07.奏多が事情聴取されちゃいます
奏多は工場内の会議室に刑事を案内した。四畳ほどのスペースに長机を二つ置いただけの簡素な小部屋だ。窓がなく工場内の音が壁伝いに反響する。
「それで、話とは?」
奏多は机に肘をつくと、手を重ねて顎を乗せた。
刑事は名刺を出し、八重樫敬一と名乗った。
「八重樫警部補さん、と。言っておきますけど、爆発があった日は本社にいたので、特に役に立つお話ができるとは思いませんよ?」
八重樫は、いやいや、とわざと砕けたような雰囲気で小さく首を振った。
「周辺情報を洗い出してるだけです」
「そもそも事故じゃないんですか? 何か引っかかることでも?」
「話を聞きたいのは、我々のほうなんですけどね」
「ですから何を? 繰り返しますけど、俺は現場に居合わせなかったので――」
八重樫は片手を小さく上げて奏多を制した。
「里中奏多さん。お仕事の内容は……」
名刺を手に取り、読み上げる。
「〝技術営業〟っていうのは、普通の営業と何が違うんです?」
奏多はパイプ椅子にもたれ掛かって腕を組んだ。ギシリという安っぽい音が軋む。二人を裂くような音だ。
「営業というと、一般的に仕事や案件を取ってくる、セールスで製品やサービスを販売して売上を立てるものだと思ってませんか?」
「違うんです?」
「技術営業は違います。俺は元々技術職、山岸さんと同じエンジニア。
商談の時に、専門知識を持った人間でないと対応できないこともある。営業とペアになってクライアントと打ち合わせをすることもあるんです」
八重樫は手に持ったボールペンの柄で、コツコツと手帳を叩いた。
「まあ、いいでしょう。佐伯煙火店とはどういった取引の担当を?」
納得しているのか怪しい生返事で話を先に進めようとする。
「今回は爆発が起きてからのヘルプです。昨年までは山岸さんのように現場に行って、花火のエンジニアをしてました」
「ほう」
八重樫の瞳孔がわずかに広がり、体の輪郭が肥大化する。狭い室内での圧迫感。
奏多は怪訝に眉を顰め、背もたれからゆっくりと身を起こした。
「となると、当然、佐伯煙火店の取引先もご存じですよね」
「ある程度は。ですが、それこそ調べてるんじゃないですか? 帳簿なりなんなり……あ……」
燃えてしまっている。それに思い至った奏多は、肺に溜まった空気を吐き出すと、
「何が知りたいんです?」
と、態度を和らげた。
八重樫のほうも幾分か高圧的な態度を軟化させる。
「爆発が起きたのが、本当に事故か故意なのか、決定打が欲しいんです。
そうでないと、捜査を終わらせられない」
「事故だと判定してもらえれば、佐伯さんも助かるだろうに。
なんで警察は故意だって考えるのかがわかりません。火事って結構ひょんなことで起きるんですよね?」
「えぇ。例えば家電の劣化による火災というのはよくある話です。
でも、誰に聞いても、花火を保管する工室には火元になるような器具は置いてないっていう話なんです」
奏多は出向していた昨年までの記憶を手繰り始める。手が自ずと口元に伸びた。
「そうですね。たしかに周囲には何もない。火薬の保管場所だって、そういった点では危険を避けるような配置です」
「だから不思議なんです。花火が自然発火しますか?」
ボールペンの柄を奏多に向ける。インタビューのマイクのようだ。
「……しないでしょうね」
ごくりと生唾を飲み込む。
「けど例えば……たしか生石灰と水を混ぜると、なんらかのきっかけで発火する、みたいな実験を見たことはある気がします」
八重樫は我が意を得たりという顔をした。
「つまり、故意」
「いや、今のは言葉のあやですよ」
奏多は早口になって否定する。
「まあいいです」
八重樫は畳み掛けるように片肘をつき、前のめりになった。
「三年分のデータがあるなら、ご提供いただけませんか? その間にトラブルがなかったかどうかもおうかがいしたいんですけど」
奏多は唇を引き結んで視線を逸らした。
「どうしたんです? 提供できない理由でも?」
「いや、さすがに機密情報なので、私の一存では。それにトラブルなんかもなかったと思いますよ」
「私が調べたところによりますとね」
奏多の拒否を聞かなかったことにして、八重樫は続けた。
「ここ数年で、いくつか業者が変わったらしいですね。取引停止になったり、廃業した仕入れ先もあったとか」
「それは――」
奏多は思わず声を荒らげた。
「佐伯さんが原因ではないですよ」
「というと?」
「物価のせいです」
「物価」
「はい。花火は主に何でできてるか考えれば単純なことです。
花火玉を覆う紙の価格が高騰していたり。それに……」
「火薬か」
今度は八重樫が背もたれにもたれ掛かり、天井を仰いだ。
「たしかに戦争や紛争で火薬も品薄、高騰していることは問題になっている。
銃やら何やらの密売も忙しないって話だが……」
そこまで言うと、八重樫は一度言葉を切った。
「そうか。こういう町工場にも影響が出てるのか」
「むしろ一般市民としては、長く続いた花火大会の費用が足りずに中止になったり、手持ち花火が高くなって思い出が作れないとか、そっちのほうが身近だと思います」
八重樫は遠くを見つめながら、小刻みに二、三度頷き、視線を奏多に戻した。
「理屈はわかった。けど、実際に取引停止になったことを恨んでる奴はいないのか?」
「あのですね、取引先の関係者一人ひとりの心中まではわかりませんよ」
「なら、取引先リストを提供していただけませんかね?」
奏多は唸るように喉を鳴らし、しばらく悩んだ。
扉の向こうから、血気あふれる声や音が伝わってくる。
八重樫の視線は奏多に据えられたまま、微動だにしない。膠着し、張りつめた空気。
折れたのは奏多だった。
脱力したように息を吐くと、「上に掛け合ってみます」と短く言って、会社支給の携帯を取り出した。




