04.瓦礫の中が気になります
爆発は連鎖的に起こったため、発火の正確な場所はわからないということだ。円香は花火が火元になったのなら工室――花火を乾燥させる保管場所――ではないかと伝え、案内係に誘導してもらった。
工室跡は建物を支える鉄骨の柱と耐火材の壁だけが残り、黒く焼けただれていた。
「花火を置いてる所に火が点いたら、どうしようもないな」
寂寥感の滲んだ昇の自嘲に、円香はハッとして頭を振る。
「でも、この辺りに何か不審なものがないかどうか、とりあえず調べてみましょう」
そうは言っても、崩れかけた物ばかりで足元も覚束ない。デスクワークが主な円香はへっぴり腰になってしまう。それに比べて重労働の親方はうまくバランスを取っている。
壁に使われている耐火材は爆発で散っている部分も多いが、それでも生々しい焼けた痕跡と共に、かなりの部分は元の形を留めていた。
円香はその頑丈さに感心すると同時に、もし耐火材がなければ周囲に燃え広がり、煙火店の外にも飛び火していたのではないか、と鳥肌が立った。
「この中から、何を探せばいいんだ……」
早くも諦念を示す昇に、円香は「これからです」とエールを送る。
「酷い有り様ですけど、物自体はけっこうしっかり残ってます。耐火材に守られて本来なかったはずの物があるかもしれないじゃないですか」
「……というと?」
「そう言われるとわかりませんけど」
日焼けした昇は考え込むように腕を組み、眉間に深い皺を刻んだ。
「これだけ粉々なんだ。俺たちにだって、爆発前と後で何が違うかなんて判別つかないと思うぞ」
「もう、そうやってすぐ諦めないでください! 親方が堂々としてないと、職人さんたちも不安になっちゃいますよ」
円香に肘で小突かれ、昇は軽く鼻で笑った。晴れ晴れとしたものではないが、ここで親方が折れてしまったら、それこそ佐伯煙火店は終わってしまう。少しでも気を取り直してもらわないと。
「そうだな。やるだけやってみるか」
その声音は鈍色にくすんでいたが、二人で工室の跡地に乗り出した。
だが、瓦礫と燃えカスから立ち上がる悪臭に、円香はあのパニックの中で感じた硝煙の匂いと体を芯から震わせる爆発を思い出してしまう。目の前がくらくらとして、現実が離れてしまいそうな心地を覚えた。
手掛かり探しは早々に暗礁に乗り上げてしまった。
円香はハンドタオルで、昇は首に巻いたタオルで汗を拭きつつ、小休憩を取る。
「うーん。刑事さんに探すと言った手前、何かしら普段と違うものが見つかるといいんですけど」
「そうだな。けど、こういうのってやっぱり警察のほうが得意というか、専門なんじゃないか? ほら、犬を使って麻薬を探したり、瓦礫の下から人を見つけたり」
「麻薬はともかく、人の救助って警察でしたっけ?」
「救急隊?」
「……正直、違いがわかりません」
「俺も」
小さな間があり、二人は揃って吹き出した。
円香の心にぽつりと温かいものが灯る。
「良かった。親方が笑ってくれて」
円香の素直な言葉に、昇は面食らったように固まった。バツが悪そうに再度ゴシゴシとタオルで顔を拭う。
「悪いな、心配かけて」
顔を上げた親方のゆるりとした微笑みに、円香も喉の奥がキュッと詰まった。
「あ。いえいえ、こちらこそ余計なことを、偉そうに言ってしまって……」
早口に告げると、眼鏡のつるを押し上げた。
端正な親方がそういう顔をすると、ドキッとしてしまう。取り繕うように工室の瓦礫の山に視線を向けた。
ふいに違和感が走り抜ける。目を瞬くと、今度は四本の支柱に囲まれた瓦礫の中を、目を細めてつぶさに観察していく。〝何か〟がある気がしてならない。
砕けて燃えた木製の棚や枠組みは灰となり、残っているのは鉄や煉瓦、そして耐火材のみ……。
あっ、と小さく呟くと、円香は駆け出した。相変わらず足元は瓦礫に取られて覚束ないのだが。不思議そうな顔をして親方が後を追う。
柱の一本の前にしゃがみ込んだ円香は、親方に振り返った。
「ここ、変じゃないですか?」
親方は中腰で膝に手を当てながら覗き込むが、ピンときていないようだ。
「ここだけ、耐火材の残りが多くないですか?」
円香が続けて言うと、昇は他の三本の柱と交互に見比べた。
「たしかに。でも、それが? 爆風で集まっただけなんじゃ……」
「そう言われると、そうかも、としか返せませんが……」
ややあって、円香はせっせと耐火材をどかし始めた。昇も円香に任せて立ちっぱなしとはいかず、周囲を片づけ始める。
円香には一縷の望みがあった。もし爆発物のようなものを仕掛けられたとしたら、その残骸があるのではないか、と。
「何もないかぁ」
しかしそれは徒労に終わる。
粗方どけてしまうと、円香は頭を垂れた。
「そんなに引っ掛かった?」
円香は唇を尖らせ、うーんと唸りながら自分の引っ掛かりを検証する。
「いえ。単なる思い込みかもしれませんし」
「そうか。収穫がなかったのは残念だけど、何かあれば撤去作業してる人たちも教えてくれるさ」
撤去されてからでは遅い。
円香の中に焦燥感が顔を出すが、「そうですね」と答えるほかなかった。念のため、スマートフォンで写真だけは撮っておく。
奏多に連絡を入れてみると、既にいくつか仕入れ業者に当たりを付けて連絡まで取ってくれていた。さすが敏腕の頼れる先輩である。中には佐伯煙火店と過去に取引があったものの、疎遠になっていた業者も協力を申し出てくれた。




