第二十話 アナログ迷宮の脅威と、第三の四天王見参
北の大陸へと続く唯一の道は、巨大な古代遺跡の地下を貫く広大なダンジョンだった。
僕たちはキャンピングカーの前に立ち、その禍々しい入り口を見上げていた。
中から吹き出してくるのは、カビと古い土の匂いが混ざった冷たい空気だ。
入り口のアーチは崩れかけており、どう見てもキャンピングカーの巨体が入るようなスペースはない。
僕はステータスウィンドウを開き、キャンピングカーをインベントリへと収納した。
僕の【万物配送】のスキルによって生み出されたアイテムだからこそ、こうして自由に収納と展開ができるのだ。
豪華な移動拠点に名残惜しそうな顔をするカルミアとリリスをなだめ、僕たちは徒歩で薄暗い迷宮へと足を踏み入れた。
「ここからは私の出番ね。」
忍者の装束に身を包んだ霞が、頼もしく前に出た。
「この遺跡、かなり厄介な仕掛けが張り巡らされているみたい。」
霞は壁のわずかな変色や、床の石畳の不自然な隙間を鋭い観察眼で見抜いていく。
魔王軍が支配していると聞いていたから、もっと禍々しい魔法の罠を想像していた。
だが、実際に僕たちを待ち受けていたのは、極めて物理的でアナログな罠の数々だった。
踏めば毒矢が飛び出す感圧式の床や、見えない極細の鋼線に触れると天井から巨大な鉄球が落ちてくる仕掛けなど、コテコテだが確実に命を刈り取る悪意に満ちている。
「霞、これを着けてみて。」
僕は【EP】を消費し、現代の暗視ゴーグルとレーザー式の赤外線センサーを取り寄せた。
霞はそれを素早く装着し、暗闇の中に隠された細い糸や、床のわずかな段差を完璧に可視化していく。
「すごいわ、これならどんな巧妙な罠でも丸見えよ。」
霞の斥候としての能力と現代の探知グッズが組み合わさり、僕たちは驚異的なスピードで迷宮を進んでいった。
だが、迷宮の奥深くに進むにつれて、罠の構造はより複雑で狡猾なものへと変貌していった。
巨大な広間に出た途端、背後の扉が重い石の摩擦音を立てて完全に閉ざされてしまう。
「閉じ込められたみたいね。」
由美が冷静な声で状況を分析する。
同時に、広間の壁の無数の穴から、シューッという不気味な音と共に紫色の毒ガスが噴出し始めた。
「ゴホッ、これはかなり強力な毒だわ。」
沙織がすぐに浄化の魔法を展開するが、ガスの噴出量が多すぎて防ぎきれない。
僕はすぐさま【万物配送】を発動し、軍用の高性能防毒マスクを人数分取り寄せた。
全員が防毒マスクを被り、なんとか毒の脅威から逃れることができた。
しかし、仕掛けはそれだけでは終わらなかった。
ガガガガッという轟音と共に、左右の壁が迫り出し、僕たちを押し潰そうと動き始めたのだ。
「このままじゃペシャンコになっちゃうニャ!」
ショコラがパニックを起こして壁を爪で引っ掻くが、分厚い石の壁はびくともしない。
「由美、お願いできるかな。」
僕は由美を振り返り、彼女の前に大容量のポータブル電源と最新のゲーミングPCを展開した。
「任せて。」
由美は防毒マスク越しにニヤリと笑い、即座にキーボードを叩き始めた。
壁の動きは魔法によるものではなく、床下に張り巡らされた巨大な歯車と水圧を利用したアナログな機構だった。
由美は僕が取り寄せた超音波探傷器や地中レーダーなどの最新デバイスをPCに接続する。
「アナログな仕掛けなら、物理的な弱点が必ずあるわ。」
由美の高速タイピングによって、迷宮の地下構造がPCのモニターに3Dマッピングされていく。
ファンタジー世界の古典的な罠に対し、現代のデジタル技術とオタク的な解析力が牙を剥く。
「見つけたわ、右の壁の三メートル先、あそこがメインの動力ギアよ。」
由美の指示を受け、僕は【EP】で工業用の電動コンクリートカッターと油圧式ジャッキを取り出した。
結衣がカッターを受け取り、凄まじい剣気と共に壁の一点に刃を突き立てる。
分厚い石壁が粉砕され、中から巨大な歯車が姿を現した。
そこに僕が油圧ジャッキを噛ませて強制的にギアの回転を止めると、迫り来る壁は不快な軋み音を立ててピタリと停止した。
「ふう、間一髪だったな。」
僕が額の汗を拭うと、由美が満足げにPCを閉じた。
「どんな狡猾な罠でも、私の解析能力と海斗の物資があれば恐るに足らないわ。」
由美の誇らしげな言葉に、僕たち全員が深く頷いた。
ピンチの連続だったが、霞の俊敏な動きと由美のデジタルチート、そして僕のスキルによる物量作戦が完全に噛み合っている。
僕たちは再び立ち上がり、迷宮の最深部へと通じる巨大な扉を押し開けた。
扉の先には、青白い水晶の光に照らされた広大な王の間が広がっていた。
パチパチパチ、と乾いた拍手の音が静寂な空間に響き渡る。
「まさか、私が丹精込めて設計したカラクリ迷宮を、そんな得体の知れない箱で突破してくるなんてね。」
玉座のような高い位置から見下ろしていたのは、褐色肌に銀色の髪をなびかせたダークエルフの美女だった。
彼女はタイトな黒いボディスーツに身を包み、手には複雑な図面のような羊皮紙を握っている。
「ようこそ人間の虫ケラども。」
「私が魔王軍四天王の一人、影縛のクロエよ。」
クロエと名乗った彼女の放つ威圧感は、これまでに戦ったどの魔族よりも冷たく、そして理知的だった。
「クロエ……!」
僕の後ろに隠れていたリリスとカルミアが、驚きの声を上げて前に出た。
「あら、カルミアにリリスじゃない。」
「どうして人間の後ろに隠れているの。」
クロエは氷のような視線を双子のサキュバスに向けた。
「まさかあなたたち、誇り高き四天王でありながら、人間に屈したというの!?」
クロエの怒気を含んだ声に、カルミアとリリスはビクッと肩を震わせた。
「ち、違うのよクロエ。」
「海斗のご飯が美味しすぎて、お風呂が気持ちよすぎて、つい……。」
リリスが言い訳をしようとするが、クロエの軽蔑の眼差しは変わらない。
「堕落したわね、サキュバスの恥よ。」
「あなたたちもまとめて、私の新しい罠の実験材料にしてあげるわ。」
クロエが指を鳴らすと、王の間の床全体が幾何学的な模様を描きながら発光し始めた。
これまでの物理的な罠とは次元の違う、魔力とカラクリが融合した最悪の仕掛けが起動しようとしている。
僕たちは一斉に武器を構え、新たなる死闘の幕開けに備えるのだった。




