第二十八話 魅惑のコンソメパンチと、魔王大改造計画
「……見せてみよ。」
ヘルヴィが尊大に言い放つ。
僕は微笑み、黄金色に輝くパッケージを取り出した。
「後悔するなよ。」
「これが異界の神食、ポテトチップスだ。」
僕はパッケージの両端を掴み、勢いよく左右に引っ張った。
パンッという小気味よい音が、静まり返った玉座の間に響き渡る。
同時に、袋の中に封じ込められていた強烈な香りが解放された。
揚げたジャガイモの香ばしさと、肉や野菜の旨味が凝縮されたスパイシーな香りだ。
「ッ……。」
ヘルヴィの赤い瞳が極限まで見開かれた。
鼻がピクピクと痙攣し、彼女の視線は袋の中身に完全に釘付けになっている。
「な、なんじゃ。」
「なんじゃその、暴力的で芳しい香りは。」
「毒見してやるよ。」
僕はポテトチップスを一枚つまみ、自分の口に放り込んだ。
パリッ、サクッという咀嚼音が響く。
「ほら、食ってみな。」
僕が袋を差し出すと、ヘルヴィは警戒しながらも恐る恐る指を伸ばした。
薄くて脆いチップスをつまみ出し、小さな唇へと運ぶ。
パリッ。
「……っ。」
ヘルヴィの動きが完全に停止した。
舌の上に広がる、複雑怪奇な旨味の爆発。
塩気、甘み、酸味、そして油の深いコクが、干からびたトカゲしか知らない彼女の脳髄を直接殴りつけたのだ。
「う、うまいッ。」
「なんじゃこれはぁぁッ。」
ヘルヴィが玉座の上で絶叫した。
魔王の威厳など完全に消え去り、彼女は袋に手を入れて次々とチップスを貪り食い始めた。
「パリッ、ボリッ、美味い、美味すぎるぞ。」
「トカゲとは次元が違う、これは魔法の粉か。」
口の周りに粉をつけながら一心不乱に食べる姿は、完全に餌付けされた小動物だ。
「喉、乾くだろ。」
僕はすかさず【EP】を消費し、【万物配送】で次のアイテムを取り出した。
キンキンに冷えて結露した、アルコール度数の高い缶チューハイだ。
氷結したレモンの爽やかなイラストが描かれている。
プシュッ。
炭酸が弾ける音と共に、柑橘系の爽やかな香りが漂った。
「ぬ、ぬぅ……よこせ。」
ヘルヴィは僕の手から缶をひったくり、豪快に呷った。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
「ぷはぁぁぁぁぁッ。」
ヘルヴィは空になった缶を握り潰し、恍惚の表情で天井を仰いだ。
「かぁぁぁッ、喉が弾けるぅッ。」
「なんじゃこの水は、痛いのに気持ちいいぞ。」
「それに、すごく良い気分になってきたのじゃ。」
度数の高いアルコールと炭酸の刺激が、乾燥した喉と胃袋を強烈に刺激する。
彼女の白い肌が一瞬でほんのりと桜色に染まり、トロンとした目で僕を見つめてきた。
そこにはもう、敵意など微塵も存在しない。
「……カイトと言ったな。」
「もっとないのか、そのポテチとシュワシュワする酒は。」
ヘルヴィが玉座から転げ降り、僕の服の裾をギュッと掴んで上目遣いで懇願してくる。
「いくらでもあるよ。」
「僕のスキルがあれば、一生尽きることなく食べさせてやれる。」
「なっ……一生じゃと。」
ヘルヴィはその場で平伏し、僕の足にすがりついてきた。
「カイトよ、そちを魔王軍最高幹部に任命する。」
「ゆえに一生余を養え、飼ってくれぇぇッ。」
あっという間の完全降伏だった。
背後では勇者である豪がぽかんと口を開けて、その光景を呆然と見つめている。
「ま、いいけどさ。」
「それじゃあ、僕たちのキャンピングカーに行こうか。」
僕が歩き出すと、ヘルヴィは犬のように尻尾を振ってついてこようとした。
だが、その時だった。
「ちょっと待ちなさい。」
「ストップですわ、魔王様。」
背後から冷ややかな声が響き、ヒロインたちが立ち塞がった。
沙織と由美が腕を組み、セラフィナと結衣が厳しい視線を向けている。
霞とショコラが素早く背後に回り込み、ヘルヴィの退路を断った。
「な、なんじゃお主ら。」
ヘルヴィが怯えて後ずさる。
「海斗くんのキャンピングカーは、わたくしたちの神聖な居住空間ですのよ。」
「そんな不潔な状態で立ち入ることなど許可できませんわ。」
沙織がズバッと言い放った。
「分析完了。」
「……数百年入浴していない獣の臭いと、重度の皮脂汚れを確認。」
由美が眼鏡を光らせながら無慈悲な結果を告げる。
「エルフとして、その死滅したキューティクルは見過ごせぬ。」
「アタシより獣臭いにゃ。」
セラフィナとショコラも容赦なく追い打ちをかける。
「な、なんじゃと。」
「余は風呂など入らんぞ、面倒くさい。」
「水は嫌いなのじゃぁぁッ。」
逃げようとするヘルヴィを、四天王であったカルミアとリリス、クロエ、そしてイグニシアまでもが取り押さえた。
「諦めなさい、魔王様。」
「現代の美容チートを舐めてはいけないわ。」
そのままヘルヴィは、ヒロインたちの手によってキャンピングカーの広々としたバスルームへと引きずり込まれていった。
「ひゃうッ。」
「そ、そこは羽の付け根じゃ、敏感なんじゃ。」
「洗うな、やめろぉぉッ。」
バスルームの扉の向こうから、ヘルヴィの情けない悲鳴と水音が響いてくる。
僕はリビングのソファに腰を下ろし、【EP】を使って新しいアイテムを注文した。
「大人しくしてくださいませ。」
「こんなに垢が溜まって……専用のボディスクラブで磨き上げますわよ。」
「んギッ。」
「尻尾を引っ張るなぁッ。」
「変な感じになるぅッ。」
沙織や由美たちの容赦ない美容エステが繰り広げられているようだ。
僕はその間に、最高級のシルクと現代の縫製技術で作られた、美しいゴスロリドレスを取り寄せておいた。
数十分後。
バスルームの扉が開き、湯気と共にヒロインたちが出てきた。
「……うぅ、酷い目にあったのじゃ……。」
涙目で文句を言いながら現れた少女を見て、僕は思わず息を呑んだ。
ボサボサだった銀髪は、最新のトリートメントによって絹糸のようにサラサラになり、美しい天使の輪が輝いている。
薄汚れていた肌は一皮剥けたように白く透き通り、血色の良い薔薇色に輝いていた。
「海斗くん、お着替えも完了しましたわ。」
沙織が誇らしげに胸を張る。
ヘルヴィが身に纏っているのは、僕が取り寄せたばかりの真新しいゴスロリドレスだ。
黒い高級レースと赤いリボンが、彼女の白い肌と深紅の瞳を完璧に引き立てている。
「……どうじゃ。」
「変ではないか……。」
ヘルヴィがモジモジとスカートの裾を摘み、頬を赤らめて上目遣いで僕を見る。
さっきまでの干物女とは別人の、深窓の令嬢のような絶世の美少女がそこにいた。
「……すごく綺麗だ。」
「最高に似合っているよ。」
僕が素直に称賛すると、ヘルヴィはパァッと顔を輝かせた。
「そ、そうか。」
「えへへ、カイトが喜ぶなら、まあ風呂も悪くないかのぅ。」
彼女の満面の笑顔は、世界征服などよりも遥かに大きな破壊力を持っていた。
「綺麗になったところで、お楽しみの続きと行こうか。」
僕がキャンピングカーの冷蔵庫から新しいコーラを取り出すと、ヘルヴィの目がハートの形になった。
「おおっ、それじゃ。」
「早くよこすのじゃ。」
だが、僕は彼女に缶を渡す前に、リビングの巨大なモニターの電源を入れた。
現代の最高峰のエンターテインメントである最新ゲームの世界が、彼女の網膜に焼き付けられることになる。
魔王ヘルヴィが完全に僕の虜になるまで、あと数秒のカウントダウンが始まろうとしていた。




