第三話 朝の修羅場と逆転する戦力比、そして始まりの街へ
昨夜は由美さんに付き合って遅くまで起きていたせいか、僕はすっかり寝坊してしまった。
テントの外からはすでに騒がしい声が聞こえてくる。
由美さんは僕のベッドでタブレットを抱えたままスヤスヤと眠っていたが、僕は慌てて彼女の肩を揺らした。
「んん……もう朝なの……?」
由美さんは目をこすりながらゆっくりと起き上がる。
「みんなもう起きてるみたいだから、早く出ないと。」
「わかったわ。」
僕たちは急いで身支度を整え、一緒にテントの入り口を開けて外へと出た。
外の空気は冷たく、ぬかるんだ地面は相変わらず歩きにくい。
しかし、それ以上に僕たちを待ち受けていたのは、クラスメイトたちの突き刺さるような視線だった。
朝の準備をしていた結衣や霞が、目を丸くして僕たちを見つめている。
そして、誰よりも激しく動揺していたのは沙織だった。
「な、ななな……。」
「ゆ、由美さん、貴女……!」
「か、海斗くんも……どうして同じテントから出てくるんですか!」
沙織は顔を真っ赤にして、指を震わせながら僕たちを交互に指差した。
彼女の純白のローブが、動揺のあまり小刻みに揺れている。
僕が慌てて誤解を解こうと口を開きかけた時、由美さんがスッと沙織の耳元に顔を寄せた。
「何もなかったよ?」
「彼、すごく紳士だね。」
「今夜は沙織も海斗くんと一緒にいてみたら?」
由美さんの悪戯っぽい耳打ちに、沙織の顔がさらにぷしゅーっと音を立てるように赤く染まった。
沙織は恥ずかしそうに両手で顔を覆いながらも、指の隙間からまんざらでもない様子で僕を見つめてくる。
女性陣の間に、何か奇妙な連帯感と空気が生まれつつあった。
だが、その甘い空気を切り裂くように、怒号が響き渡った。
「何やってんだ海斗!」
振り返ると、勇者の重鎧を着た豪が鬼の形相でこちらに向かってズンズンと歩いてくる。
その後ろには、取り巻きの一郎がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてついてきていた。
「荷物持ちのくせに、女を連れ込みやがって!」
「お前みたいな無能が調子に乗ってんじゃねえぞ!」
豪は僕の胸ぐらを掴もうと、乱暴に手を伸ばしてきた。
僕は慌てて一歩下がり、ステータスウィンドウを開こうとする。
昨日稼いだ【EP】を使えば、護身用の催涙スプレーやスタンガンを【万物配送】ですぐに取り寄せることは可能だ。
だが、僕が動くよりも早く、二つの影が僕の前に立ち塞がった。
「そこまでですわ、豪くん。」
沙織が凛とした声で言い放ち、手にした杖から淡い光の盾を展開した。
「……相田くんに指一本でも触れたら、許さない。」
由美さんも分厚い眼鏡を光らせ、地面から見えない魔法の鎖を出現させて豪の足元を牽制する。
「な、なんだお前ら!」
「どうしてこんな無能の荷物持ちを庇うんだよ!」
豪は突然の反撃に驚き、後ずさりしながら叫んだ。
「海斗くんは無能なんかじゃありません。」
「わたくしたちを助けてくれる、大切な仲間ですわ。」
沙織が毅然とした態度で言い切る。
由美さんも横で静かに頷いた。
「昨夜はただ、相田くんに相談に乗ってもらっていただけよ。」
「やましいことなんて何もないわ。」
「それなのに、事情も聞かずに暴力を振るうなんて勇者のすることじゃないわね。」
二人の言葉に、結衣や霞も冷ややかな視線を豪へと向けている。
まだレベルも上がっておらず、聖剣を使いこなせていない豪にとって、後衛の要である沙織と由美を敵に回すことは死活問題だ。
2対1、いや、女性陣全員からの無言の圧力を受け、豪はついに舌打ちをして引き下がった。
「チッ、仲間割れしている場合じゃねえな。」
「今回はここまでにしてやる。」
「準備しろ、次の街へ出発するぞ!」
豪は負け惜しみのように叫び、僕を力強く睨みつけた。
「海斗、余計なことするんじゃねえぞ!」
そう吐き捨てて、豪と一郎は先頭を切って歩き出した。
僕は小さくため息をつき、沙織と由美さんに感謝の視線を送った。
彼女たちは微笑み返し、僕の周りを囲むようにして歩き始める。
こうして、僕たちの歪なパーティーの行軍が再び始まった。
最初の街までは、あともう少しの距離だ。
だが、その道中で僕たちは異世界の洗礼を受けることになった。
鬱蒼とした森の出口付近で、鋭い牙を持つ狼型の魔物たちが群れを成して襲いかかってきたのだ。
数は十匹以上、凶暴な唸り声を上げて僕たちを取り囲む。
「クソッ、雑魚が群れやがって!」
「俺の聖剣の錆にしてやるぜ!」
豪が聖剣を抜き放ち、魔物の群れへと突っ込んでいく。
一郎も身体強化のスキルを使って後に続く。
だが、彼らの動きは明らかに精彩を欠いていた。
何日も風呂に入らず、冷たい泥水と硬い干し肉だけの生活で、二人の体力と精神力はすでに限界に近かったのだ。
豪の剣の振りは遅く、魔物に簡単にかわされてしまう。
一郎も足元がふらつき、魔物の爪を避けるのが精一杯だった。
「ハァ、ハァ……なんだよこいつら、素早すぎるだろ!」
疲労困憊で息を上げる豪たちを見て、僕は静かに戦況を見つめていた。
一方で、女性陣の動きは全く違った。
「どいてなさい、豪くん!」
「わたくしたちがやりますわ!」
沙織が後方から神聖な光の魔法を放ち、魔物たちの目を眩ませる。
その隙を突いて、剣聖の結衣が風のように飛び出した。
「シッ!」
鋭い裂帛の気合いと共に、結衣の刀が閃く。
彼女の太刀筋は迷いがなく、魔物たちを次々と一刀両断にしていった。
忍者の霞も影から影へと移動し、的確に魔物の急所を突いていく。
そして由美さんが後方から氷の魔法で敵の足を止め、完璧な連携で群れを制圧していったのだ。
彼女たちの動きがこれほどまでにキレているのには理由がある。
昨夜、僕が【万物配送】で提供した温かいシャワーと、清潔なタオル。
そして、美味しいミネラルウォーターと甘い菓子パン、高級な缶詰による完璧な栄養補給。
由美さんに至っては、タブレットによる娯楽で精神的なストレスも完全にリフレッシュされていた。
圧倒的な環境の差が、そのまま戦力比の逆転となって表れていたのだ。
「す、すげえ……。」
一郎が呆然と呟く。
魔物たちはあっという間に討伐され、森には静寂が戻った。
へとへとになって地面に座り込む豪と一郎の姿は、とても勇者には見えなかった。
一方で、息一つ乱していない結衣や霞が、僕の元へと笑顔で駆け寄ってくる。
「海斗くんのおかげで、体がすごく軽かったわ。」
「今日の夜も、美味しいご飯期待してるね。」
結衣が僕の背中をポンポンと叩く。
沙織と由美さんも、僕を取り巻くようにして優しく微笑んでいる。
勇者であるはずの豪は完全に蚊帳の外に置かれ、そのプライドは音を立てて崩れ去っていた。
彼は泥だらけの拳を強く握りしめ、悔しそうに地面を叩くことしかできなかった。
「……見えたわ。」
「あそこが始まりの街よ。」
霞が前方を指差して声を上げた。
森を抜けた先に、石造りの防壁に囲まれた街の姿がはっきりと見えてきた。
僕たちの異世界での最初の目的地だ。
そこには、僕の【万物配送】と【EP】のシステムをさらに輝かせる、新たな出会いと可能性が待っているはずだった。
運送業者としての僕の本当の戦いは、ここから始まるのだ。




