第十二話 フライドチキンの誘惑と四天王のポンコツ化
暗闇の中でガサガサと茂みが揺れる音がする。
僕は気配を殺して音のする方へと静かに近づいていった。
そこにいたのは先ほど僕の高圧洗浄機でずぶ濡れにされた魔王軍四天王のリリスだった。
彼女のボンデージ衣装はまだ洗剤の泡で少し濡れており、寒さと空腹でガタガタと震えている。
「あーあ、なんなのよあのお湯と、ものすごくいい匂いの食べ物は……。」
茂みの奥からヨダレを拭いながらこちらを覗き込んでいる姿は、四天王の威厳など微塵もなかった。
僕は背後からそっと近づき、彼女の肩をポンと叩いた。
「ひゃうっ。」
リリスはカエルのような悲鳴を上げて飛び上がり、しりもちをついた。
「な、ななな、に、人間。」
「いつの間に私の背後に回ったのよ。」
僕は【EP】を消費し、【万物配送】のウィンドウを密かに展開した。
こんな寒空の下で震えている腹ペコの女の子を尋問するより、もっと効果的な方法がある。
僕の手の中に現れたのは、揚げたてで湯気を立てるフライドチキンの入ったバスケットだ。
「お腹、空いてるんだろ。」
僕がフライドチキンを差し出すと、スパイシーな衣の香りが夜の森に広がった。
リリスのコウモリの羽がピクピクと動き、お腹から盛大な虫の音が鳴り響く。
「ぐきゅるるるるっ。」
「こ、こんなもので私を釣ろうったって無駄なんだからね。」
彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、視線は完全にチキンに釘付けになっていた。
「食べないなら僕が食べるけど。」
僕がわざとらしくチキンを口に運ぼうとすると、リリスはたまらず飛びついてきた。
「た、食べるわよ。」
「毒味してあげるだけなんだから感謝しなさいよね。」
彼女はチキンを両手で掴み、大きな口を開けてかぶりついた。
サクッ。
小気味よい音と共に、スパイシーな衣の中から溢れ出す熱々の肉汁が彼女の口内を満たす。
「……っ。」
リリスの動きが完全に止まり、瞳孔が極限まで開いた。
「な、なんなのよこれぇぇぇっ。」
「お肉が柔らかくて、皮がカリカリで、謎のスパイスが脳髄を直接刺激してくるわ。」
「こんな複雑で暴力的な旨味、生まれて初めて食べたわよ。」
彼女の目から大粒の涙が溢れ出し、四天王としてのプライドは完全に崩壊した。
異世界の貧しい食文化の中で育った魔族にとって、現代のジャンクフードは麻薬以上の破壊力を持っているのだ。
「美味しい、美味しすぎるわ。」
「魔王城の冷めた干し肉とは次元が違うじゃないのよぉ。」
彼女は一心不乱に骨までしゃぶり尽くし、あっという間にバスケットを空にしてしまった。
指についた油までペロペロと舐めとる姿は、完全に餌付けされた子犬のようだ。
僕はさらに追い打ちをかけるように、よく冷えたコーラを【万物配送】で取り寄せた。
プシュッという炭酸の弾ける音と共に、甘い香りが漂う。
「喉が渇いただろ。」
「これも一緒に飲んでみなよ。」
僕がコーラを手渡すと、彼女は疑うこともなく一気に喉に流し込んだ。
「ぷはぁぁぁっ。」
「喉がシュワシュワして痛いのに、甘くてすっきりしてて止まらないわ。」
彼女は恍惚とした表情で空のペットボトルを抱きしめた。
すでに魔王軍幹部としての威厳は欠片も残っていない。
「お腹がいっぱいになったら、次はお風呂だね。」
僕は彼女の手を引き、エルフたちのために設置したのとは別の、僕たち専用の簡易浴場へと案内した。
そこには、たっぷりの温かいお湯が張られている。
僕は【EP】で追加購入した、高級なローズの香りのバスボムをお湯の中に投げ入れた。
シュワシュワという音と共に、お湯が淡いピンク色に染まり、極上の香りが立ち込める。
「さあ、入っておいで。」
「冷えた体にはこれが一番だよ。」
リリスはうっとりとした表情で服を脱ぎ捨て、お湯の中へと身を沈めた。
「はぁぁぁぁ、極楽ぅぅぅ。」
彼女の口から、おっさんのようなだらしない声が漏れる。
高級入浴剤の保湿成分が肌を優しく包み込み、高圧洗浄機でふやけた彼女の肌を完璧にケアしていく。
「お湯が柔らかくて、お花の匂いがして、もうここから出たくないわぁ。」
「どうして人間がこんな凄いものを持ってるのよ。」
「魔王様なんて、毎日暗い部屋で引きこもってゴロゴロしてるだけなのに。」
お湯に溶けたようにポンコツ化したリリスの口から、思いがけない情報が飛び出した。
「魔王が引きこもり。」
僕が聞き返すと、彼女は気持ちよさそうに目を閉じながらあっさりと頷いた。
「そうなのよ。」
「世界征服とか人間界への侵攻とか言ってるのは一部の好戦的な幹部だけで、魔王様本人は部屋から一歩も出ないニートなの。」
「おまけにお風呂にも入らないから、魔王城は結構臭いのよねぇ。」
「だから私、魔王城に帰るの嫌だったのよ。」
世界を恐怖に陥れる魔王軍のトップが、まさかの引きこもりだとは驚きだ。
お風呂の快適さとジャンクフードの美味しさの前に、軍の最高機密はいとも簡単に漏洩してしまった。
僕の物流チートは、情報収集という面でも圧倒的な威力を発揮するらしい。
「あなたたちに付いていけば、毎日こんな美味しいご飯とお風呂に入れるのかしら。」
リリスが上目遣いで僕を見つめてくる。
「もちろん、僕の仲間になればね。」
僕が微笑んで答えると、彼女はポツリと呟いた。
「……もう魔王軍なんて辞めよっかな。」
完全に魔王軍幹部をチョロイン化させた僕だったが、背後から突然明るい声が響いた。
「あら、お客様がいらしていたのね。」
振り返ると、バスタオルを巻いた沙織、由美さん、セラフィナ、そして結衣と霞が勢揃いしていた。
「海斗くんったら、抜け駆けして新しい女の子とお風呂なんてズルいわよ。」
結衣がむくれながら言い、女性陣が次々とお風呂に乱入してくる。
「ひゃああっ。」
「な、なんなのよあなたたち。」
突然の混浴ドタバタ劇に、リリスがパニックを起こしてお湯の中で暴れる。
「ふふっ、貴女もすっかり海斗くんの虜になってしまったのね。」
沙織がリリスの背中に回り込み、現代の高級シャンプーを手に取った。
「わたくしたちが、たっぷりと可愛がってあげますわ。」
「や、やめてぇぇぇっ。」
「頭がアワアワになっちゃうぅぅっ。」
リリスの情けない悲鳴と、女性陣の楽しそうな笑い声が夜のエルフの森に響き渡る。
最強の魔王軍四天王は、こうして僕たちの賑やかなハーレムの新しいペットとして迎え入れられたのだった。
次なる目的地である魔王城への案内役を手に入れた僕たちの旅は、さらに騒がしく、そして快適になっていく予感しかしなかった。




