13.共犯者みたいですね
会議室の扉を乱暴に開けた昇は振り返ることもせず、大股で去っていく。円香は威嚇する小動物のように追った。
「待ってください。これが最善策です!」
甲高い声が工場内に反響する。
そこかしこから、職人たちは何事かと首を伸ばした。
「もう出場辞退は決めたんだ」
昇の背中は頑な壁のようだった。
それでも円香は言い縋る。
「ダメです。それじゃあ、佐伯煙火店は本当に終わってしまいます」
「終わっていいんだよ」
建物を出たところで、昇はぴたりと足を止めた。静かな声で端的に答える。感情の伴わない、凪いだ声だ。
「たとえ今年は出場できたとしても、今から工場を立て直すのは無理だ。物理的にも……費用的にもね」
ようやく振り返った昇は、いっそ清々しそうな顔をしていた。悲しみや怒りを通り越すと、人はこうなるのだろうか。円香はそんなことを考えつつ、ようやく本音を聞けたと感じていた。
「それでも、今年はまだ終わってません」
「円香さんは意外と豪気だなぁ」
空を仰いで乾いた笑いを漏らすと、昇は「この話は終わり」とでも言うよう、大げさに両手を開いて工場の中へと戻っていった。
撤収作業をする職人たちの手は、この若い二人の騒動に気を取られてすっかり止まってしまっていた。昇の姿におずおずと動いていた振りをし始める。
円香は行き場のない憤りに、地面を蹴った。
円香の提案した作戦は至って単純なものだ。
「花火大会に出場すればいいんです。佐伯煙火店の出場を妨害するのが狙いなら、どこかで尻尾を出すはずです。それを捕まえれば――」
そう説明したところで、昇はいきなり席を立ったのだ。
聞く耳くらい、持ってくれたっていいではないか。
地面を睨みつけていると、トンッと肩を叩かれた。
「やっさん……」
「円香ちゃん、聞こえたよ」
やっさんはガサついた分厚い手で、小さな紙片を差し出した。
なんだろう、と受け取って中身を見ると、
「やっさん、これ!」
「しーっ」
人差し指を立てられ、円香も慌てて両手で口を塞ぐ。
じゅうぶんに落ち着いてから、もう一度、紙片の内容を確認する。
やっさんは工場内をチラチラと気にしつつ、内緒話をするよう手刀を口に当てた。
「俺たち職人の中には、やっぱりこんな最後なんて望んでない奴も多いんだよ。
親方の判断が合理的……っていうのか? そういうのは、わからんでもない。けどなぁ……」
〝合理的〟と口にする時、言いなれない言葉に、むず痒さを覚えているニュアンスがあった。
「どうにも熱いほうが、燃えるんだよな。
円香ちゃんみたいに若くて賢くもないけどよ、どうしたらいい?」
円香は興奮で体中の血液が沸騰していく感覚を覚えた。
こんなところに、協力者がいるなんて。
「取り次いでください。まずは変更になるってことだけ一報を入れないと。
プログラムの演出が変わるので、打ち上げ時間に影響があると思います」
「わかった。ちょいと絞られるかもしれないが、俺なら顔も利く。ジジイが出たほうがいいだろう」
「……いいんですか?」
両手にぎゅうと握った紙片を、そっと開く。
――運営委員会 電話番号×××……
やっさんは皺くちゃの顔をさらにしわだらけにさせた。
「おうよ。その代わり、ちゃんとどうするのか、やる気をなくした親方に代わって指示してくれよ。なにせこんな直前の演目の変更なんて、長い職人人生、初めての経験だ」
「わかりました。でも、親方は……」
やっさんの肩越しに、円香は工場内を覗き見る。
昇は自分の道具や事務用品の類をひとまとめにしていた。俯き加減で、周りなど目に入っていないようだ。
周りの職人たちは、円香とやっさんのやり取りを気にしているせいで、作業が緩慢になっている。それにも気づいていない。
「一芝居打ってみるか」
「と言いますと?」
「撤収作業する振りして、搬入準備を進めるんだ」
円香は眼鏡の奥を真ん丸に剥いて、ぽかんと口を開けてしまった。
「やるかい、円香ちゃん」
やけに浮ついたやっさんが背中を押す。
やりたい。
やるしかない。
大きな声を出せない代わりに、円香は盛大に頷いた。
やっさんが、片腕をピンと伸ばし、親指を立てた。
にわかに工場内が色めき立つ。
そうか。職人たちは諦めたくないんだ。
「ふふ。これってなんだか共犯者みたいですね」
「そりゃあいい。盛大にとはいかないかもしれないが、最後にひと花咲かせようじゃないか」
「はい」




