03.失敗したかもしれない
円香と昇が「調査」と意気込んだはいいものの、実際に現場――佐伯煙火店――に戻れたのは、爆発発生から一週間後だった。
そのあいだも、円香は困難続き。
会社の持っている工場を押さえられたところまではよかった。しかも湿度・温度管理ができる設備付き。花火製造に重要な乾燥を制御できる。
本社オフィスの総務課で手続きをして、満足げに胸を膨らませたのも束の間。新たな工場の設備を整えている円香に、昇から「材料が揃わない」と連絡が入ったのだ。それもそのはず。夏の花火大会に向けた火薬や色材は出払っている。どの業者にも余剰などなかった。
それが、爆発事故から一週間後の午前のこと。
「うぅ……小娘ができるなんて大見得切るんじゃなかった……」
オフィスの休憩所で、円香は壁に埋もれそうなほど頭を擦りつけた。眼鏡はズレ、今にも萎んで飛んでいってしまいそうな悲壮感を漂わせている。
休憩所に入ってきた足音が、一瞬立ち止まり二の足を踏むも、
「どうしたんです、山岸さん?」
背後から優しく声を掛けた。
「あぁ~里中先輩ぃ……」
円香の前年まで佐伯煙火店に出向していた前任者・里中奏多。
職人の現場に馴染めない円香は何度も相談に乗ってもらっていた。
上背のある体躯を折って顔を覗き込む奏多に、円香は胸から込み上げる思いの丈をぶちまけた。
「なるほど。爆発が起きたのはニュースでも見たけど、そんなことになってたのか」
「はい。場所は確保できても、材料がないんじゃ作れません……」
ベンチに並んで腰かけ、円香は渡された紙コップのコーヒーを手で弄びながら鼻を鳴らした。
奏多は長い足を上品に組みながら、天井を仰いだ。
「連絡した業者ってわかる?」
「え、あぁ、はい。親方に聞けば」
「だったら俺にも後でリスト送って。欲しい資材も教えてくれると助かるな。
俺のほうで、他に発注できるところがないか調べておく」
一瞬、言葉の意味が取れなかった。
円香は眼鏡を押し上げて、まじまじと奏多の横顔を見つめた。
「はは。そんな小動物みたいな顔で見ないでよ」
奏多の後ろに、満開の花火が見える。
「ありがとうございます!」
勢い任せに立ち上がった円香の手からコーヒーが跳ねる。
「あつっ」
「すみません!」
「このくらい平気だって。でも、きっとまた勢いだけで突っ走ったんだろ。
総務課がバタバタしていたのもわかるよ」
うっと小さく唸ってしまう。
佐伯煙火店の焼け跡で刑事相手に啖呵を切った時と同じく、円香は総務課でも、「この施設が使えないと、プロジェクトが失敗になるんです! なんとかねじ込んでください!」と正面から切り込んだのだ。
その声は廊下にも響き、社員たちが部屋の中を覗きにくる始末。最終的に総務課長が「今、稼働してないなら山岸の責任で使わせてやる」と折れたのだった。
「……責任」
ポツリと呟いた円香の顔は、また霞のように白くなっていく。
「どうした?」
「もし失敗したら、こんな小娘にどうやったら責任なんて取れるんでしょう。社会人の責任ってなんですか? 減給、解雇……まさか損害賠償?」
どんどん一人の世界に入っていく円香を、奏多は「落ち着いて」と両肩をそっと押して、またベンチに座らせた。
「山岸さんって強気なのか臆病なのかわからないな」
そう言ってクスリと笑う奏多は余裕があり、円香も次第に落ち着きを取り戻した。
「スミマセン……」
「謝ることじゃないよ。心配になるのもわかる。けど、もう少し肩の力抜いていこう。な?」
諭されるように言われ、あいまいに苦笑した。
不安はある。だけど、なるようにしかならない。
「はい。ご協力、よろしくお願いします」
しゃんと背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
午後からは資材の手配を奏多に任せ、円香は昇と共に爆発後の佐伯煙火店へと向かった。
敷地は煤けた白と黒のがれきの山。クレーンが出動して撤去作業を行なっている。
本当に何もなくなってしまった。
溶けた鉛のような感覚が円香の全身を支配し、現場へのたった一歩が、重い。
親方が現場立ち入りの許可を取り付けて、ヘルメットを渡してくれた。
「円香さん、大丈夫?」
「あ。はい」
円香は努めて明るい笑顔を貼り付けた。親方のほうが、ずっとつらいはず。
結構危ないらしいから、足元に気をつけるように。そんな親方の注意が脳の表面を通過する。
ここに来てから円香の頭の中は、どうして爆発が起こったのか、そればかりだった。




