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爆弾じゃなくて花火です  作者: 恵永沙紀(サキエナガ)


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15/21

15.花火大会、前日です

 工場内に昇の怒声が響き渡ったのは、花火大会まで残すところ三日となった日だった。


「撤収作業がどうも進んでないと思ったら、出場することにしたって、いったいどういうことなんです!」


 縮こまる円香や職人たちが居並ぶ中で、やっさんは半歩前に出る。


「親方、いや昇くん。俺たちだって、あんな形で終わりたくないんだよ」

「話し合ったじゃないですか。いくらなんでも、ろくな演目にならない。

 それなら潔く出場を辞退しようって」


 円香は昇がここまで怒り心頭なのを見たことがなかった。男衆ばかりで馴染めない煙火店で、いつも寄り添ってくれたのが昇だったのに、今ではまるで違う人みたい。


「俺は、もう……」


 昇は真っ赤な顔で首に巻いたタオルを殴り捨てた。


 続きの言葉はない。


 誰も身動きが取れず、設備の立てる低い重低音だけがやけに耳につく。


 円香は唇を真一文字に引き結ぶと、固い床でコツコツと足音を立てた。

 キーボードとマウスを操作し、プロジェクターを繋いだ。


「お見せします」


 静かながらも、円香も引く気は一切なかった。


 手元のリモコンを操作すると、工場内がふっと暗くなり、壁面にパソコン画面が浮かび上がる。


 爆発の日に、見せられなかったシミュレーション。


 限りある花火玉で、歴史ある佐伯煙火店の名に恥じない演出にしたつもりだ。


 スタートボタンを押せば、あの日できなかったことができる。マウスに乗せた指は、にわかに震えていた。


 ふーっと細く長い息をつく。

 職人たちも固唾を呑んで見守った。


 カチリ。


 平凡なクリック音と共に、映像は夜空へと切り替わった。

 画面の中で花火が弾けると、一同の顔は次々に花火の色に染まっていった。


 ――すごい。


 どこからか漏れたかすれ声。

 それが呼び水となって、膠着状態だった面々が色めき立つ。


「あれだけで、よくやったもんだ」「ひゃーたまげたね」「悪かぁないんじゃないか」


 ほんの二分足らずのプログラム。

 それでも一年、ここ一か月はてんてこまい。大勢の協力があってここまで漕ぎつけた。


「親方」


 電気を点けると、円香は真っ直ぐに昇を見据えた。昇も視線を逸らさない。


「もう運営委員会には話は通ってるんです。さすがに三日前に辞めるなんて言いませんよね」


 全員の視線が、集中砲火のように昇に浴びせられる。

 昇はしばし黙っていたが、やがてガリガリと頭を掻き始めた。


「さすがに、三日前じゃドタキャンもいいとこだ。けど、本当に大丈夫なのか?」


 大丈夫。その言葉が指すのは妨害のことだろう。

 円香はしかと受け止めて、ゆっくり口を開いた。


「八重樫刑事さんに相談しました」


 昇は目を剥いた。


「佐伯煙火店が妨害を受けてるんじゃないか。乾燥室のことも伝えました。

 規模の違いから、関連性は低いと言われましたし、爆発や火災と、工場への侵入と器物損壊は担当が違うとも。

 でも花火大会は大勢の市民が集まります。だから、警備を手厚くすると請け合ってくれました」


 眩暈でも覚えたように、昇はふらっとたたらを踏んだ。


「怒っていいのか、褒めていいのか……悲しんでいいのか、わからないな。

 ここまで黙ってたのは、そんなに信用がなかったってことか……」

「違います!」


 昇がそう考えるとは予想してなかった。円香は咄嗟に否定した。


「親方は、もう諦めちゃったんだと思って。だから……」

「だから?」

「……正攻法じゃない方法を取りました」


 何を言っても言い訳だし、慰めにはならない。鋭利な眼差しを向けてくる昇を直視できず、目が泳ぐ。


「わかった」


 感情の抜け落ちた言葉が、零れ落ちる。


「俺は当日の手配を知らない。何をすればいい?」


 ゴーサインは出た。出させた。それでも、昇は到底納得していないようだった。


 胸中がじくじくと疼いてしまう。


 勝手に突っ走ったのは円香自身なのに、傷つけるつもりは、なかったのに。


◇


 それから二日がかりで搬出準備を終え、花火大会前日に会場の河川敷に花火玉や機材一式を搬入した。

 河川敷には奏多と、それから八重樫刑事や制服警官が駆け付けてくれた。

 点火装置の点検を終えると、あとは八重樫刑事たちに現場の見張りを任せるのみ。


 この間(かん)、昇は言葉少なになっていた。


「山岸さん、親方と何かあったの?」

 と、奏多に耳打ちされる始末。


 手早く経緯を伝えると、「取引先でまで何やらかしてるんだ」と怒られてしまった。


「だけど、山岸さんが火付け役になって、ここまで来れたんだ。

 明日、無事に打ち上がれば、親方とのわだかまりだって解消されるさ」


 沈みかける夕日を背にした奏多はシルエットとなっていて、表情は読めないまでも、応援してくれている。それが、気まずい気持ちを抱えた円香の心を軽くしてくれた。


「そうですね」


 明日が待ちに待った花火大会の本番。


「たくさんのお客さんを前に、大輪の花を咲かせます」


 そして、これまで妨害してきた人を、必ず捕まえてみせる。


 円香は人知れず、強く拳を握りしめた。

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