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爆弾じゃなくて花火です  作者: 恵永沙紀(サキエナガ)


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10/21

10.花火が砕けてしまうなんて

 事態が急変したのは、やっさんから親方の過去について聞いた夕方のことだった。


 乾燥室の周りが騒がしく、その波はあっという間に工場全体に広がった。

 怒声が響き、ヒステリックな応戦が始まる。


 吸引器に引きずり込まれるように、職人たちは乾燥室へと駆け寄った。


 円香も慌てて席を立つ。その勢いで椅子のキャスターが回転して変なところへ転がっていくが、気にしている場合ではない。


「何かあったんですか!?」


 野太い男衆の中に、高い声が割って入る。


「何か? あぁ何かあったよ! どうすりゃいいんだ、これは!」


 職人の一人が顔を真っ赤にして食って掛かった。

 円香は人垣に体を滑り込ませ、押しつぶされながらも乾燥室の中へと入る。

 目にしたものに、頭が白くなる。


「な、んで……」


 喉が声の発し方を忘れてしまったかのように、言葉が言葉にならない。


「なんでじゃねぇ!」


 職人は円香の足元に、手に持ったそれを叩きつけた。


 亀裂の入った大玉が鈍い音を立てて砕け、飛び出た細かい粒子を蛍光灯に晒した。


 夜空に咲くはずだった星――火薬の粒――が、埃と一緒に無機質に漂う。


 目の前のことが現実とは思えない。もやのかかった向こう側で、職人が立て続けに何かを捲し立てている。円香の耳には何も入ってこない。足元で崩れた残骸から目を離せず、一ミリも動けずにいる。


 どうして。乾燥だって、順調にいっていたはずなのに。


 円香の背後で、惨状を見つめていた野次馬が、にわかに動き始めた気配がする。

 一人分の足音が近づいてきて、円香の隣で腰を下ろした。

 昇だ。


「これは……」


 感情のない声音で呟く。円香は恐々と昇に視線を移すが、つむじが見えるだけだった。

 くるりと首を回して円香を見上げる昇。その眼差しに、円香は鋭利なナイフで心臓を一突きされた心地がした。


 昇は立ち上がりざまに指示を出した。


「他に失敗している玉がないか、各々確認してください。

 使えるものだけ残して、リスト化して提出を」


 ヒートアップしていた職人たちが、水を打ったように静まり返る。


「早く! 今できることをしてください」


 しかし威厳のある声で檄を飛ばすと、職人たちは足早に動き出した。

 親方は踵を返し、ぽんと円香の肩に手を置いた。


「円香さんは、先に会議室に行っててください」


 口腔内はカラカラに乾ききっていた。ごくりと唾を飲み込み、

「……はい」

 と弱々しく返事をするのが精いっぱいだった。


◇


 パイプ椅子に座っていると、工場の振動が足元から生々しくせり上がってくる。それはみぞおちのあたりで滞留し、行き場のないまま、体を鉛のように重くさせた。


 乾燥の失敗。

 大玉が使えない。

 他にもあるのか、たまたまなのか。

 もしも全滅だったら……。


 嫌な想像ばかりが、数珠つなぎに伸びていく。何かのきっかけで着火したら、そのまま爆発してしまいそうなほどに。


 カチャリと硬質な音が、円香の鼓膜を叩いた。


 空想が一瞬だけ止まるも、入ってきた昇があまりにも無表情で、今度は呼吸が浅くなっていく。

 昇は手に持ったバインダーを机に置くと、パイプ椅子を引いて腰を下ろした。

 椅子が床を擦る音、座る時の布ずれ、椅子の軋み。すべてが鮮明に円香を射貫く。


「大玉は、ほぼ全滅」


 ひゅっと、擦れた息が漏れる。


「中玉、小玉はだいたい免れた」


 なんと答えればいいか、脳の回路が繋がらない。

 一年かけて作った演出が披露できない。理解できるのはそれだけだ。

 昇は両肘を天板につくと、にじり寄るように身を乗り出した。円香はつられるように背中を丸め、前傾になる。


「乾燥室の操作盤がいじられていた」


 ガタン――

 思わず身を引いてしまった。


「な、な、なんで……」


 血の気が引いて、うまく言葉を紡げない円香に、昇は険しい顔で目を逸らした。


「湿度と温度が上がっていた。知っている通り、大玉は何度もクラフト紙を貼っていく。どこかのタイミングでムラが生じて、バランスを崩してもおかしくない」


「でも、どうして。操作盤は触らないようにって、皆さんには伝えてたじゃないですか」


「わからないよ。誰かがたまたまぶつかったのかもしれないし、もしくは……」


 まさか、そんなわけない。そう思いたいのに、暗くなっていくパソコン画面が思い出される。


「……故意……?」


 沈黙が漂う。

 会議室に伝わる振動が増したような気がした。

 苦々しそうに、昇は告げた。


「今日は、花火会場の打ち合わせに行ってきたんだ」


「……はい」


「演出プランも伝えた。だけど、現状だと」


 円香の体から力が抜けていく。頭も、肩も、背中も丸まってしまう。


「どうして、どうしてこんなことに……」


 そう繰り返すばかりだ。

 昇も腕を組んで、押し黙るように俯いた。


 二人とも何も発せられないまま、無限とも思える時間だけが過ぎていく。


 だが、昇は意を決したように天井を見上げた。

 そして円香をまっすぐに見据え、ガバリと頭を下げた。


「申し訳ありません」


 突然の敬語は、円香に越えられない一線を感じさせた。


「御社のご支援に応えられず、損害を出してしまいました。

 ですが、このままでは満足な花火を上げられません。

 出場を、辞退させてください」


「…………」

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