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爆弾じゃなくて花火です  作者: 恵永沙紀(サキエナガ)


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8/21

08.ハッキングだったんでしょうか

 人声が入り乱れる休憩室の片隅で、円香は箸に挟んだミニトマトをぽとりと落とした。


「え、それで過去の取引先データ渡しちゃったんですか?」


 正面に座る奏多はバツが悪そうにはにかんだ。

 円香はおそるおそる、隣の昇を見上げる。佐伯煙火店の関係者が疑われているようで気が気ではなかった。


「構わないんじゃないかな。うちに帳簿が残ってたら、里中さんの手を煩わせずに俺から提供してたと思う」

「そうそう。上も『警察に協力しないほうが怪しい』って、早く渡せって態度だった」


 刑事との〝圧迫面接〟が終わり、奏多はのんびりとそう言った。


 円香はもう一度ミニトマトを摘まみ上げて口の中に放り込む。一人だけ納得がいっていない。なんとも言えない不安が体内に滞留しているのだ。


 奏多は緩い笑みを作ると、言って聞かせた。


「それにな、山岸さん」

「は、はい」

「取引先に事情聴取をしているあいだは、こっちに干渉してこないって。

 そうしたら、警察に煩わされずに作業を進められるだろう? 今は踏ん張り時なんだから」


 一拍置いてから、円香は一理あると思った。なるほど、警察避けでもあったのか。

 だけど奏多の言葉は、優しいはずなのに、なかなか脳にも心にも浸透してくれない。


 笑顔を作ろうとしても、表情筋がひきつってしまう。

 そんな円香の姿に、昇と奏多は不思議そうに顔を見合わせた。


「円香さんは、何がそんなに気になるの?」


 昇に問われると、円香は眼鏡の下、昇と奏多に交互に視線を送った。

 ミニトマトを嚥下すると、箸を置いて、膝の上で軽く拳を握る。


「私のパソコン」

「あぁ。警察に押収された……それで?」


 昇が先を促すと、円香は居心地悪そうに奏多を見つめた。


「なんだ、どうした? 別に備品のパソコン一台くらい、壊れても山岸さんが気にすることじゃないよ?」

「そうじゃないです」


 奏多にはまだ言っていないことがある。


「私のパソコン、爆発の直前に制御不能になったんです」


 途端、奏多の顔が強張った。


「……え?」


「真っ暗になりました。たぶん……」


「まさか、ハッキングされてたのか!?」


「わかりません!」


 勢いのある奏多の声に、円香は反射的に答えた。肩がきゅっと縮こまってしまう。


「あの日は、パソコンと点火装置は繋いでませんでした。当たり前です。そんなの、会場以外で繋いだりしません。

 里中先輩から教えていただきましたし、親方からも、職人さんたちからも、口を酸っぱくして聞かされました」


 前傾姿勢になった奏多は、ホッとしたように座り直した。


「それでも、パソコンは弄られてた、か」


 手で口元を押さえながら独り言ちると、奏多の顔がますます険しくなった。


「まずいな……」

「へ?」


 あまりにも深刻な様子に、呆けた声が漏れる。


「ハッキングされてたとしたら、点火装置に繋いでなかったと主張しても、警察も納得してくれない場合もあるんじゃないか?」


 奏多は手の下で皮肉な笑みを浮かべている。


「それに、うちの会社のセキュリティ問題にもなる」


「あ……」


 事の重大さに気づき、円香の顔から血の気が引いていく。指先も冷たく強張ってしまう。ふるふると唇が震え始めた。


「ど、ど、どうしましょう。私、報告してないです。爆発でいっぱいいっぱいだったし、押収されちゃったから、ハッキングの可能性、報告してない。

 ……始末書ですか、懲戒ですか、え、まさか、クビ!?」


 頭を抱え、一人でもんどりうち始めた円香に、昇と奏多は揃ってプッと吹き出す。


「笑わないでください! 私、どうしたらいいんですか!?」

「ていうか、気にするのそこ?」


 昇が肩を震わせる。


「ですよねぇ」


 奏多も俯いて笑いを堪えている。


「私にとっては大問題ですよ! 不始末を起こしたなんて、次の就職先どうしたらいいんですかぁ」


「いやいや、山岸さんの問題じゃないから。そんな心配しなくていいって。

 それより気になるのは……」


 奏多がちょいちょいと手を振って前屈みになると、二人も釣られて頭を寄せた。


「もしそれが爆発に関わっているなら、事件性ありってことだよな?」


 円香はバッと昇のほうに顔を向ける。


「もしかして、私がハッキングとか言っちゃったから、警察はあんなに執拗に捜査を?」


 数秒おいてから、奏多は首を縦に振った。

 円香は両手で額を覆うように掴んだ。

 疑いが向くように仕向けたのは、自分だったのか。突発的に勢い任せになってしまう自分が恨めしい。


「実際にサイバー攻撃なんてのは、しょっちゅう受けてるからな」


 真剣な声音に、円香もぐっと顎を引く。


「だけど固有のパソコンが狙われて、しかも意図的に操作したとなると、かなり優秀なハッカーだと思う」


 意図的、優秀なハッカー。断片的なワードが、円香の頭蓋の表面をカリカリと引っ掻く。何か思い当たることはないだろうか。


「……誰がなんのために?」


 円香が呟くように問うと、奏多は渋い表情で頭を振った。


「わからない。佐伯煙火店にそんなに恨みを持って、そこまでのスキルを持つ人なんて……」


「あの。もしハッカーがいたとして、その人に依頼をしたとかは……」


 昇が弱々しく呈した疑問に、

「ありえます」

 と、エンジニアの二人は同時に答えた。


 だが円香は、

「けど可能性は低いと思います」

 と続ける。


「有能なハッカーなんて、どこで、いくらで雇えばいいのか、普通わかります?

 ハッカーって悪い人だけじゃないんです。セキュリティを専門に扱う、悪用対策をする人もいるんです。けど、そんな人が犯罪の片棒を担ぐとは……」


「山岸さんの意見も頷ける」


 昇はやるせなさそうに、二人から顔を逸らした。


「そうですよね。それに、うちの工場を爆発したところで、いったい何になるんだか」


 目を細め、休憩室で談笑する職人たちを順番に見つめていく。


「花火師たちは、ほとんどが高齢者。技術はたしかなので、うちがなくなっても、人によっては再就職口を見つけられるでしょうけど……」


 蛍光灯の白い光の下なのに、昇の顔は暗い影を落とした。


「一番大変なのは俺だな。親方といっても、みんなが支えてくれてるから、この椅子にふんぞり返っているようなもんで、たった三年の若造」


「そんな!」


 あまりに自虐的な昇に、円香は声を上げた。


「親方はちゃんと親方です! いつもみんなを引っ張ってくれて、元気を分けてくれます。

 皆さん言ってましたよ。最初はどうなるかと思ったけど、親父さんに似てカリスマ性があるって。爆発の時も、いの一番に動いてくれたおかげで、私も皆さんもピンピンしてるんです!」


 円香は胸の前で両拳を握って励ました。


「なあ、山岸さん」

「はい!」

「最初はどうなるか……って、それ本人に聞かせる話じゃないぞ」

「はっ!」


 円香はパッと両手を開いて、慌てて左右に振り始めた。


「そんなつもりじゃないんです。えっと、本当に、皆さん、代替わりしても安心できるって。そういう意味です!」


 顔を上気させて慌てる円香に、昇は自嘲を込めた笑みを崩すと、頭をガシガシと掻きむしった。


「いいんだよ。最初はそりゃあ何にもわからない小僧だったからな。

 それは里中さんも知ってることだし」


 奏多は水を向けられ、「お互いにね」と苦笑交じりに返した。


「だけど、花火大会が終わったら、俺もまたサラリーマンに逆戻りだ。ブランクが怖いよ」

「え……」

「円香さんは、本社に戻るのかな」


 佐伯煙火店への出向は三年を予定していた。一時的にここを使っているけれど、その先はどうなるのか。あの焼け跡で復興なんて容易くできるわけない。


 暗い不安が這いあがってきそうだ。 


「そうなるかもしれません。でも、今は突き進むのみですよ」


 振り払いたくて、エイヤッと宙にパンチを繰り出した。


 それからというもの、奏多の言った通りしばらく警察が訪ねてくることはなくなった。


 ただし、「ハッキングの報告漏れは、しばらく俺のほうで預かる」と言われ、円香は罪悪感に苛まれながらも渋々と従った。


 これ以上、何も起こってほしくない。

 作業自体は円滑に進み、あとは乾燥の工程を繰り返すのみ。


 花火大会まで、あと二週間――

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