14.時限発火装置だったのでしょうか
やっさんをはじめ、職人たちを味方につけてからの円香の動きは速かった。
昇には花火大会の出場辞退を承諾したことにして、工場内で堂々とパソコンと向かい合ったのだ。一年間の工程と収支の報告書作成を大義名分に掲げて。
実際には残った花火玉の種類をリストアップしてもらい、その上で演出を練り直していた。
大玉は一発だけ。小玉の被害は少なかったから、これを中心に組み立て直さないといけない。
脳みそは演出をどうするかでフル回転だ。
たまに職人がふらっとやって来ては、雑談のように打ち合わせをしていく。昇がどこにいるかも教えてくれた。
その度に、高速で走り続ける脳がひと呼吸つける気がした。
「工場内もずいぶんとスッキリしちゃいましたね」
円香は丸まった背中を伸ばして、空白の増えた倉庫内をぐるりと見回す。
「あぁ。でも、例の作戦は着々と進んでるから安心してくれ」
壮年の職人に言われ、円香は小さく肩をすくめた。
乾燥室の被害を免れた花火は、きちんと仕分けして保管してある。
やっさんを中心に、適切に廃棄できるように、という理由をつけてうまいことまとめてくれているのだ。
「って言っても、点火装置に繋ぐ時はさすがに親方にもバレるんじゃないか?」
「あぁ。それなら大丈夫だと思います」
やっさんが運営委員会に頭を下げる傍ら、円香は奏多に連絡を入れた。
親方の昇の許可が下りていないことは叱られたが、協力してくれることになった。
「うちの先輩……昨年までここでお世話になってた里中先輩が盾になってくれますよ」
「なるほど。あの人なら親方ともウマが合うだろうし、なんとかしてくれそうだな」
「へ? そんなに仲良かったんですか?」
たしかに工場で顔を合わせた時は旧知の仲といった感じではあった。
「あぁ、よくつるんでたよ。歳も近いし、気兼ねしなかったんだろう」
なるほど。言われてみれば、若手は親方のみ。職人気質の輪に入るより、普通の会社員の奏多のほうが気安いかもしれない。
「丸く収めてくれるといいんですけどね」
それでも不安はあり、円香はへにゃりと頬を掻いた。
パシッと軽い平手が背中に飛んでくる。
「しっかりしてくれよ。今はあんたが俺たちの頼みの綱なんだ」
「わ、わかりました。いえ、わかってます!」
ズレた眼鏡を直しつつ、気合を入れ直す。
「ま。今はもどかしいが、お前さんの指示を待つしかない。頼んだよ」
「はいっ」
円香はしっかりと受け取って、画面に向き直った。
演出プランは既に頭の中では組み上がりつつある。
ほんの少しだけ、脳の回路に余白ができた。
そのせいで、この約一か月の出来事が、霞のように浮かびあがってくる。
爆発が起きてから、ずっと走りっぱなしだった。一度は現場に足を踏み入れたものの、原因については収穫なし。
何よりも――
浮上した大きな疑念に、脳のリソースが割かれる。
タイピング、キーボード、配線、画面。
爆発の直前、なぜあんなにもタイミングよく画面が真っ暗になったのだろうか。
ハッキングされていたとして、押収されたパソコンから何か出てくるだろうか。
「ハッキングなんて高度な技術を使ってまで、爆発させたかった?
でも、点火装置への接続は切っていた。パソコンをいじったところで……」
もう一つ考えた〝内部犯行説〟がポンッと浮かび上がる。
内部犯なら、パソコンから点火装置に繋ぐことはできるかもしれない。
作業場に人が集まる時間だって把握できる。
「……いや。煙火店の人だけがスケジュールを知っていたわけじゃない」
円香はプログラミング画面を閉じて、社内スケジュールを開いた。
先月のカレンダーを追っていく。
そこには「花火大会のシミュレーション」の文字が躍っていた。
嫌な汗が背中を伝う。
タイミングを合わせられたとしたら、社内の人間もそうだ。例えば、里中奏多。昨年までここに出向していた彼なら、制御装置の使い方も知っている。
身近な人に疑いをかける後ろめたさに、円香はふるふると首を振った。
「時間がわかったからといって、忍び込めないわよね。誰かに見つかっちゃう」
プログラミング画面に戻したところで、円香の指は止まった。
あの時間に忍び込む必要はないのだ。
親方とも話したではないか。直接点火させたなら、自分自身がただでは済まない。だから事故なのだと。
だけど、でも――
思考の渦に吞み込まれてしまう。何か一本、筋が通っていないのだ。
事故と片づけてしまうほうが容易い。警察だって、奏多が体よく追い払ってくれて、それ以降ろくに調べにこない。本腰を入れて捜査していない感覚がある。
事故。本当に?
円香の視線は画面に向いたまま、その網膜は現場に赴いた日に見た光景をまざまざと映し出していた。
些細な違和感。
耐火材が一か所に集まっていたこと。
とはいえ、それだって親方と、爆風のせいだと話はついた。
「だけどもし、耐火材を使った仕掛けが作れたとしたら……」
時限発火装置。密集した耐火材はその一部だったなんてことはないだろうか。
再度、今度はもっと大きく頭を振って、パチンと頬を叩いた。
今考えるのは、そんなことではない。
新しい演出を練り上げることが優先。
犯人がいるとしたら、きっと花火大会までに妨害を仕掛けてくるのだから――




