16.罠を仕掛けます
花火大会当日。朝露の消えない内に会場裏手にやって来た円香は、いの一番に制服警官の元へ駆けつけた。
「あの、夜間に問題はなかったですかっ」
土手を滑るように下りてきて、膝に手を当てて酸素を吸う。靴は泥だらけだ。
「特に問題ないですよ。な?」
制服警官はもう一人に声を掛ける。
「あぁ。妨害行為なんて、警察がいるのに簡単にできることじゃないと思うぞ?」
いささか傲慢な物言いではあるが、寝ずの番をしてくれたことに頭を下げた。
八重樫によると、工場内での花火の損壊はともかくとして、爆発が人為的なもので、万が一にも連続爆破事件にでも発展したら洒落にならない。
しかも花火大会なんて爆弾犯にとっては格好の標的、市民が詰めかけるなら、見過ごせない、という話だった。
渦中にいたせいで事の重大さが見えなくなっていたが、言われてみればニュースなんかでも爆弾やらテロやらの報道も多い。
佐伯煙火店はその一つに巻き込まれただけと取れば、警察としても動かざるを得なかったのかもしれない。
とはいえ、円香は内部犯の可能性が高いと見ていた。
「少し作業させてもらいますね」
「一応、身分証見せてもらえるかな?」
「あ、そうですね。スミマセン」
佐伯煙火店に降りかかった災難について、故意なら自分も容疑者だった。最初にそう釘を刺されたことをすっかり忘れていた。
チェックを受けて、改めて円香は控室へと入った。
普段より二倍に重いリュックから、まずは一台のノートパソコンを取り出す。
ハッキングされたり、変なプログラムが入っていたりしないか、セキュリティチェックを掛ける。
ほんの数分ののちに、問題ないことが表示された。
「よし」
パソコンと点火装置との接続も確認する。
異常なし。
ここからが本番だ。絶対に妨害なんてさせない。
円香はリュックに手を伸ばし、もう一度同じ作業を繰り返した。
「山岸さーん。申し訳ない。佐伯煙火店さんの入り時間は昼過ぎなんだけど?」
外から呼び出されてしまう。
「はい。わかってます。少し確認したかっただけなので。
すぐ出まーす」
円香はノートパソコンを真剣に見つめ、
「お願いね」
と念じて、控室をあとにした。
「悪いんだけど、山岸さんが出入りした時間も控えさせてもらうよ」
警察官がバインダーを手に腕時計を確認する。入って出てくるまで、ものの十分といったところだろう。
「これで何かあったら、君も疑われるけどいいの?」
口ぶりからすると、八重樫刑事はきちんと配置する人たちに事情を説明してくれたようだ。
「はい。後ろめたいことは一切ありませんので!」
にぱっと笑って見せると、首を伸ばしてバインダーに興味を示した。
「これって、あとで私たちも見させてもらえるんですか?」
「それはできないかな」
「そうですか。残念です」
「まあ、疑わしい名前が浮上したら、心当たりがないか聞くくらいはするだろうけど……」
警察官はバインダーを持ちながら腰に手を当てた。
「それより、何もないほうがいいんだろ」
それはそうだ。
「はい。よろしくお願いします」
また深々と頭を下げて、円香は現場を後にした。
仕掛けた罠がうまくいくことを祈りながら。
◇
入り時間まで待機していたのは、河川敷最寄り駅のファストフード店だった。
花火大会当日の休日。
学生たちや親子連れは、どこか浮き足立ったようにガヤガヤしている。
――帰って浴衣に着替えるんだ~。デート頑張ってね。結局男だけかよ、今からナンパして来いよ。マチアプのほうが早くね? え、嘘、あの子風邪で来られないって。もう早く決めてよ、時間なくなるでしょ。
そんな会話が重なり合って耳に入る。
騒がしいファストフード。だけど、この一か月の騒動から一歩外に出ると、他愛のない騒がしさが心地よく感じられた。
円香は瞳を閉じ、ゆっくりと氷を混ぜながら、「楽しみにしててね」と心の中で呟いた。
午前中、仕掛けた罠の動きはない。
もう妨害はないのだろうか。それとも、これからが勝負なのか――




