第二十一話 分断の迷宮と、電脳ハッカー賢者のオタク論破
クロエが指を鳴らした瞬間、王の間の床が幾何学的な光を放って崩落した。
「きゃああっ。」
結衣や沙織たちの悲鳴が響き渡る。
「みんなっ!」
僕が手を伸ばそうとしたが、床に巨大な亀裂が走り、パーティーは完全に二手に分断されてしまった。
僕のすぐ隣にいた由美だけが、僕の腕の中に飛び込んでくる。
「海斗、危ないわ!」
僕たちはそのまま崩れ落ちる床と共に、真っ暗な奈落へと滑り落ちていった。
背中を強打する前に、僕は【EP】を消費して【万物配送】を発動した。
空中に展開した巨大なエアクッションが、僕と由美の落下の衝撃を完全に吸収してくれる。
「……助かったわ。」
由美が僕の胸から顔を上げ、分厚い眼鏡の位置を直した。
周囲を見渡すと、そこは冷たい金属と魔力石で覆われた密室だった。
部屋の四隅には不気味な彫像が置かれ、壁には巨大な魔法鏡が設置されている。
『ふふふ、見事な落ちっぷりね。』
突然、壁の魔法鏡が明滅し、クロエの顔がモニターのように映し出された。
『ここは私が特別に設計した処刑部屋よ。』
『あなたたち二人は、ここでジワジワと迫り来る絶望を味わいながら死ぬの。』
クロエが冷酷な笑みを浮かべると、部屋の四隅の彫像からギギギと不快な機械音が鳴り始めた。
彫像の口から鋭い刃が飛び出し、部屋の中心に向かってゆっくりと動き出す。
完全に逃げ場のない、古典的かつ絶望的なデスゲームの始まりだ。
「……悪趣味な仕掛けね。」
由美は焦るどころか、どこか呆れたようなため息をついた。
「海斗、さっきのPCを出して。」
「わかった。」
僕は由美の指示通り、【万物配送】で最新のゲーミングPCと大容量ポータブル電源を取り出す。
暗い石室の中に、七色に発光するゲーミングデバイスが並ぶ光景はひどくシュールだ。
さらに由美の要求に応え、魔力波を電子信号に変換する特殊な解析デバイスも取り寄せた。
由美は迷うことなくPCを起動し、壁の魔法回路にデバイスを接続する。
「ファンタジー世界のカラクリなんて、要は物理法則と魔力伝導のアルゴリズムよ。」
「私にかかれば、こんなものただのパズルゲームと同じだわ。」
由美の指が、キーボードの上で目にも留まらぬ速さで踊り始める。
画面には緑色のコードが滝のように流れ、迷宮のトラップ制御システムが次々と丸裸にされていった。
『な、何をしているの。』
『そんな奇妙な箱で、私の完璧な罠をどうにかできるとでも思っているの。』
魔法鏡の向こうで、クロエがわずかに焦りの色を見せた。
「完璧な罠、ねえ。」
由美はタイピングの手を止めず、鼻で笑った。
「この迫り来る刃の速度と、部屋の構造、どこかで見たことがあると思ったら……。」
「これ、大昔のレトロゲームである『迷宮探索RPG』のステージ4のボス部屋の丸パクリじゃない。」
『……なっ。』
クロエの表情が完全に凍りついた。
「それだけじゃないわ。」
「この魔法鏡のマルチモニター構成と、赤と黒を基調としたインターフェース。」
「どう見ても、深夜ロボットアニメの司令室を意識してるわよね。」
由美は容赦なく、クロエのトラップに隠された真実を暴いていく。
異世界召喚された勇者が持ち込んだ本でも読んだのだろうか。
魔王軍の幹部が現代のサブカルチャーに精通しているという事実に、僕はただ唖然とするしかなかった。
『ち、違うわ。』
『これは私が独自の美学で構築した、至高の芸術作品よ。』
クロエの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「言い逃れは無駄よ。」
「この魔力回路のパスワード、あのアニメのヒロインの誕生日になってるじゃない。」
「設定が甘すぎるわよ、この隠れオタク。」
由美がエンターキーをターンと強く叩き込んだ。
その瞬間、部屋に迫っていた彫像の刃がピタリと停止し、魔法鏡のモニターがエラーの文字で埋め尽くされた。
『ああっ、私のこだわりのシステムが。』
『パスワードまでバレるなんて、そんなのあり得ないわ。』
クロエが魔法鏡の向こうで頭を抱え、床に転げ回っているのが見える。
冷徹な四天王の面影はどこへやら、完全に自分の趣味を暴露されて羞恥に悶えるただのオタク少女だ。
「ふん、オタクならもっとセキュリティ設定を複雑にしなさいよね。」
由美は腕を組み、ドヤ顔で魔法鏡を見つめ返した。
「私という真のゲーマー兼ハッカーを敵に回したのが運の尽きよ。」
「さあ、次はどんな中二病全開の罠を見せてくれるのかしら。」
由美の挑発に、クロエは涙目で魔法鏡を睨み返してきた。
『ば、馬鹿にしないでよ。』
『私のコレクションルームの真の恐ろしさを、その目に焼き付けてあげるんだから。』
クロエが泣き叫びながら通信を切ると、閉ざされていた部屋の扉が重々しい音を立てて開いた。
オタク同士のプライドを懸けた、前代未聞の電脳迷宮バトルは、まだ始まったばかりだった。




