第十四話 殺気立つ国境警備と、最強の猫用おやつによる陥落
ドローンの案内によりキャンピングカーを走らせること数時間。
僕たちの目の前に巨大な木造の防壁と無骨な城門が見えてきた。
新たな目的地である獣人の国との国境だ。
自動運転のアシストを切り手動でゆっくりと車を進める。
しかし門の前に近づくにつれて周囲の空気がピリピリと張り詰めていくのがわかった。
「……海斗くん、囲まれているわ。」
助手席から身を乗り出した結衣が鋭い声で警告を発する。
彼女の言う通り街道の左右にある深い茂みの中から無数の殺気が僕たちに向けられていた。
「止まれ人間ども。」
「それ以上近づけば容赦なく射抜くぞ。」
怒声と共に門の前に屈強な獣人の戦士たちが十数人も姿を現した。
虎や狼の特徴を持つ彼らは毛皮の鎧を纏い鋭い槍や弓矢をキャンピングカーに向けている。
彼らの目は血走り極度の緊張と飢えのようなものが混じった異様な雰囲気を漂わせていた。
「魔王軍の新しい兵器か。」
「こんな巨大な鉄の塊に乗ってくるとはいい度胸だ。」
完全に敵対視されている。
エルフの森を抜けてきたばかりの僕たちは魔王軍の回し者だと勘違いされているらしい。
「どうしますの海斗くん。」
「わたくしたちが制圧しましょうか。」
沙織が杖を構え由美さんも詠唱の準備に入っている。
「待って、戦う必要はないよ。」
「僕に任せておいて。」
僕は女性陣を制止して一人でキャンピングカーのドアを開けた。
両手を上げて敵意がないことを示しながら獣人たちの前に進み出る。
「僕たちは魔王討伐のために旅をしている人間です。」
「決して怪しい者じゃありません。」
「嘘をつけ。」
「最近は魔王軍の動きも活発で国全体がピリピリしているんだ。」
「それに俺たちの鼻は誤魔化せないぞ。」
狼の獣人が鼻をヒクつかせて僕を威嚇する。
確かに言葉だけで信じてもらうのは難しい状況だ。
僕はゆっくりとポケットに手を入れて【万物配送】のウィンドウを空中に展開した。
彼らの殺気は異常だがよく見れば頬はこけ武器を持つ手は微かに震えている。
獣人の国に何らかの危機が迫っているのは明らかだったが今はまずこの場を切り抜けるのが先決だ。
僕はこれまでに貯めた【EP】を消費して現代の最強アイテムを複数取り寄せた。
「怪しい動きをするな。」
「撃つぞ。」
獣人たちが弓を引き絞った瞬間、僕の手の中に現れたのは極上の霜降り肉とカセットコンロだった。
さらに僕がスキルによって生み出した『高級猫用おやつ』のペースト状の袋も用意する。
僕は素早くカセットコンロに火をつけ霜降り肉の表面をバーナーで軽く炙った。
ジュワァァァッ。
香ばしい脂の焼ける匂いが国境の門の前に爆発的に広がっていく。
さらに封を切った高級猫用おやつの強烈な魚介の旨味成分が風に乗って獣人たちの鼻腔を直撃した。
「……ッ。」
「な、なんだこの匂いは。」
殺気立っていた獣人たちの動きがピタリと止まった。
弓を引き絞っていた腕が震え槍を構えていた戦士たちの口から滝のようにヨダレが垂れ始める。
獣人特有の鋭い嗅覚が現代の暴力的な旨味成分を前にして完全に野生の理性を吹き飛ばしてしまったのだ。
「お腹が空いているんじゃないですか。」
「よかったら毒見がてら食べてみてください。」
僕が炙った霜降り肉を差し出すと一番前にいた虎の獣人がたまらず武器を放り出して飛びついてきた。
「う、うおおおッ。」
「口の中で肉が溶けるぞ。」
「なんじゃこの美味さはぁぁぁッ。」
彼の叫びを合図に他の警備隊の戦士たちも一斉に群がってくる。
「こっちのペーストもすごいぞ。」
「舐めただけで脳髄が痺れるように美味いニャ。」
猫科の獣人たちは高級猫用おやつに群がりパッケージごと舐め回す勢いで貪り食っている。
数分前までの緊迫した空気はどこへやら、国境の門の前は現代の食の力によって完全な餌付け会場と化していた。
僕のシステムには警戒を解かれた安堵と強烈な食の喜びが【EP】となって大量に流れ込んでくる。
「いやぁ人間さん、疑って悪かったな。」
「こんな美味いものをくれる奴が悪い奴のはずがない。」
口の周りを脂まみれにした獣人の隊長が満面の笑みで僕に道を開けてくれた。
あまりにもチョロすぎる陥落劇にキャンピングカーの中から見ていた沙織たちも呆れ顔だ。
無事に国境を通過できそうだと安心したその時だった。
「ちょっと待つニャ。」
「そのいい匂い、アタシにもよこすニャ。」
門の上の見張り台から小さな影が猛スピードで飛び降りてきた。
着地と同時に僕の目の前に現れたのは栗色の癖っ毛にピンと立った猫耳を持つ少女だった。
ボロボロの服を着て土気色の顔をしているがその胸元には不釣り合いなほどの豊かな膨らみがある。
左右で色の違うオッドアイの瞳が僕の手にある空のパッケージをじっと見つめていた。
「お前、なんでこんなところに。」
「この子はショコラと言ってこの国でも有数の素早い戦士なんですが。」
隊長が慌てて説明しようとするが少女ことショコラは僕の服の裾をギュッと掴んだ。
「お願いニャ。」
「もっと食べ物があるならアタシの国を助けてほしいニャ。」
「今、獣人の国は未知の疫病とひどい食糧難でみんな死にかけてるニャ。」
彼女の切実な瞳には偽りのない絶望と助けを求める強い光が宿っていた。
僕の提供した食事が単なる警備隊の空腹を満たしただけではなく、国全体の深刻な飢餓を浮き彫りにしたのだ。
世界最大の物流国家建国を目指す僕にとってこれは見過ごせない巨大なミッションの幕開けだった。




