05.新しい工場が稼働します
焼け跡を視察した翌日からは続々と新工場へと資材が運びこまれた。
昇と顔見知りの業者もいたようで、互いに「ご無沙汰してます」「災難でしたね」「助かります」と忙しなく挨拶を交わしていた。
今日から職人たちも出社。
老舗の佐伯煙火店とは異なり、設備の整った工場に誰もが目を丸くし声を上げた。
「ありがとうな、円香ちゃん」「ここまでやってくれたなら、ひと肌脱がなきゃな」なんて労いも押し寄せる。
だけど次の瞬間には作務衣の袖を捲ってやる気満々だ。
何もなかった工場が、一気に男臭く騒がしくなった。
まだ三週間はある。
壁に新しく貼ったカレンダーをぐっと見据え、円香は改めて覚悟を決めた。絶対に、夜空に大輪の花を咲かせるのだと。
昇と、ベテラン職人の数人は、ひとつのテーブルに顔を突き合わせて、資材や工程について再確認していた。
ベテランの指示に従い、野太い返事と共にみんな一斉に動き出す。
なんとも活気あふれる光景に、円香は全身が喜びに震えるのを感じた。
「絶対に、うまくいく」
奏多も駆けつけてくれた。手配した手前、顔を出すのが礼儀だと思ったそうだ。
「里中先輩、本当にありがとうございました。おかげさまで、花火大会まで走れそうです!」
「いいんだよ。花火大会にはうちも出資してるし、盛大に盛り上がってもらわないと」
深々と頭を下げる円香に、奏多は笑顔で請け合い、両手いっぱいの紙袋を円香に差し出した。
「わぁ。差し入れですか」
早速、中身を確認した円香の手が止まった。
塩タブレット。
塩分ラムネ。
塩飴。
「……全部、熱中症対策」
奏多からの差し入れなら、おしゃれなクッキーかと期待したのに、肩透かしをくらってしまう。
「相変わらずわかりやすいな、山岸さんの反応は。
大事な職人さんたちに無理させるわけにはいかないだろ」
「それもそうですね」
両腕に紙袋を掲げて、「差し入れでーす!」と声を張ると、数倍も威勢のいい反応が返ってきた。
休憩エリアに置いてから、円香は新たに支給されたノートパソコンを開く。
佐伯煙火店では、その日の工程に合わせて空いている場所を確保するしかなかった。だが、新しい工場は十分な広さもあったので、全体が見渡せる入り口付近にデスクを設置することにした。
職人たちの熟練した動きが見渡せる。じぃっと眺めていると自然と口角が上がってくる。
期待に応えないと。そう気合を入れて、キーボードをたたき始めた。
花火を乾燥させるのは、大きさにもよるが時間がかかる。
それでも、乾燥室を使えば間に合うと見込んで演出は変えないことにした。演出用のプログラムはすぐに書き直せる。
どうして爆発が起きたのか、喉に小骨が詰まった感じが残ってはいるが、今は気にしても仕方ない。前に進むのみだ。
奏多もプロジェクトに参加してくれることになった。
「俺ができることなんて、進捗を本部に報告するくらいだけどな」
くいっと顎をしゃくると、円香は慌ててパソコンの向きを変え、画面を奏多に見せた。
「演出に関しては、当初の予定通りでいけそうです」
デスクに手をつき、奏多はぐいっと円香のほうに顔を寄せる。
「どれどれ……ほう、いいじゃないか。この小玉がウェーブで打ち上がった後に大玉三連発ってのが派手でいいな。
それより肝心の花火のほうは間に合うのか? そっちのほうが時間との勝負だろ」
上体を起こして、奏多は現場をぐるりと見回す。
職人一人ひとりが、全身全霊を込めて要領よく自分の作業をこなしていた。
円香は「順調です」と答えつつ、首を伸ばしてある人物を探した。
工場の中央通路を歩いて作業台を回る、日に焼けた顔。円香が椅子から立ち上がって手を振ると、「自分で呼びに行きなさい」と奏多にお小言を食らってしまった。
首をひょいと竦めるように頷くと、目的の人物のほうにパタパタと駆けていく。
「色々とご支援ありがとうございます。なかなか挨拶できなくて悪いな……」
親方が丁重に頭を下げると、奏多は胸の前で小さく両手を振った。
「こういう時は、持ちつ持たれつ……いや、一蓮托生ってやつだ。
なにせ、昨年までお世話になってた佐伯煙火店さんでのトラブルだから、気が気じゃなくて。ニュースを見たときは驚いたよ」
「あぁ。怪我人が少なかったのだけが救いだな。みんな、現役とはいえ高齢な人が多いから、逃げ遅れが出なかったのはほっとしたよ」
気心知れたような雰囲気に、円香はパンと小さく掌を合わせた。
「そうか。お二人は昨年の花火大会で顔を合わせてるんですね」
「そう。三年行ってた。ちょうど若親方が戻ってきた頃だ」
若親方? 戻ってきた?
耳馴染みのない単語に、円香は首を傾げて二人の顔を交互に見やる。
「あぁ、山岸さんは知らなかったか。親方は元々、サラリーマンだったんだよ」
初めて聞く話に、「ほぉ~」と口を開け、目を見開いた。
「親父がそろそろ引退したいってことで。花火製造のことなんか知らなかったからさ。なかなか大変だったよ」
居心地の悪そうな笑みを浮かべて、昇は首筋を掻きながら視線を逸らした。なんだか親戚のおじちゃんに子ども時代を掘り返された少年みたいだ。
奏多は恐縮してしまう昇に気を遣ったのか、一つ咳払いをすると、
「今は立派な親方だもんな。豪勢な打ち上げ花火、期待してます」
とさらりと流し、握手を求めた。
それに応じて昇も「精いっぱい努めます」と返した。
円香は旧知の親睦タイムを満足げに眺めていたが、すぐさま花火の出来具合についての話となった。




