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爆弾じゃなくて花火です  作者: 恵永沙紀(サキエナガ)


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12/21

12.おびき出す作戦があります

 工場に駆け込んだ円香は、膝に手をついてヒューヒューと酸素を求めた。

 炎天下の中を走り、急に止まったのだから、どっと汗が噴き出してくる。


 出入り口付近にいた職人はギョッとして円香に駆け寄るが、片手を上げて制した。

 上げた顔には、普段のおっとりとした様相はなく、一秒でも惜しいというような焦燥感と同時に、覚悟の色が滲んでいた。


「親方は、どこ、ですか?」

 息も絶え絶えに問うと、職人は工場の中を見やった。つられて円香も顔を上げると、大きく息を呑む。


 撤収作業が、進められていた。


「……ダメ、そんなのダメ」


 独り言ちると、円香は昇を探して工場の床を蹴った。固い床が膝を震わせる。

 壮年、高齢の男衆の中に、一人だけ若い親方を見つけ、円香は作務衣を引っ張った。


「親方、これ、どういう状況ですか!」

「円香さん!? 本社のほうに戻ったんじゃ……」

「それより、撤収なんてダメです。いい案があるんです」


 円香は口早に演出の変更を提案するが、親方をはじめ、職人たちは重い空気をまとって円香から目を逸らした。チラチラと職人同士の顔色をうかがっている。


 親方が意を決したように、ゆっくりと口を開いた。


「演出プランは、もう提出してしまったんだ」


 そうだ。大玉が壊れる前に、親方は会場との打ち合わせに出向いていた。


「今から佐伯煙火店だけ変えてくれなんて、面子が立たない」

「面子……?」


 考えてもみなかった単語に、面食らってしまう。

 高齢の職人は、昇を後押しするように続けた。


「円香ちゃんみたいな若い子には、ピンとこないかもしれないが、俺たちには俺たちのルールやしきたりってもんがあるんだよ。

 古いと言われたらそれまでだが、そういうもんなんだ」


 ――若い奴にはわからない、小娘が生意気な。


 出向したばかりの頃に、何度も味あわされた痛みが蘇るが、それが逆に熱量へと変わった。


「わかりません」


 円香は間髪入れずに反論した。


「伝統だか、前例がないだか、私はたしかに知りません」


 額から首に伝う汗を手の甲で拭う。


「けど、考えてみてください。

 演出プランを提出した。つまりは〝出場するのも確定事項〟というわけですよね。

 理屈の上では、辞退だって確定事項を破ることに変わりありません」


「屁理屈だ」


 壮年の職人が鼻を鳴らす。


「屁理屈で結構です!」


 一喝すると、円香は一人ひとりの顔を順番に凝視していった。

 みんな、辞退することに納得しているのだろうか。


 他の人は? 振り返ると、誰もが手を留めて、事の次第を遠巻きに見ていた。


 腹の内まではわからなくても、明るい顔をしている人は一人もいない。

 これまでの活気に満ちた空気が一変してしまっている。



「親方、来てください」


 円香は昇の腕を掴んで、会議室へとずんずん進んでいった。通路の側にいた人たちが、円香の鬼の形相に道を開ける。

 会議室のドアを閉めると、円香はふーっと細く長い息を吐きだした。


「円香さん、何を考えてるんだ?」


 円香は振り返って、昇の顔を睨め上げる。


 しばし視線が絡み合うが、円香は緊張感を孕んだまま、パソコンの入った鞄を机に置いた。肩が軽くなり、血液がじわっと指先まで通る感覚に、開放感を覚える。


 席に着いた円香は、昇が座るのを待ってから、内部犯行説を話し始めた。

 昇は受け入れがたいというように、首を横に振った。


「まさか。爆発だって、あんなタイミングよく起きるなんてあり得ないって話になってたじゃないか。

 身内がわざとあんな事を仕掛けるなんて思いたくないよ。

 乾燥室も、操作盤にぶつかったか何かの弾みと考えるのが自然だろ?」


「でも、連続して起こるなんて、まるで誰かが佐伯煙火店の花火大会出場を阻止しようとしてるみたいじゃないですか」


「誰かって?」


「それはわかりませんけど」

 円香は一拍置いて答えた。


「うちの人間に、そんなこと考える人いないと思うよ。爆発の時もみんな一緒にいた。

 当日、何時に何をしていたのかも、刑事さんに一人ひとり聞かれてるんだ。それでも決定打がなかったから、取引先にまで聞き込みをしてるわけだろう?」


 たしかにそうだ。

 昇の言うことも否定する材料がない。

 妥協するように、昇は小さくため息をついた。


「仮に、爆発だけは誰かに仕掛けられたとする。円香さんのパソコンが異常な状態になったって話だったし。ただ……」


 昇は言いづらそうに間を置いた。

 円香は続きを促すように顎を突き出す。

 ドアの向こうに視線を送りながら、昇は腕を組んだ。


「パソコンのハッキングなんてできそうな人、いると思う?」

「あ……」


 見落としていた。高齢化が進んだ職人の現場。


「そういう専門家を探すのだって、難しいんじゃないかな」


 状況は内部犯を思わせるのに、それに該当しそうな人が、いない。

 円香は両手で頭を抱えた。


「ね。わかったろ」


 筋は通るが、納得はできない。何かが引っ掛かる。

 円香は固く目をつぶり、脳の回路を高速で回転させ始めた。爆発前後から今日までのことを、すべての検証素材として並べていく。


 爆発が起きた状況。怪我をした人は軽傷で済んだ。円香のパソコンに侵入できたなら、スケジュールは筒抜けだったはず。


 被災現場に赴いた時の些細な違和感。耐火材の密集は意味があるのか。


 乾燥室の温度と湿度。奏多も確認してくれた。操作されたとしたら、その後だ。


「行き詰まりました」


 円香はゆるりと両手を膝の上に置いた。


「ほらね」


 だけど、一つだけ確信がある。確信といっても、勘ではあるのだが。


「それでも、犯人がいるなら、目的は佐伯煙火店の出場を阻止することだと思います」


 昇は、少しウンザリしたような面持ちで円香を見返した。


「そうか。なら、犯人の思惑通りになってしまったわけだ」


 随分と潔く引き上げるものだ。そうやって誤魔化さないと、自分を保てないのかもしれない。


「犯人を捕まえたくないんですか?」


「……いるならね」


「なら、現行犯で捕まえましょう」


「は?」


「おびき出す作戦があります」

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