15.花火大会、前日です
工場内に昇の怒声が響き渡ったのは、花火大会まで残すところ三日となった日だった。
「撤収作業がどうも進んでないと思ったら、出場することにしたって、いったいどういうことなんです!」
縮こまる円香や職人たちが居並ぶ中で、やっさんは半歩前に出る。
「親方、いや昇くん。俺たちだって、あんな形で終わりたくないんだよ」
「話し合ったじゃないですか。いくらなんでも、ろくな演目にならない。
それなら潔く出場を辞退しようって」
円香は昇がここまで怒り心頭なのを見たことがなかった。男衆ばかりで馴染めない煙火店で、いつも寄り添ってくれたのが昇だったのに、今ではまるで違う人みたい。
「俺は、もう……」
昇は真っ赤な顔で首に巻いたタオルを殴り捨てた。
続きの言葉はない。
誰も身動きが取れず、設備の立てる低い重低音だけがやけに耳につく。
円香は唇を真一文字に引き結ぶと、固い床でコツコツと足音を立てた。
キーボードとマウスを操作し、プロジェクターを繋いだ。
「お見せします」
静かながらも、円香も引く気は一切なかった。
手元のリモコンを操作すると、工場内がふっと暗くなり、壁面にパソコン画面が浮かび上がる。
爆発の日に、見せられなかったシミュレーション。
限りある花火玉で、歴史ある佐伯煙火店の名に恥じない演出にしたつもりだ。
スタートボタンを押せば、あの日できなかったことができる。マウスに乗せた指は、にわかに震えていた。
ふーっと細く長い息をつく。
職人たちも固唾を呑んで見守った。
カチリ。
平凡なクリック音と共に、映像は夜空へと切り替わった。
画面の中で花火が弾けると、一同の顔は次々に花火の色に染まっていった。
――すごい。
どこからか漏れたかすれ声。
それが呼び水となって、膠着状態だった面々が色めき立つ。
「あれだけで、よくやったもんだ」「ひゃーたまげたね」「悪かぁないんじゃないか」
ほんの二分足らずのプログラム。
それでも一年、ここ一か月はてんてこまい。大勢の協力があってここまで漕ぎつけた。
「親方」
電気を点けると、円香は真っ直ぐに昇を見据えた。昇も視線を逸らさない。
「もう運営委員会には話は通ってるんです。さすがに三日前に辞めるなんて言いませんよね」
全員の視線が、集中砲火のように昇に浴びせられる。
昇はしばし黙っていたが、やがてガリガリと頭を掻き始めた。
「さすがに、三日前じゃドタキャンもいいとこだ。けど、本当に大丈夫なのか?」
大丈夫。その言葉が指すのは妨害のことだろう。
円香はしかと受け止めて、ゆっくり口を開いた。
「八重樫刑事さんに相談しました」
昇は目を剥いた。
「佐伯煙火店が妨害を受けてるんじゃないか。乾燥室のことも伝えました。
規模の違いから、関連性は低いと言われましたし、爆発や火災と、工場への侵入と器物損壊は担当が違うとも。
でも花火大会は大勢の市民が集まります。だから、警備を手厚くすると請け合ってくれました」
眩暈でも覚えたように、昇はふらっとたたらを踏んだ。
「怒っていいのか、褒めていいのか……悲しんでいいのか、わからないな。
ここまで黙ってたのは、そんなに信用がなかったってことか……」
「違います!」
昇がそう考えるとは予想してなかった。円香は咄嗟に否定した。
「親方は、もう諦めちゃったんだと思って。だから……」
「だから?」
「……正攻法じゃない方法を取りました」
何を言っても言い訳だし、慰めにはならない。鋭利な眼差しを向けてくる昇を直視できず、目が泳ぐ。
「わかった」
感情の抜け落ちた言葉が、零れ落ちる。
「俺は当日の手配を知らない。何をすればいい?」
ゴーサインは出た。出させた。それでも、昇は到底納得していないようだった。
胸中がじくじくと疼いてしまう。
勝手に突っ走ったのは円香自身なのに、傷つけるつもりは、なかったのに。
◇
それから二日がかりで搬出準備を終え、花火大会前日に会場の河川敷に花火玉や機材一式を搬入した。
河川敷には奏多と、それから八重樫刑事や制服警官が駆け付けてくれた。
点火装置の点検を終えると、あとは八重樫刑事たちに現場の見張りを任せるのみ。
この間、昇は言葉少なになっていた。
「山岸さん、親方と何かあったの?」
と、奏多に耳打ちされる始末。
手早く経緯を伝えると、「取引先でまで何やらかしてるんだ」と怒られてしまった。
「だけど、山岸さんが火付け役になって、ここまで来れたんだ。
明日、無事に打ち上がれば、親方とのわだかまりだって解消されるさ」
沈みかける夕日を背にした奏多はシルエットとなっていて、表情は読めないまでも、応援してくれている。それが、気まずい気持ちを抱えた円香の心を軽くしてくれた。
「そうですね」
明日が待ちに待った花火大会の本番。
「たくさんのお客さんを前に、大輪の花を咲かせます」
そして、これまで妨害してきた人を、必ず捕まえてみせる。
円香は人知れず、強く拳を握りしめた。




