06.警察が来てしまいました
乾燥室として宛がわれた個室に入ると、肌に熱気がまとわりついた。
しかし夏の屋外とは違い、カラリとした暑さだ。
奏多は室内の温度・湿度調整パネルを確認し、物知り顔で頷いた。
「低湿でわずかに暑め。徹底してるみたいですね」
陳列された棚には、花火を乗せた木枠を等間隔に並べてある。取り違えなどのトラブルがないよう、色や大きさによって仕分けもされていた。
昇は棚に近付きながら、頬を綻ばせる。室内灯の白い明かりの下、頬が上気しているのは、誇らしさというより視察への緊張のようでもあった。
「いやぁ、楽しみだ」
奏多が呑気に期待を膨らませていると、壁掛けの内線電話が鳴る。
「あれ。誰だろう」
受話器を取った円香は、口を真一文字に引き結んでから返答した。
「わかりました。じゃあ……え、こっちに来る? 勝手ですね、ほんとに」
すぐに通話は終わった。背中を丸めてため息をつく円香に、昇も奏多も何事かと視線を送る。
「警察の人が来てるみたいです。話を聞きたいそうです」
言うや否や、乾燥室の扉が無作法に開かれた。
「おう、嬢ちゃん」と片手を上げて入ってきたのは、佐伯煙火店の跡地で顔を合わせた刑事だった。
「山岸円香って名前があります。こんなところまで、何の用ですか? 忙しいんですけど」
刑事はくたびれたスーツから手帳を取り出しつつ、現場に訪問した時のことを尋ねてきた。円香を隠すように、昇が一歩前に出る。
「これといって何もなかったですよ。あれだけボロボロじゃあ何もわかりません」
刑事は鷹揚に首を縦に振った。素人が調べたところで成果なんかないとたかを括っているようだ。
昇のこめかみ辺りがピクリと跳ねる。
「それより警察でわかったことは? 円香さんのパソコンの復旧もそうですし、爆発の原因はわからないんですか?」
責め立てるような昇の語気を、刑事はひらひらと手を振ってやり過ごす。
「こっちも同じだ。原因がまるでわからない。だからこうして話を聞きに来てるんだ」
「もう何回も話してます」
昇はさらに強く出る。
「うちの職人たちだって、火薬の危なさは十分理解してますよ。不審者がいたら気づくはずです」
警察の筋書きは、何者かが花火に点火して爆発を起こしたというもの。
だが、不審者がいたら誰かしら気づくだろうし、あの時間はシミュレーションのために一同は作業場に集まっていた。
火種は煙草の消し忘れでもなんでもありだと言われた。
だが喫煙所は離れているし、外からのポイ捨てだとしても、高いブロック塀に囲まれた佐伯煙火店に火種を投げ込むなんて不可能だ。
「けど、あの時間、全員が集まっていたってことは、誰かが潜り込んでも、気づかれることはなかったわけだ?」
刑事にそう突き返されるのも何回目のことか。円香と昇はうんざりとした様子で顔を見合わせた。
花火に直接火をつけたなら、爆心近くにいた犯人が一番怪我をするはず。
昇の指示で職人たちも円香も早々に避難でき、不幸中の幸いで軽傷者ばかりで済んだのだ。そんな透明人間みたいな人、あり得ない。
円香と昇が話し合った結果、外部犯の放火はないだろうとまとまった。不運な事故。
刑事にだってその仮説は伝えているのに、しつこいことこの上ない。
鬱屈とした沈黙が漂う。
「そんなことより――」
空気を破ったのは奏多だった。
「うちの会社だって、このプロジェクトに出資してるんです。佐伯さんのところの施設は壊滅的、臨時で場所を押さえて、資材の手配。
そもそも怪我人だって出てる。我々は被害を被ってるんですよ。その損害をどう補償してくれるんですか」
「それは犯人に言ってくれ」
「だったら早く捕まえてください」
「……ところでお宅は?」
奏多は名刺を渡し、円香の前任者で先輩だと簡単に伝えた。
「今だって、花火大会に向けて、全員必死で動いてるんです。警察の相手をしてる暇なんてありませんよ」
刑事は考えるように目元をすがめると、また一人で勝手に納得したように首を縦に振る。
「里中さんは、今回のプロジェクトには関わっていない、と」
「サポートはしてます。せざるを得ませんでした」
円香はひゅっと首を竦めて背中を丸めた。自分が悪いわけではないが、奏多のおかげで資材が揃ったのは事実。
「だけど、佐伯煙火店の顔ぶれや出入りの業者のことはよくご存知で?」
「何が言いたいんです?」
「少し、お話をうかがえますかね?」




