魔本まで――冒険者に必要そうな物がおおよそなんでも揃いそうだ。
「あーだめだめ、帰ってくれ」
と、二人はまた門前払いを食らう。
「やはりこんな身なりじゃお金を持ってるとは思いませんよね……」
寂しそうにそう呟く薫。
「それもありますが、仮にお金を見せたとしても〝盗んだ物〟だと思われるでしょう。そんな輩に売れば、後になって面倒に巻き込まれるかもしれませんし」
ラオフェンの危惧は尤もだった。
元々身分の低い者でも成れるのが冒険者の利点であるが、みすぼらしい子供二人がこなせる仕事でもない。
最初から関わらないほうがいいと、門前払いをするのは至極当たり前の思考である。
「戻ってマスターさん達に紹介してもらうべきでしょうか?」
「……今後もずっと利用するのなら、俺達を身なりや身分で差別せず、客として対応してくる店主の店が望ましいのですが……」
しばらく沈黙した薫が「ありますかね?」と尋ねると、ラオフェンは苦笑し「無さそうですね」と答えた。
「おーい、そこの二人!」
どこからか声がする。
薫は期待せずそちらへと視線を向けた。
(流石に私達に言ってるわけじゃ……)
「そうそう、そこのチビちゃん達!」
驚くことに、男は薫達に手招きしていた。
ラオフェンの考察でいえば、店に入ってすらない孤児二人を客引きするほうが不自然だ。
警戒する二人に男が続けた。
「何件もまわって断られてたろう? 安くするからうちに来ないか?」
齢は30〜40くらいだろうか。
杖をついており、足が悪いようだ。
薫には黒いモヤとなってそれが見えている。
(ギルドでもそうだったけど、治療は色々終わってからにしよう)
薫は路地裏の時のように、すぐさま治療するということはしなかった。
それで利益を被ろうとしているわけではない――むしろ逆である。
「恩に切ります」
そう言って歩き出す薫。
ラオフェンもそれに続いた。
男はレンガ調のどっしりとした建物に入ってゆく。
十字路の角に位置するその店は、小さいながらも品揃えが良く、武器から防具から種類の幅も広い。
店主は奥の椅子に「よっこいせ」と腰掛けて、店内を見渡す二人に笑いかけた。
「値段は下に書いてあるよ。駆け出し冒険者ならそっちの一式がおすすめだ」
店主は杖で商品を差した。
木製のマネキンのようなモノに着せられていたのは、朽葉色のフード付き外套に、仕立てのいい旅装束、膝までを覆う革製ブーツと、同じ素材のグローブだった。
腰にはナイフと革のケースが付けられている。
隣には外套がローブに変えられ、武器が小型の杖になった装備が並んでいる。
「これ素敵……」
薫は見惚れるようにそれを眺めた。
まるで中世ファンタジーの旅人そのものではないか。
可愛いデザインとは言えないが、実用的で無駄がない。
値段を見たラオフェンが目を見開いた。
「銀貨15枚? どうしてこんなに……」
「安いのかって? 言っただろう、安くするって」
それはあまりにも安すぎる価格だった。
本来、この手の装備はナイフだけでもそれくらいはしてしまう。一式となれば、銀貨30枚から必要になってくるだろう。
性能によっては更に上がる。
二人で最低限身を隠せる装備を揃え、剥ぎ取り用のナイフを買ってしばらく依頼をこなす予定だった――しかし、ラオフェンの見立てでは、門前払いを食らったどの店よりもここの装備は品質が良く、破格の値段だった。
「怪我しちまってよ、もう思うように作れないんだ。万が一治っても、店が潰れちゃ意味がねえからな……」
と、複雑そうな顔で店主が呟いた。
怪我のためなくなく値下げしているということらしい。
「店主さん」
いつの間にか店主の前に薫が立っていた。
ズズと椅子を引いて驚く店主。
「な、なんだ……? これ以上安くは……」
「その足と腕、治しますね」
それだけ言い、薫は治癒を使った。
路地裏の時のように問いかけなかったのは、店主の顔には明らかに〝未練〟の色が見えたから。
店主は黄金の光に包まれると――。
「治ってる……?」
右手をグーパーさせ、立ち上がった。
腕と足の痛みが嘘のように無くなっている。
「き、奇跡だ! すごい、本当にすごい!!」
ありがとうと何度も頭を下げる店主。
(うまく治ってよかった)
薫は嬉しそうにホッと胸を撫で下ろす。
店主の黒いモヤは全て消えていた。
「この店のもの全部持っていってくれても構いません! あなたは恩人です、本当にありがとうございます!」
涙声で言う店主に薫は困り顔で答える。
「ごめんなさい……私、店主さんの痛めている場所のこと、最初から見えてたんです」
二人の様子をラオフェンは黙って見つめていた。
店主は「どういう意味です?」と顔を上げる。
「初めから治してしまうと、今のように〝お金はいらない〟と言われてしまうと思いました……でも店内の価格が〝怪我により仕方なく下げたもの〟だと聞いたので、購入してから治すのも良くないなと思ってしまったんです……」
薫はそのことで悩んだのだ。
どちらに転んでも適正な価格ではなくなってしまうため、ならば先に治療をして、理由を説明しようと考えていたのだった。
あまりの素直さにポカンとする店主。
ラオフェンはくすくすと微笑んだ。
「本当に無欲ですね……だからギルドの皆さんにも、登録が終わるまで何もしないつもりなんですね」
「あ……解ってました?」
「あの二人はうまく隠していましたが、なんとなく。ブロンガスさんの歩き方を見て確信しました」
怪我や病気を見通せる薫には、戦争で傷付いたギルドマスター達の怪我も見えていた。
しかし登録の際――たとえば特例で、最初から高い階級にされてしまうと、銅級から上がってきた他の人達に申し訳ない。
これ以上の不和を、あのギルドに持ち込みたくはない。
普通に登録して、普通に稼ぎを得たい――そう思い、保留としたのだった。
断腸の思いで薫はそれを黙っていた。
「だから適正な価格で装備を買わせてください。じゃないと私、困ってしまいます……」
そう頭を下げる薫。
店主は呆気に取られた後、豪快に笑った。
「なんで貴女が頭を下げるんです! 治療して謝る聖女様がどこにいるってんだ!」
その言葉に慌てる薫。
「聖女じゃないですよ! 聖女様は王宮にいますから!」
「パレードで一度見たっきり、国の大事にしか出てこない聖女様より、謙虚で優しい貴女の方がよほど聖女ですよ」
そう言いながら、店主は再び頭を下げた。
「漢ログ。この御恩は一生忘れません。どうか今後も私の店で装備をお求めください。誠心誠意、命をかけて作らせていただきます」
しばらく困っていた薫だったが、装備屋ログの真っ直ぐな言葉を受け、素直に喜んだ――ラオフェンはそんな薫を誇らしそうな顔で見つめていた。
「邪魔するぞー」
そう言って乱暴に開け放たれる扉。
薫が振り返ると、そこには二人の男がいた。
一人は小太りで顔に笑みを湛えた男。
もう一人は屈強そうな戦士然とした男だ。
「まだしぶとく商売してやがんのかぁ?」
そう続ける小太りは、薫とラオフェンに気付いて更に口角を吊り上げた。
「ほっほっ。なーんだこんなゴミに媚び売るほど落ちぶれてたのか。孤児を叩いても出るのは埃だけだぞ」
そう言って小太りは声高らかに笑った。
隣の男も「くくく」と笑う。
「俺はいい。だがこの方々を侮辱するな」
怒気を帯びた声で立ち上がるログ。
小太りは一瞬怯み、どっしりと立つログの姿を「信じられない」といった表情で見つめた。
「お前なぜ立てる……おい! 再起不能にしたんじゃなかったのか!」
小太りが隣の男に喚き散らすと、隣の男も驚いたように「間違いなくそうしたはず」などと言っている。
ミシッ――。
ラオフェンの所から凄まじい音が鳴った。
拳を強く握り、目は怒りに燃えていた。
そんな事には気付かない小太りが続ける。
「まぁいいさ。今度こそ営業できないようにやってくれ。この店があると、うちの店が儲からんもんでな……」
小太りの言葉を合図に隣の男が前に出た。
(怖い――)
薫はその圧にやられ一歩後ずさる。
薫はラオフェンのように人の強さが測れるわけではないため、敵意を持って向かってくるこの男が怖くてたまらなかった。
目の前に誰かが立ち塞がった――ログだ。
「逃げてください……奴は〝鳥〟ギルドの銀2級冒険者だ。敵うはずがねぇ」
振り返ったログは優しくそう笑いかけると、店の裏口を指差した。
「貴女の恩は忘れません。だけどどうか今は逃げてください。お連れさんと一緒に」
そう言って振り返るログの目に、あり得ない光景が映った。
床に顔をめり込ませ、気を失う冒険者。
顔がひしゃげ、口から血を吐き、体はピクリとも動かない。
腰を抜かす小太りがワナワナと震えている。
「な、な、な……!」
その横で佇む少年。
拳には血が滴り落ちていた。
「この人はこれで廃業かもしれませんね」
そう言いながら、ラオフェンは小太りに笑いかけた。




