第十八話 防音デバイスと魅惑のスイーツ、双子のサキュバス攻略戦
獣人国の王都に突如としてけたたましい警鐘が鳴り響いた。
空を覆うような巨大な蝙蝠の羽ばたきと共に、ドス黒い魔力が街の上空を包み込んでいく。
「愚かな獣人ども、私の可愛い妹をどこへやったの。」
空から見下ろすように姿を現したのは、露出度の高い黒いレザー衣装に身を包んだ妖艶なサキュバスだった。
魔王軍の第二の四天王であり、リリスの姉貴分でもあるカルミアだ。
彼女の放つ圧倒的な魔力と殺気に、広場に集まっていた獣人の戦士たちが次々と武器を構える。
「魔王軍の幹部か。」
「我らの国を救ってくださった海斗様には、指一本触れさせないニャ。」
ショコラが先頭に立ち、鋭い爪を構えてカルミアを威嚇した。
「ふふっ、元気のいい子猫ちゃんね。」
「でも、サキュバスの恐ろしさを全く分かっていないようね。」
カルミアは空中で優雅にターンを決めると、投げキッスをするように口元に手を当てた。
「聞きなさい、愛の奴隷たち。」
「私の声にひれ伏し、同士討ちの宴を始めなさい。」
彼女の口から紡がれたのは、ピンク色の波紋を伴う強力な魅了の音波魔法だった。
その甘く淫靡な歌声が耳に届いた瞬間、前衛にいた獣人の戦士たちの目が虚ろになり、仲間へと武器を向けようとする。
「な、なんだこれ……体が勝手に……。」
どうやら彼女の魔法は聴覚から直接脳髄に干渉し、理性を破壊して傀儡にする恐ろしい代物らしい。
「海斗くん、このままでは皆さんが操られてしまいますわ。」
沙織が焦った声で杖を構えるが、僕は全く動じていなかった。
「大丈夫だよ、沙織。」
「音で操る魔法なら、物理的に音を遮断してしまえばいいだけの話さ。」
僕はすでに大量に蓄積されている【EP】を消費し、【万物配送】のウィンドウを展開した。
光の粒子と共に僕の手の中に現れたのは、現代の最新テクノロジーが詰まった複数の黒いイヤーマフだ。
「結衣、霞、これをみんなの耳に装着して。」
僕が手渡したのは、工事現場や航空機などで使われる強力なノイズキャンセリングヘッドホンだった。
外部からの特定の周波数を逆位相の音波で打ち消し、完全な無音空間を作り出す科学の結晶である。
結衣と霞が素早くヘッドホンを獣人の戦士たちや女性陣の耳に被せていく。
「……あれっ。」
「頭の中のモヤモヤが一瞬で消えたニャ。」
ショコラが不思議そうに猫耳をピクピクと動かしている。
魅了の音波が最新デバイスによって完全に無効化され、カルミアの歌声はただの無音の口パクへと成り下がってしまったのだ。
「えっ……嘘でしょ。」
「なんで私の絶対魅了魔法が効かないのよ。」
カルミアが空中でパニックに陥り、何度も投げキッスを繰り返している。
「科学の進歩を知らない魔族には、少し難しかったかな。」
「さあ、お遊びは終わりだ。」
僕は再び【万物配送】を発動し、対空用のネットランチャーを空に向けて構えた。
「捕獲ネット、発射。」
圧縮ガスの炸裂音と共に、特殊なアラミド繊維で編まれた強靭な網が空へと射出された。
「きゃああっ。」
魔法を無効化されて油断していたカルミアは、避ける間もなく網に絡め取られ、重力に逆らえず地面へと墜落した。
仕上げに高電圧のスタンガンを網越しに軽く当てると、彼女はビクンと身体を跳ねさせてあっさりと気絶してしまったのだ。
かつて勇者である豪を手も足も出さずに蹂躙した魔王軍の幹部は、現代の科学兵器の前に一切の傷を負うことなく無力化された。
数十分後、場所は変わってキャンピングカーのリビングスペースだ。
「んんっ……ここは……。」
「まさか、恐ろしい拷問部屋……。」
カルミアが目を覚ますと、彼女はふかふかの革張りソファの上に寝かされていた。
拘束はされているものの、痛みはなく、むしろ空調の効いた快適な室温に戸惑っているようだ。
「お姉様、気がついた?」
彼女の視線の先には、フリルのついた可愛いピンク色のワンピースを着たリリスが立っていた。
しかもリリスの手には、色鮮やかなフルーツがたっぷり乗ったショートケーキの皿が握られている。
「リ、リリス……無事だったのね。」
「でも、そのフリフリの服はどうしたのよ。」
「それに、あなたが食べているその甘そうな匂いの塊はいったい何なの。」
カルミアは妹の無残な拷問姿を想像していたらしく、あまりにも平和でメルヘンな光景に完全に思考が停止している。
「これね、海斗が作ってくれたケーキっていう究極の食べ物なのよ。」
「魔王軍の干し肉なんて、もう二度と食べられないわ。」
リリスが幸せそうにイチゴを頬張る姿を見て、カルミアの喉がゴクリと鳴った。
「さあ、お姉ちゃんも食べてみる。」
僕が拘束を解いてやり、カルミアの前に最高級のモンブランと温かいダージリンティーを差し出した。
「ふ、ふんっ。」
「私を甘いお菓子で手懐けようったって、そうはいかないわよ。」
「私は誇り高き四天王なんだから……。」
カルミアはツンとそっぽを向いたが、栗と生クリームの暴力的なまでの甘い香りが彼女の鼻腔を直撃した。
サキュバスの血が本能的に甘いものを求めているのか、彼女の口からはタラリとヨダレが垂れている。
「……ど、毒見くらいはしてあげてもいいわよ。」
カルミアは震える手でフォークを握り、モンブランを一口すくって口へと運んだ。
その瞬間、彼女の赤い瞳が極限まで見開かれ、背中の羽がピンと直立した。
「な、ななな、なんなのよこれぇぇぇっ。」
「口の中で甘さが爆発して、栗の風味が脳髄をトロトロに溶かしていくわ。」
「こんな麻薬みたいな食べ物、魔界のどこを探してもないわよ。」
カルミアはフォークを持つ手を止められず、猛然とモンブランを貪り食い始めた。
「美味しい、美味しすぎるわ。」
「お姉様、こっちのチョコレートパフェも最高よ。」
「本当ねリリス、私この人間の乗り物からもう降りたくないわ。」
姉妹揃ってスイーツの前に完全に陥落し、四天王としての威厳はケーキのカスと共に消え去った。
「美味しいものを食べた後は、お肌のケアも必要ですよね。」
沙織が優しく微笑みながら、現代の高級ボディバターと最新のリップグロスをテーブルに並べた。
「わたくしたちと一緒に、もっと綺麗になりませんこと。」
沙織の透き通るような白い肌を見たカルミアは、もう完全に抵抗の意思を失っていた。
「な、なるわ。」
「私、そのキラキラしたやつ塗ってみたいわ。」
数分後、そこには可愛い服を着せられ、良い香りのする化粧品でピカピカに磨き上げられた双子のサキュバスが誕生していた。
「海斗様、私たち姉妹で一生あなたに尽くしますわ。」
「だから、明日はクレープっていうのを食べさせてちょうだいね。」
カルミアはすっかり僕に懐き、リリスと一緒に僕の両腕にすり寄ってくる。
僕の【万物配送】によってもたらされる圧倒的な文明の恩恵は、強敵すらも一瞬にして甘えん坊のチョロインへと変えてしまうのだ。
最強の防衛システムと魔王城への優秀な案内役を手に入れた僕たちは、いよいよ最後の決戦の地へ向けて出発する準備を整えた。
双子のサキュバスという新たな家族を乗せたキャンピングカーは、世界最大の物流国家の夢を乗せて、魔王の待つ荒野へと走り出すのだった。




