第二十九話 ゲームの魔力と勇者の帰還、そして始まる大改造
僕がキャンピングカーのリビングに設置された巨大なモニターの電源を入れると、ヘルヴィが不思議そうに首を傾げた。
「これは動く絵か。」
「ゲームだよ。」
僕は最新の据え置き型ゲーム機のコントローラーを彼女の小さな手に握らせた。
「……ゲーム。」
「お前が一人でやっていたチェスとは次元が違う最高の娯楽だ。」
僕は簡単な操作方法を教え、画面の中のキャラクターを動かしてみせた。
圧倒的なグラフィックと没入感に、ヘルヴィの赤い瞳が釘付けになる。
「……すごい。」
「余の指の動きに合わせて、画面の中の者が動いておる……。」
ヘルヴィの手が微かに震えていた。
退屈で死にそうだった数百年という空白を埋める、無限の娯楽がここにあるのだ。
彼女は無我夢中でコントローラーを操作し、次々と敵をなぎ倒していく。
「うおぉぉぉっ。」
「楽しい、楽しすぎるぞカイト。」
「ポテチをよこせ、コーラもじゃ。」
「余はもうこの画面の前から一生動かんぞ。」
完全に現代文明の虜となった魔王の姿がそこにあった。
由美やクロエも彼女の横に座り、オタク仲間として的確なアドバイスを送っている。
「そこはジャンプ攻撃よ、ヘルヴィ。」
「右から敵が来てるわ、回復アイテムを使って。」
「うむ、わかっておる。」
「……くはぁっ、最高じゃ。」
数時間が経過しても、ヘルヴィの熱狂は冷めるどころか加速する一方だった。
僕はゲーム画面から目を離さないヘルヴィに、一枚の羊皮紙を差し出した。
「ヘルヴィ、この生活をずっと続けるために一つだけ条件がある。」
「なんじゃ。」
「命でも宝でも、なんでもくれてやるぞ。」
「ここにサインしてくれ。」
僕が提示したのは、魔王軍の解散と人間界への不可侵を誓約する条約書だった。
ヘルヴィはコントローラーを片手に持ったまま、もう片方の手でペンを握り、ろくに中身も見ずに達筆なサインを書き殴った。
ついでにポテチの油の染みもついたが、魔王の正式な署名に間違いない。
「これでいいか。」
「余は今日限りで魔王を引退する。」
「世界征服など部下が勝手に言っておっただけじゃしな。」
「これからはカイトの嫁として、一生ここでゲームをして暮らすのじゃ。」
ヘルヴィは僕の腰に抱きつき、ポテチのついた唇で僕の頬にキスをした。
最強の魔王は、こうしてあっさりと僕の軍門に降ったのだ。
僕はヘルヴィがサインした条約書を手に取り、リビングの隅で固まっていた男へと歩み寄った。
「ほらよ、豪。」
「お前に最後の仕事をやる。」
僕が羊皮紙を放り投げると、豪は慌ててそれを受け取った。
「こ、これは……。」
「魔王討伐の完了報告書と、不可侵条約のサインだ。」
「お前はそれを王都に届けてこい。」
「凱旋パレードでも何でも、好きにやればいいさ。」
僕の言葉に、豪は信じられないものを見るような目を向けた。
「い、いいのか。」
「俺が倒したことにしていいのか。」
「ああ。」
「僕たちは名声なんていらない。」
「面倒な王宮のしきたりや貴族の付き合いなんて御免だからな。」
英雄の称号や王族からの褒美など、僕の【万物配送】が生み出す無限の物資と、この最高のハーレムに比べれば何の価値もない。
「……そ、そうか。」
「そうだよな。」
「やっぱり俺が勇者だもんな。」
豪の顔に生気が戻り、彼は羊皮紙を宝物のように抱きしめた。
「へっ、わかったぜ。」
「俺が王様に報告してやるよ。」
「お前らはせいぜいこの薄暗い城で遊んでな。」
豪は精一杯の虚勢を張り、キャンピングカーの出口へと向かった。
だが、その背中はひどく小さく見えた。
彼は分かっているのだ。
自分が手に入れたのは嘘の栄光だけであり、本当に価値のある信頼できる仲間や愛してくれる女性たちは、全て僕が持っているということを。
「……じゃあな、由美、沙織。」
去り際に豪は未練がましくヒロインたちを振り返った。
だが、由美は僕の肩を揉んでくれており、沙織は僕に温かいお茶を淹れるのに夢中だった。
誰も豪のことなど見ていなかった。
「……ちくしょう。」
豪は小さく呟き、重い足取りで外へと出て行った。
一郎も彼に続き、勇者一行は誰もいない荒野へと帰還していった。
これで初期からの因縁も、完全に終わったのだ。
豪たちの気配が完全に消えたことを確認し、僕は大きく伸びをした。
「さて、邪魔者もいなくなったし始めるか。」
「始めるって、何をじゃ。」
ヘルヴィがゲームのロード画面の合間に首を傾げる。
僕は立ち上がり、キャンピングカーの外へ出て、薄暗く埃っぽい玉座の間を見渡した。
ヒロインたちも僕の後について外に出てくる。
「僕たちは王都には戻らない。」
「この広大な魔王城を、僕たちのための最高のリゾートにするんだ。」
僕が声高らかに宣言すると、ヒロインたちから一斉に歓声が上がった。
「賛成ですわ。」
「まずはこのカビ臭い空気をなんとかしたいです。」
沙織が鼻を押さえながら言う。
「……通信環境の整備を希望するわ。」
「魔王城の奥深くでもネットが繋がらないと不便よ。」
由美がタブレットを掲げて要求する。
「水回りを頼む。」
「エステルームや大きな風呂も欲しいのじゃ。」
イグニシアとセラフィナが美を追求する。
「アタシはふかふかのベッドとキャットタワーが欲しいにゃ。」
ショコラが僕の腕に抱きついておねだりしてきた。
「任せておけ。」
「僕のスキルに不可能はない。」
僕は莫大な数値が貯まっている【EP】を確認し、虚空に操作ウィンドウを展開した。
「リフォームの開始だ。」
「こんなジメジメした陰気な城じゃ、最高の生活なんて送れないからな。」
僕の指が空中のパネルで踊る。
まずは空気の入れ替えだ。
【EP】を消費し、現代の業務用大型空気清浄機を五十台ほど城のあちこちに配置した。
さらに最高級のアロマディフューザーを複数展開する。
シュォォォォという稼働音と共に、数百年澱んでいた魔王城の瘴気とカビ臭さが一瞬で浄化されていく。
代わりに爽やかなシトラスとラベンダーの香りが充満した。
「次は床だ。」
「石畳なんて冷たくて歩けないだろ。」
僕は最高級の無垢材を使用したフローリングパネルと、超特大サイズのペルシャ絨毯を取り寄せた。
由美が魔法で床を平らに均し、その上に僕が床暖房ユニット付きのパネルを敷き詰めていく。
電源は城の地下にある巨大な魔力炉を電力に変換するジェネレーターを自作して接続した。
「スイッチ、オン。」
僕が起動ボタンを押すと、冷え切っていた石床がポカポカと温かい天国のような空間へと変わった。
「……あったかいにゃあぁぁぁ。」
ショコラが一番にフローリングに寝転がり、喉をゴロゴロと鳴らす。
ヘルヴィもゲーム機を抱えたまま、ドレス姿でゴロゴロと転がり始めた。
「なんじゃこれは。」
「背中が温かいぞ。」
「これなら冬眠できるではないか。」
「ダメ人間製造機ですわね。」
「でも、最高に気持ちいいですわ……。」
沙織も行儀悪く座り込み、その温もりに頬を緩めている。
殺風景だった玉座の間の壁には、超大型の有機ELテレビと最新のサラウンドシステムを設置した。
禍々しい髑髏の照明は全て撤去し、調光機能付きのLEDシャンデリアに交換する。
さらには人間を駄目にする巨大なビーズクッションを大量に配置した。
かつて魔王が君臨した恐怖の間は、わずか数時間で現代日本でもあり得ないほどの、超高級タワーマンションのリビングへと変貌を遂げたのだ。
だが、僕の物流チートによる異世界リゾート開発は、まだ始まったばかりだった。
女性陣から強い要望のあった「水回り」の極上空間を作るため、僕は次なる設計図を頭に描き始めていた。




