第六話 決別と新たなる旅立ち、目指すはエルフの森
ギルドマスターとの会談を終え、僕は特別応接室の重厚な扉を開けて外に出た。
手にはギルドマスター直々に手渡された、優良な討伐依頼の羊皮紙がしっかりと握られている。
僕が提供したライターやカッターナイフといった日用品の圧倒的な価値を理解した彼は、僕を特級の商人としてVIP待遇してくれたのだ。
この討伐依頼もその信頼の証明であり、相場を大きく上回る破格の報酬が約束されていた。
待合室に戻ると、豪と一郎がいらだった様子で壁に寄りかかり、貧乏ゆすりをしているのが見えた。
沙織たち女性陣は僕の帰りをいち早く察知し、華やかな笑顔で迎えてくれる。
「海斗くん、お疲れ様でしたわ。」
沙織が僕の顔を見てホッと息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
「何か厄介なことになってないでしょうね。」
由美さんが分厚い眼鏡の位置を直し、冷静な口調で問いかけてくる。
「大丈夫だよ。」
「むしろ、すごく良い条件で依頼を受けることができたんだ。」
僕が羊皮紙を軽く掲げてみせると、女性陣からは歓声が上がった。
だが、その和やかな空気を引き裂くように、豪がずかずかと歩み寄ってきた。
「おい海斗、一体何を話してたんだ。」
「お前みたいな無能の荷物持ちが、ギルドマスターに呼ばれるなんておかしいだろ。」
豪は僕の手にある羊皮紙を乱暴にひったくった。
「なんだこの依頼は。」
「俺たちみたいな新人に回ってくるような討伐対象じゃねえぞ。」
豪は依頼書に記された強力な魔物の名前と報酬額を見て、驚愕の声を上げた。
「僕がギルドマスターから専属で受けた依頼だよ。」
「もちろん、みんなで一緒に行くつもりだけどね。」
僕が穏やかに返すと、豪はプライドを深く傷つけられたように顔を歪めた。
「ふざけるな。」
「俺は伝説の聖剣に選ばれた勇者だぞ。」
「なんでお前のおこぼれで依頼を受けなきゃならねえんだ。」
豪の怒声がギルド内に響き渡り、周囲の冒険者たちが好奇の目を向けてくる。
「嫌なら宿で休んでいてもいいよ。」
「でも、報酬は山分けにするから手伝ってくれると助かるな。」
僕が冷静に提案すると、豪はギリッと歯を食いしばり、激しく舌打ちをした。
「チッ、お前らだけ行かせるわけにはいかねえからな。」
「俺が勇者の圧倒的な力を見せつけてやるよ。」
こうして僕たちは、街の近郊にある深い森へと討伐に向かうことになった。
道中、豪と一郎は無言で先頭を歩き、苛立ちを隠そうともしなかった。
一方で女性陣は、僕が朝に提供した食事のおかげで足取りも軽く、楽しそうに会話を弾ませている。
「お味噌の味がまだ口の中に残っている気がするわ。」
「本当に美味しかったわよね。」
結衣が幸せそうな笑顔を浮かべ、僕の隣を歩きながら言った。
「ええ、あの温かいお食事がなければ、わたくしは今頃倒れていたかもしれませんわ。」
沙織も深く同意し、僕に感謝の視線を向けてくる。
目的地の森の中腹に差し掛かると、周囲の空気が急に冷たくなり、獣の嫌な臭いが漂ってきた。
「来るわよ。」
忍者の霞が鋭い声で警告を発し、クナイを構えた。
茂みの奥から姿を現したのは、巨大な二角を持つ凶暴な魔獣の群れだった。
「クソッ、出やがったな。」
「俺の聖剣の錆にしてやるぜ。」
豪が聖剣を抜き放ち、雄叫びを上げて魔獣の群れへと突っ込んでいく。
一郎も身体強化のスキルを発動し、豪の背中を追う。
だが、彼らの動きは昨日の疲労と宿での粗末な食事のせいで、明らかに精彩を欠いていた。
豪の剣の振りは遅く、魔獣の分厚い皮膚を浅く切り裂くことしかできない。
「くそっ、なんでこんなに硬いんだ。」
豪が焦りの声を上げ、魔獣の反撃を受けて後ずさる。
「結衣、お願いできるかな。」
僕が静かに声をかけると、結衣は自信に満ちた笑みを浮かべて頷いた。
「任せて。」
「今日の私は誰にも負けないわ。」
結衣が刀を抜き放ち、風のような速さで魔物の群れへと飛び込んでいく。
朝に【万物配送】で取り寄せた温かい豚汁と白米の力は絶大だった。
スタミナ全開の彼女の身体能力は限界を突破しており、その太刀筋には一片の迷いもない。
「シッ。」
鋭い掛け声と共に銀閃が走り、巨大な魔獣が真っ二つに切り裂かれた。
結衣は流れるような動きで次々と魔獣を討ち取り、圧倒的な剣技で戦場を支配していく。
沙織が後方から支援魔法を放ち、由美さんが氷の魔法で敵の退路を断つ。
霞は影から魔獣の急所を的確に突き、群れは瞬く間に壊滅状態に陥った。
豪と一郎も武器を構えていたが、彼らが本格的に出番を迎える前に戦闘は完全に終了してしまったのだ。
「す、すげえ……。」
一郎が呆然と呟き、へたり込んでいた豪は信じられないものを見るような目で結衣を見つめていた。
「お疲れ様、結衣。」
「すごくかっこよかったよ。」
僕が労いの言葉をかけると、結衣は刀を納め、僕に向かって最高の笑顔を見せた。
「ふふ、海斗くんの美味しいご飯のおかげね。」
「これなら何百匹来ても負ける気がしないわ。」
結衣の言葉に、豪はギリッと歯を食いしばり、悔しそうに顔を伏せた。
討伐を終えた僕たちは、ギルドに帰還して受付で報告を行った。
討伐の証である魔獣の部位を提出すると、ギルドマスターをはじめ、その場にいた冒険者たちから割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
「さすがは特級商人殿のパーティーだ。」
「これほど早く、しかも無傷で強力な魔獣の群れを討伐するとは見事な手際だったよ。」
ギルドマスターが僕に歩み寄り、ずっしりと重い分厚い報酬の袋を手渡してくれた。
周囲の称賛は僕と活躍した女性陣に向けられており、勇者であるはずの豪は完全に無視され、蚊帳の外に置かれていた。
「……ふざけんな。」
豪が震える声で呟き、握りしめた拳から血が滲みそうになっていた。
「ふざけんじゃねえぞ。」
「俺は伝説に選ばれた勇者なんだ。」
「なんで俺がこんな惨めな思いをしなきゃならねえんだよ。」
豪は床を強く蹴りつけ、僕を激しい憎悪の目で睨みつけた。
「勝手にしろ。」
「お前らみたいな足手まといとはおさらばだ。」
「俺たちは俺たちで魔王を討伐しに行く。」
「行くぞ一郎。」
豪はそう吐き捨てて、ギルドの出口へと向かって歩き出した。
一郎も慌てて周囲に頭を下げながら、彼の背中を追いかけていく。
「待ってよ、豪。」
僕は彼を呼び止め、【万物配送】のインベントリを密かに開いた。
これまでの道中で得た【EP】を消費し、小さな包みを瞬時に取り出す。
「これぐらいは持ってけよ。」
僕が手渡したのは、現代の簡易サバイバルグッズセットだった。
保温性の高い寝袋や、栄養価の高い携帯食料、そして汚れた水を濾過できる浄水器などがコンパクトにまとめられている。
「ふん、礼は言わねえぞ。」
「魔王を討伐してこの世界を救うのは俺たちだ。」
「次会う時は、俺が英雄になっていることを忘れるなよ。」
豪はひったくるように包みを受け取り、負け惜しみのような捨て台詞を残して去っていった。
彼の背中は怒りに満ちていたが、どこか強がっているようにも見え、少しだけ哀れに思えた。
「行っちゃいましたね。」
沙織がポツリと呟き、小さくため息をついた。
「いいのよ。」
「これからは私たちだけで気兼ねなく進めるわ。」
「彼がいたら、海斗くんのスキルの恩恵を素直に喜べないもの。」
由美さんが眼鏡を押し上げながら、冷徹な分析を口にする。
「そうだね。」
「僕たちも出発しよう。」
僕は手にした莫大な報酬の袋を軽く持ち上げ、女性陣に向かって微笑んだ。
ギルドマスターからの惜しみない支援と、街の商人たちとの強力なコネクションを得た僕たちは、新たな冒険へと旅立つ準備を整えた。
次の目的地は、魔王の情報を収集するために向かうエルフの森だ。




