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爆弾じゃなくて花火です  作者: 恵永沙紀(サキエナガ)


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19/21

19.犯人、確保しました……

 花火置き場では、数名の制服警官が目を光らせていた。

 聞くところによると、昨日の搬入以降、佐伯煙火店の花火置き場に近付く人は誰もいなかったという。


「装置も確認させてもらっていいですか?」


 円香は断りを入れて花火の配線を確認した。たしかに設置通りだ。問題なし。


「里中先輩も見ます? 私より経験があるんだから、異常がないかダブルチェックお願いします」


 水を向けられると、奏多は特にためらう素振りも見せず確認作業を行なった。


「うん。問題ない。トラブル続きだったのに頑張ったね」


「……ありがとうございます」


 円香は曖昧な表情で微笑む。


 もう、何も起こす気はないのだろうか。それならば、それでいい。

 だけど本番までに、なんとしても犯人をあぶり出したい。

 妨害がないという確証もなければ、あの人だと糾弾するたしかな証拠もないのだから。


 鼻から深く息を吸い込み、静かに気合を込める。


 ポタリ、と汗が額から顎を伝って地面に落ちた。外気は暑いのに、脳の奥は冷たく冴えわたっていた。


 眼鏡の奥が鋭くなった円香の姿に、奏多は一瞬だけ警察官を見やると、苦言を呈した。


「山岸さん、まさかここで見張るつもりじゃないよね?

 さすがにこの炎天下の中じゃあ、持たないよ」


 だが、円香の腹は決まっていた。


◇


 まだ陽が高いうちから、会場には席を取る人たちが集まり始める。

 円香はその様子を花火置き場の側から、遠巻きに眺めていた。


 大きなブルーシートを広げたり、ベンチに荷物を置いたりする人たち。


 屋台も始まり、浴衣や甚平で着飾った人が日常とは違う特別感を彩っている。

 夕焼け放送が河川敷を駆け抜けると、入れ替わるように音楽が流れだした。


 ――祭りだ。


 普段の円香なら、向こう側。

 浴衣を選んで、ネットで帯の結び方を確認して。うまく着付けられなくても、それはそれで楽しい〝非日常〟。

 主役は花火。作り手のことなんて、観客たちは想像だにしないだろう。


 円香だって、このハレの日の裏側なんて知る由もなかった。だけど、一年かけて花火大会は〝日常〟になった。


 どうして犯人が出場を阻止しようとしたのか、その胸中を思うと苦いものが込み上げてくる。

「だけど、絶対に花を咲かせるんだからね」


 空が橙色に染まり、藍色に傾いていく。

 パチ、パチ、と爆ぜるように電灯が灯った。

 やがて眩しかった空は遠のき、電灯や屋台の明かりと逆転した。


 もう少しで、業者ごとに打ち上げ場所への移動が開始する。

 花火置き場と移動経路には明かりが灯っているが、光源から一歩はみ出ると、あっという間に職人の姿はシルエットになってしまう。

 佐伯煙火店の移動開始までは、あと三十分。


 ――いよいよだ。


 地べたに座っていた円香は、意を決したように立ち上がった。

 長時間、微動だにしなかったせいで、足は痺れている。


 片足ずつ振りながら、そろりそろりと佐伯煙火店の花火置き場へ近づいていく。すぐ側の暗闇へと身を潜めた。

 右手にはスマートフォン、左手には高輝度の懐中電灯を握りしめて。


 犯人が動き出すとしたら、暗くなったこのタイミングだ。

 予想は外れていてほしい。


 相反する気持ちがない交ぜになり、全身に心臓が増殖したようにバクバクする。


 そんな円香の視界が、電灯から外れるように歩いてくる人影を捉えた。

 末端まで脈動していた血液が、急に冷たくなる。


 瞬きも忘れて人影に食い入っていると、その人物は手に筒状の何かを持っているのが見て取れた。


「あぁ、ダメ……」


 円香の右手が、スマートフォンの上を高速で撫でた。


 人影は一瞬だけ電灯に照らされ、滑るように佐伯煙火店の花火置き場に入っていく。


 足に枷がはめられたように重い。

 でも、見届けなければ。そして止めなければ。


 首を、背中を、暑さとは関係ない汗が伝う。


 会場内の音楽で掻き消されるというのに、相手に悟られないよう、一歩ごとの足音を忍ばせる。

 人影の後ろに立つと、その人は手に持った筒の蓋を開けようとしていた。


「そこまでです!」


 円香は左手に持った懐中電灯のスイッチを入れた。

 振り向く相手の両目を目がけてライトを放つ。


 うっ、と小さなうめき声と共に、その人物は両目を腕で覆った。


 手に持っていた筒が砂利に落下する。視界の端で確認する。蓋は開いていない。


「どうしてですか」


 円香は喉の奥が熱く、痛くなるのを感じながら繰り返す。


「どうしてですか、親方!」


 鋭い叫び声が、二人のあいだを切り裂く。

 円香の足元には、筒――水の入ったペットボトルが転がってきた。

 昇から視線を外さないよう、慎重にそれを拾い上げる。


「最後まで妨害をするなら、花火自体をダメにするだろうと思って張ってました。

 でも、こんな想像、当たってほしくなかった!」


 吐き捨てる円香。瞬きする度に、眼鏡の内側に水滴がついてしまう。


 昇は立ち呆けたまま、動かない。

 円香も言葉を紡げずにいた。

 遠くに会場のざわめきは流れ続けている。だけど二人を囲む空間だけが、時間が止まったようだ。


 膠着状態を断ち切ったのは、昇のほうだった。獣が獲物目がけて飛び出すかのよう、獰猛に地面を蹴る。

 彼のやろうとしていることに気付いて、円香も飛び出した。


「止めてください!」


 力任せに配線を切ろうとしている。

 ひと回り大きい昇の腕にしがみつき、必死に押し留める。でも、振り払われるのも時間の問題だ。


「なんで、どうしてそこまで……!」

「君なんかにはわからないよ!」


 ようやく返ってきた昇の言葉には、強い拒否が滲んでいた。


 胸の中で絶望が爆ぜる。呼吸を忘れてしまう。一秒、二秒……だけど、それも束の間。今度は一気に頭に血が上る。


「えぇ、わかりませんよ! これだけ時間をかけて築き上げたもの、今回の花火大会だけじゃない。長年続けてきた伝統を粉々にするなんて、私にはわかりません!」


「だから、嫌なんだ!」


 昇が乱暴に腕を薙ぐと、円香は勢いに負けて尻もちをついた。ペットボトルが砂利の上を転がる。

 一瞬、昇が怯んだように見えた。


「大丈夫です」


 痛みはある。だけど、すぐに手を付いて立ち上がる。


「親方が、本当は人を傷つけたいわけじゃないのは、わかってます」


 昇は虚を突かれたように硬直すると、しだいに興奮も収まっていくようだった。


「ましてや死者なんて。怪我人は出ましたけど、あり得ないくらい軽傷でした。

 だから爆発も、工室に誰もいないシミュレーションの時間を選んだんですよね」


 火をつける仕掛けが単純なものだとわかってしまうと、今度はなぜあの時間を選んだのかが気になった。誰かに邪魔されないためか。アリバイ作りか。

 違う。

〝工室から全員が離れている時間〟だったからだ。


「誰かを殺したいわけじゃない。だから、誰よりも早く避難誘導をしてくれたんですよね」


 昇が一瞬身じろいだ。


「わかってますよ、皆さんのことを大切に思ってるって。

 ……だから、だからわからないんです。出場を妨害した理由が」


 説得するような円香の言葉に、昇の口がわなわなと震え始める。


「……この仕事に――」


 蚊の鳴くような声で話し始めた、その時だった。


「大丈夫かい、円香ちゃん!」


 やっさんが飛び込んできた。


 その姿を認めると、昇はまたカッと顔を赤らめて、地面に転がったペットボトルに手を伸ばした。

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