第十五話 医療と食のダブル配送、忍者の暗躍と猫獣人の涙
ショコラの案内により、キャンピングカーは獣人国の首都へと足を踏み入れた。
堅牢な城壁を抜けた先に広がっていたのは、活気あふれる街並みではなく、地獄のような惨状だった。
石畳の道のあちこちに毛皮を纏った獣人たちが倒れ伏している。
彼らの体は異常な高熱で赤く腫れ上がり、呼吸は浅く苦しげだ。
さらに街全体から漂うのは、長引く食糧難による飢餓と絶望の空気だった。
「これがアタシの国ニャ……。」
「みんな、病気と腹ペコで死にかけてるニャ……。」
ショコラが窓に張り付き、涙目で外の光景を見つめている。
沙織がすぐさまキャンピングカーを飛び出し、倒れている獣人の子供に治癒魔法をかけ始めた。
淡い光が子供を包み込むが、沙織の顔色はすぐに曇ってしまった。
「海斗くん、駄目ですわ。」
「魔法で一時的に症状を抑えても、体力が尽きているせいで根本的な回復になりませんの。」
「それに、この街の広さではわたくしの魔力が先に底をついてしまいますわ。」
沙織の言う通り、数万人が暮らす首都のパンデミックを個人の魔法で解決するのは不可能に近い。
だが、僕には圧倒的な物量で世界を塗り替える魔法がある。
僕はキャンピングカーの外部スピーカーを起動し、広場に集まってきた動ける獣人たちに向けて声を張り上げた。
「これより、人間による緊急医療と食料配給を開始します。」
「皆さん、安心して指示に従ってください。」
僕は貯まりに貯まっていた【EP】を一気に解放し、【万物配送】のウィンドウを展開した。
光の粒子が広場を包み込み、現代の巨大な医療用テントが次々と組み上がっていく。
中には最新の総合感冒薬、抗生物質、解熱剤、そして栄養補給のための点滴セットが山のように積み上げられている。
さらにその横には、自衛隊の野外炊具を思わせる巨大なガスコンロと巨大鍋を複数台設置した。
「結衣、由美さん、炊き出しの指揮をお願いできるかな。」
「栄養満点の豚汁と、お腹に優しいお粥をありったけ作ってほしいんだ。」
「任せてちょうだい。」
「この超火力なら、あっという間に街の全員分を作ってみせるわ。」
結衣がエプロンを締め直し、由美さんが魔法で大量の水を鍋に注ぎ込んでいく。
調理が始まると、豚肉と味噌の暴力的なまでに食欲をそそる匂いが街中に広がっていった。
それだけで、倒れていた獣人たちの何人かが鼻をヒクつかせて顔を上げたほどだ。
問題は、この広大な首都の隅々まで、薬と温かい食事をどうやって迅速に届けるかだった。
そこで名乗りを上げたのが、忍者の霞と、この街の地理に詳しいショコラだった。
「相田くん、配達の仕事なら私たちに任せて。」
「忍の身軽さと、この子の速さがあれば、どんな路地裏にだって一瞬で届けられるわ。」
霞が自信満々に笑い、ショコラも力強く頷いた。
僕は二人に魔法の保温バッグを大量に手渡し、配給部隊の特攻隊長に任命した。
「ショコラちゃん、私が建物の屋根伝いに最短ルートを確保するわ。」
「あなたは下で待っている人たちに、確実に薬とご飯を手渡してちょうだい。」
「わかったニャ、霞お姉ちゃん。」
「アタシの国のみんなを、絶対に助けてみせるニャ。」
霞が忍術の『縮地』を使って音もなく跳躍し、空中で次々と保温バッグを投下していく。
それをショコラが獣人特有の超スピードで受け止め、病気で動けない者たちの口元へと直接薬を運び、温かいお粥を飲ませていった。
二人の息の合った連携プレイは、まるで風と影が踊っているように美しく、そして迅速だった。
これぞまさに、究極のデリバリーサービスだ。
一方、僕のキャンピングカーの傍らでは、ちょっとしたコミカルな騒ぎが起きていた。
元魔王軍四天王のリリスが、自分の素性がバレるのを恐れて車の陰に隠れようとしていたのだ。
「どうしよう、私魔王軍の幹部だってバレたら、この獣人たちに八つ裂きにされちゃうわ……。」
リリスは頭を抱えてブルブルと震えていた。
だが、彼女が着ているのは僕が昨日用意したフリルたっぷりの可愛いピンクのワンピースだ。
その姿を見た警備隊の獣人の若者たちが、顔を赤らめて次々と彼女の周りに集まってきたのだ。
「あ、あの、そこの可愛いお嬢さん。」
「こんな危険なところで大丈夫ですか。」
「俺が案内しますよ。」
屈強な獣人たちにちやほやされ、リリスはきょとんとした表情を浮かべた。
そして、彼女はすぐに自分の置かれた状況を理解し、ニヤァッとサキュバスのような笑みを浮かべた。
「えっ、そ、そうかしら。」
「私、遠くから来て道に迷っちゃってぇ。」
「あなたみたいに強そうな人が守ってくれると嬉しいなっ。」
リリスはあっさりと魔王軍のプライドを投げ捨て、ぶりっ子全開で獣人たちを顎で使い始めた。
彼女は獣人たちに重い荷物を運ばせたり、配給の手伝いをさせたりと、まんざらでもない様子で現場監督を気取っている。
ポンコツな四天王は、いつの間にか僕たちの強力な労働力になっていた。
数時間が経過し、日が沈む頃には街の様子は一変していた。
現代の特効薬によって獣人たちの熱は下がり、温かい豚汁とお粥が彼らの胃袋と命を満たしたのだ。
あちこちで歓喜の涙が流れ、街中に笑顔と活気が戻っていく。
僕のステータスウィンドウには、数万人の獣人たちからの一斉の感謝が、これまでにないほどの莫大な【EP】となって嵐のように流れ込み続けていた。
メーターが振り切れんばかりのポイント残高を見て、僕は安堵の息を吐いた。
医療と食という人間の根幹を支える物流の力は、やはり無敵だ。
夜の帳が下り、一段落したキャンピングカーのリビングで僕はソファに深く腰を沈めた。
すると、タタタッと軽い足音が近づいてきて、僕の足元に小さな体が飛び込んできた。
ショコラだ。
彼女は僕の膝に顔を埋め、ボロボロと大粒の涙を流して泣きじゃくっていた。
「ご主人様……ご主人様ぁ……ッ。」
「本当に、本当にありがとうニャ……ッ。」
彼女の肩が激しく震え、首につけた銀の首輪がチリチリと悲しげで、しかし喜びに満ちた音を立てている。
「アタシの国が、みんなが死んじゃうと思って、すごく怖かったニャ。」
「でも、ご主人様が全部魔法みたいに治してくれたニャ……。」
僕は彼女の栗色の髪を優しく撫で、その猫耳の付け根を指でゆっくりと掻いてあげた。
「これで安心だね。」
「ショコラの国は、僕がずっと守ってあげるから。」
僕の言葉を聞いたショコラは、顔を上げてオッドアイの瞳で僕を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、かつての野良猫のような警戒心は微塵もなく、絶対的な服従と深い愛情だけが満ち溢れている。
「アタシ、もうご主人様から絶対に離れないニャ。」
「一生、ご主人様だけのペットとして、全部捧げて仕えるニャ……っ。」
ショコラは僕の膝にすりすりと頬を擦り寄せ、喉をゴロゴロと鳴らしながら完全に僕に依存した姿を見せた。
その夜、僕の部屋を訪れたショコラに、僕がどんなご褒美を与えたかは言うまでもない。
獣人国の危機を救ったことで、僕たちはただの旅人から国家の救世主へと昇格したのだ。
翌朝、僕たちの元に獣人王からの公式な城への招待状が届くという、新たな波乱の幕開けが待っていることも知らずに。




