20.もう妨害はできません
「やっさん、親方を押さえて!」
「おい、お前ら!」
円香が叫ぶ。やっさんが体当たりする。
それをきっかけに、どやどやと職人たちがなだれ込んできた。
重労働で鍛え上げられた太い腕が、脚が、青年を羽交い絞めにし、腕や足にしがみつく。
まるで大人と子どもだ。
「ちょ、乱暴はダメです!」
目の前の猛々しい光景に度肝を抜かれた円香は、男衆の勢いに負けじと甲高い声を張り上げる。
「そうはいかねぇ。おい、昇くんよ。なんでこんなことした! なんで、おやっさんから受け継いだ、俺たちの居場所を、宝を木っ端みじんにした! そんなにこの仕事が嫌いだったか!」
血走ったやっさんの怒声に呼応して、職人たちも声高に昇を責め立て始めた。
昇は引き剥がそうと暴れるが、誰かが押し倒すと、その上にドミノ倒しのように覆いかぶさった。なんという乱闘騒ぎ。ラグビーの試合みたいだ。
「まって、まって、落ち着いて……」
どうしよう、どうしたらこの場を収められるだろう。
おろおろするばかりの自分の非力さが、恨めしい。
ふと、ペットボトルが再度足元に転がってきているのに気付いた。
円香はハッと閃いた。ペットボトルを拾い上げると、一歩踏み出しキャップを捻る。
視界の隅で、花火から距離があることを確認し、
ドバドバドバ――
ダンゴ虫のように丸まった男衆の真上から水を落とす。
「落ち着いてくださいって言ってるじゃないですか!!」
円香の猪突猛進モードに、昇もやっさんも、職人たちも唖然としてしまう。
「頭は冷えましたか!
やっさんたちは花火の移動に取りかかってください」
「り、了解」
やっさんは咳払いをすると、周りの職人たちに指示を始めた。
花火は打ち上げ会場に向けて次々と運び出され、この場には円香と昇だけが取り残される。
空っぽになった地面に座り込み、がっくりと項垂れる昇の前に、円香もちょこんと腰を下ろした。
「もう妨害はできません」
「…………」
「スミマセン。親方が一人で来たら、やっさんに連絡を入れることにしてました」
親方に隠れて準備を進める中で、内部犯行説を伝えた時のことだ。
円香は、犯人を昇か奏多に絞っていた。もしくは共犯。
でも、二人とも動機がわからない。
〝実行できる可能性がある人物たち〟という論理だった。
そう説明したのに、やっさんを始めとする職人たちは「警察にそのまま連れて行かれる前に、一度自分たちで懲らしめる」と鼻息を荒くした。
惑いながらも、それがしきたりだと言われたら強く出られなかった。あんなに激しいとは予想だにしなかったが。
ふと、空気が震える。昇が唇を開いた。
「君も、〝あっち側〟なのか」
「……あっち側?」
消え入りそうな声で言うだけ言って、昇は口を閉ざしてしまった。
話してもらわないと困る。
円香だって花火の打ち上げ場所に行かなければいけない。
時間を確認すると、出番まであと十分を切っていた。
「……いつから俺の仕業だと?」
明確なタイミングはない。ただ、徐々に可能性が狭まっていっただけだ。
考えあぐねた挙句、おもむろに口を開く。
「ただ、警察より先に確かめたくて、今日、罠を二つ用意しました」
昇は視線を落としたまま顔をしかめた。
「一つはダミーのパソコンです。
今日はパソコンを二台持ってきてました。
ずっと机に置いておいたパソコンは、私が普段使っているのと同じに見えるだけです。誰かが操作したら私のスマホに通知が来るようになってました。
出場直前にエラーを起こされたら、すぐに対応できるとは限りませんから」
けど、昇も奏多もパソコンに触ることはなかった。そこで二つ目。
「当日になれば、他の花火もあるし、お客さんもいるので、爆発みたいな大きなことはできません。
その代わり佐伯煙火店の花火そのものをダメにするのではないか、と……。
だから見張りました。ただ……」
「ただ?」
「里中先輩は、会社側の人間としてデメリットのほうが大きい。個人的な恨みもなさそうでした。
親方も、最初はぜんぜん想像がつきませんでした。でも、爆発が起きたあの日、親方は昼休憩に入る前に一人になりました。仕掛けをできたとしたら、そのタイミングです。
それに、途中から頑なに出場辞退を掲げ始めた。
他には本気で辞退したい人はいなかったので。……外部犯だったほうが、よかったです」
「それで、俺を嵌めたわけか」
諦めにも似た皮肉な笑みが、昇から零れた。
「出場したかったんです」
「…………」
「前に言ってましたよね。佐伯煙火店らしい、盛大な花火を夜空に咲かせたいって。
自分の代で暖簾を下ろすことも、寂しそうに見えました」
「そんなの」
昇は弾かれたようにのけ反ると、鼻で笑った。
「そんなの、建前だよ。出向してきたばかりの君が、あまりにも居たたまれなかっただけだ。暖簾を下ろすなんて言い方からして、古臭くてやってられないよ」
いつも優しかった昇の腹のうちを目の当たりにし、胸が張り裂けそうになる。聞きたくなくて、円香はこれまで考えてきたことをぶつけた。
「乾燥室の操作パネルを変更するのは、いつでも、誰でもできました。
私のパソコンを制御不能にするのだって、親方なら、私が席を外した時や退勤した後に仕込めます。
もちろん親方でなくても、佐伯煙火店の職人さんたちも作業する時間はある。
だけど、例外もあると思いますが、長年職人を続けてきた高齢の職人さんたちにパソコンに複雑な仕掛けができるかというと……」
「そうだよ。君は何の疑いもなかったから、俺の前で平気でパスワードを入力してた。
それに、ちょっとネットで調べたらすぐに答えは出てきた。
『子どものパソコン使用時間を制限したいから、強制的に操作できなくなる方法が知りたい』ってね。
パソコンの設定方法から、アプリを作る方法から、いろいろと。その中の一つを採用したまでだ。
ただ真っ暗にするだけでもよかったけど、エラー音や画面に文字が出たほうが、それらしく見えるだろ。実際、専門家の君も見抜けなかった」
「なるほど。あのパニック状態では、瞬時に判断するのは難しいですね」
被害を受けたのは円香自身なのに、つい感嘆してしまった。
ハッキングでなくてよかったとも思ってしまう。
「おかしいだろ。世の中は進化し続けてるのに、高齢者ばかり抱えた工場で手仕事なんてさ」
昇は乾いた声で呟いた。
それが動機の根源なのか。
円香は反論したくなるのを堪え、口が軽くなってきた昇の言葉を待った。
「親方なんて担がれても、結局〝昇くん〟はお飾りで、俺なんかいなくても回る。なのに、工場を継ぐのは佐伯の人間だって、親父の気まぐれで呼び戻されて……」
言いながら昇の焦点は遠くを見つめるよう、虚ろになっていく。
そんなに嫌だったのだろうか。
立派になったって、やっさんも褒めてた。認めてた。他の職人だってそうだ。
お飾りなんかじゃないのに。
心臓がきつく締めあげられる心地がする。
「君はいいね」
昇の昏い瞳が、円香を捉えた。
「エンジニアとして、最初から役割があってここに来た。
でも、期間が過ぎれば、別の仕事が待っている。本社っていう本拠地もある。いずれは自分で居場所を選べるだろう。……いつまでも、一つの場所に縛られなくていい」
「縛られる……」
考えてもみなかったことだ。
いや、一度は少し考えた。
親方になったのは、生まれた家がたまたま煙火店だったから。
けれど、幼い頃は危険だからと出入り禁止。もしかしたらそれは、小さな〝昇くん〟に疎外感を与えたのかもしれない。
昇はぐらりと頭を逸らすと、ぽつりと言った。
「俺は、花火なんて作ると思ってなかった」
それが昇の本心なのか。
「だから、壊した……?」
居場所だと思えない場所から、解放されるために?
「いずれにせよ、この仕事に、未来なんてない」
「そんなっ――」
そんな言い方、酷すぎる。だけど、ギロリと睨まれ、円香は押し黙った。
「今年あたりが限界だったんだ。上がっているのは職人の年齢だけじゃない。資材もだ。そのやり繰りがどれだけ厳しいか、君にわかるか」
「…………」
「もう行きなよ」
昇は呟くように言った。
「え?」
「打ち上げ、君がいないと操作する人間がいない。
別に俺は、現地にいなくたっていいんだ」
〝あっち側〟の意味が、わかった気がした。
このまま終わらせちゃいけない。
円香は昇の腕を掴んだ。
「行きますよ、親方!」
「なっ、俺は――」
「グダグダ言ってるから、いつまでも昇くんなんて言われるんです!
しゃきっとしてください!」




