18.爆発の仕掛けを解説します
「里中、先輩……」
円香は言葉に詰まりながら、振り返った。
暴力的な太陽の下、陽炎のように輪郭が歪んで見える。
奏多はなんでもないように、陽射しに目を細めながら近づいてくる。
「外は暑いよ。中のほうがまだ送風機があるから、控室にいればいいのに」
「お気遣いありがとうございます」
他人行儀な物言いに、奏多は困ったように笑った。
「緊張してる? また妨害されるんじゃないかって」
なんと答えたらいいだろうか。逡巡するが、ずっと黙っているのも変に思われるかもしれない。
ごくりと唾を飲み込んで、「はい。なので、置き場も確認しておこうかと」と短く答えた。
側まで来た奏多は、首に巻いたスポーツタオルで汗を拭いながら、呆れを孕んだ軽いため息をつく。
「ここまで来たら、それこそ警察の仕事じゃないか?」
「いいんです。落ち着かないだけなので。それに……」
「それに?」
「犯人を止めたい」
円香はぐっと眼鏡の下の眼球に力を込めた。
奏多は真っ直ぐに受け止めると、
「目星がついているんだね」
と声を落とす。
「仮説がいくつかあるだけです」
踵を返し、円香は歩き始めた。凸凹とした砂利が足裏から心臓を叩いてくる。
「その仮説を聞かせてもらっても?」
隣を歩く奏多が日除けになり、円香の表情がふっと曇った。
話していいのだろうか。
〝おびき出す作戦の全容〟を知っているのは自分だけ。
ここまでの手口を話すくらいで、支障が出ることもないだろう。
「一連の出来事を起こすには、いくつか、やり方があります」
慎重に、一言ずつ区切るように話し出した。喉がカラカラに乾いていくのは、きっと、この暑さや湿度とは関係ない。
「それを分解して、状況に合わせて考えてみました。
最初に起きたのは、パソコン画面をブラックアウトさせて制御不能にすること。
分解する要素は、『外部からの遠隔操作による侵入』と『直接パソコンを操作すること』の二つです。
里中先輩も、内部犯行説があることは、了承してもらえますか?」
奏多を見上げると、「わかりきっている」というように頷いた。
円香は小さく息を吐いて続ける。
「外部から侵入されたのなら、相当な技術です。押収されたパソコンはまだ戻ってきてませんし、復旧できるかもわかりません。なので、確かめようがありません」
「そうだね」
「でも、単にパソコン画面を時間通りに真っ暗にするだけなら、ずっと簡単です」
「……と言うと?」
円香の踏み出した足が、砂利を蹴り上げた。
放物線を描いて飛んでいく。
それはパシャンと飛沫を上げ、わずかに波紋を広げた。
「ずっと気になっていたことがあるんです。
あのパソコンを操作したところで、花火に火が点くはずがありません。
もちろん、あくまで私の主張ですが、だからこそ、私はその説を信じてます」
「ふむ。ならパソコンのエラーと発火の仕掛けは――」
「別々に仕掛けられていました」
円香は遮るようにキッパリと言い切った。
繋がっていない機器をいくら操作したところで、影響が出ることはない。
あのブラックアウトは、エンジニア自身を混乱させるブラフだ。円香は咄嗟にパソコンを持ち出したが、復旧できたとしても同じ結論に辿り着くはず。
奏多は考え込むように口元を手で覆った。
「山岸さんは内部犯行説を強く押しているように見える」
押し黙る円香に、奏多は続けた。
「もしパソコンを直接操作できる人、そして工室へ発火装置を仕掛けられる人、となると、やはり佐伯煙火店に出入りできる人に限られるんじゃないか?」
「そうですね」
肯定するも、胸の中に灰を詰め込まれたように、苦しくなる。
「考えたくなかったんですけど、そのほうがシンプルなんです。
シミュレーションの時間に、パソコンと着火の仕掛けが起動するようにすればいい。時間だけ合わせて、バラバラの単純な仕掛けを作る。
つまり、仕掛けは二つあったことになります。これが分解して出た結論です」
「なるほど」
しばらく吟味したあと、奏多は納得する。
「じゃあ、どうやって点火したんだ?」
円香は皮肉っぽく表情筋をぐにゃりと歪めた。
「単純ですよ」
「……その場にいなくても火が点く方法だろ?
俺が知ってるのだと、生石灰に水を加える実験くらいだけど」
当てずっぽうもいいところ。円香は緩慢に首を横に振った。
「もっとずっと単純です。
焼け跡に行った時のことを考えれば、わかります」
あそこで見たものについて、円香から奏多には話してない。
「どういう状況だったの?」
――聞かされていないのか。
「耐火材が一か所に集まっていました。
親方と話しても、爆風の向きの影響じゃないか、たまたまじゃないか。お互い素人らしい考えしか出なかったんですが……」
横目で、奏多の反応を確認する。
「素人って、警察じゃないんだからそりゃそうだろ。
というか耐火材で発火……?」
「耐火材は、装置の一部です。本当に使われてたかどうかも、やっぱり素人なので定かじゃありません。
でも、パソコンも工室の発火装置も、できるのはいずれにせよ、関係者です」
しばしの沈黙。
土手の上から、家族連れや学生たちの声が聞こえてくる。
祭りを楽しみにしている人たちの穏やかな光景は、スクリーンの中のように遠い。
バイクの排気音と短い悲鳴のあと、奏多は肺に溜めた空気を盛大に吐き出した。
「山岸さんには、犯人がわかってるみたいだね」
太陽より熱い視線に体の奥が焼かれるような心地がして、円香はそろりと呼吸する。
スマートフォンを出して、現場に赴いた時の写真を見せた。
「耐火材に片寄りがあるのがわかりますか?」
覗き込む奏多は、「たしかに」と短く答えた。
「爆心の近くにあったなら、バラバラに散ってもおかしくない。
だから仕掛け自体は少し離れた場所にあったんじゃないかと当たりをつけました。
となると、花火に点火するための導火線を引いた上で、火そのものを時限装置にして、花火を爆弾にした」
奏多は今の話を吟味するように目を細めた。
「けど、長い導火線を引いたとしても、どこかのタイミングで導火線に火をつける作業が要るよね」
「はい。でも、火が導火線に辿り着くまでの時間を稼げばいいんです。
例えばロウソクみたいに、燃焼時間を利用して時間差をつける方法はあります。画面が暗くなったのとピッタリ同じ時間でなくても……。
耐火材が片寄っていたのは、その仕掛けを風や周囲のものから守るためだったんじゃないでしょうか」
感心したように、奏多は目を丸くした。
「そんな単純な……」
「花火は火薬の塊です。火種さえあれば、大爆発は起こり得ます」




